海は憧れしかない。
「おお、ラムル様。突然の来訪お許しくだされ……。ご挨拶に上がりましたゆえ……」
「いや、普通に玄関から来いよ」
ビゼル猫の体をタオルで拭きながら、ラムルは律儀に突っ込んでいた。
「当初はそう考えておりましたが、わらわはとある事情で猫の姿になりました。となりますと、易々と戻れなくなっておりまして」
ビゼルがそう言うが、ツルカとニコラスはいまいちわかっていなかった。ラムルが補足した。
「ああ、こいつな。一度猫になると、しばらく戻れなくなるんだよ。にしてもな、窓叩いて知らせるなりしろよ」
「すべてはわらわが未熟故にこざいまする……」
拭いてもらい、ビゼルは体を震わせた。水気を飛ばしていた。
「ツルカちゃん、ツルカちゃん。何々?ラムル君の知り合い?なんか、ラムル君も優しいっていうか」
ニコラスがこっそりと聞いてきた。どこか面白そうな彼に、ツルカはイラっとした。
「……知り合いには間違いありませんし、きっとラムルの大事な人です」
「え!」
「あと、ニャー姉さんです」
「ええ!?」
ニコラスは余計に混乱していた。
「そこの坊よ。わらわとは初対面ではないぞ」
「え、坊……?」
ビゼルはテーブルの上に飛び乗り、話しかけてきた。ニコラスはまだ混乱していた。
「坊よ。わらわの美麗なる猫覆面を怖ろしげに見ておったじゃろ。わらわは気づいておったぞ。まあ、よい。わらわは大人じゃからの。ビゼルと申す」
「あ、ニャー姉さんってそういうこと……。僕はニコラス・エーアストです。ツルカちゃんと同じ学校に通ってるんだ」
「あいわかった。ニコ坊じゃな」
「あ、坊のままなんだ……」
ニコラスはガックシした。挨拶が済んだと、ビゼルはカレンダーを目にする。途端、目を輝かせていた。
「う、う、海なのじゃー!!!」
一番テンションが高かった。
「晴天の空の下!爽やかな海風!引いては返す波!砂浜は太陽の熱を照り返す!水着の男女が水をかけ合う!貝殻が恋のお土産なのじゃー!」
絶叫しきったこともあり、ビゼルの息は荒かった。
「よろしゅうございますな、ラムル様ぁ!いつもとは違うあの者の様子、肌を露わにする水着は男女の仲をより一層近づけますなぁ!」
「ばっ……。つか、水着は着ないんだよ。俺ら全員!」
「なんと……!」
ビゼルは衝撃を受けていた。あり得ぬのじゃ、と連呼していた。ラムルはそれはもう絡まれていた。
「……まあ、よいでしょう。それもまた、青春なのじゃ。海辺のマジックなのじゃ。海は素晴らしいのじゃ」