海に行こう!
「……なんだ一緒かよ」
眠そうなラムルが出迎えてくれた。ところどころで欠伸をしている。
「あれ、ラムル君?随分とお疲れだね」
「さっきまで、仕事だったからな。仮眠とってた。……つか、お前らんとことか、他のとことか。稼がせてもらったけどな」
「あー……。プロム特需か。それはお疲れ様でございました」
「まあな。ほら、上がれよ」
ツルカ達は上がることにした。ラムルの部屋は変わり映えしないと思いきや。
「あれ、椅子増えてるね」
ツルカが前に訪れた時より、椅子が二脚追加されていた。
「そこは俺だからな。同じ失敗はしないんだよ」
「わー、さすがラムル―」
「ツルカめ」
ラムルは得意そうにしていたので、ツルカは生温かい目を向けた。ラムルはイラっとした。
「はわわ……。そ、そうだよね。家に訪れる関係だよね。というか、ツルカちゃんの部屋にだってしょっちゅう訪れているわけで」
ニコラス一人が顔を赤くしていた。何かを想像しているようだ。
「ばっ……。つい最近だ!こいつがうちに来たのは!」
「えー……?もっと、誘っていると思ってた」
「ばっ……。そんな頻繁に誘えるか!」
ニコラスのいじりの気配を感じたので、ラムルは離脱した。二人に飲み物を提供することにした。
「あ、ラムルおかまいなく。ニコラス先輩と飲み物買ってきたから」
ツルカはテーブルに三本、瓶ジュースを並べた。途中で買っていったものだ。
「そうか、悪いな。金払う」
「大丈夫だよ。ニコラス先輩と割り勘したし」
「払う」
「いや、たまには奢りたいよねって。それで話ついたし」
「払わせろ」
「ええ……」
ラムルのこだわりか何かか。結局料金を三等分することとなった。
「んー。このやりとりもさ、毎回大変だよね」
「おい、毎回とかいうな」
ニコラスがメタい発言をしていたので、ラムルが焦った。そこでニコラスが掲げたのが、がま口だった。イーリスのイラスト入りだった。
「じゃーん、共同財布ー!皆が集まったタイミングでお金入れてさ、ここから使っていくんだ」
「おお、ニコラス先輩!いいですね!」
ツルカも乗り気だった。あの手描きのようなイーリス様もポイントが高い。
「……まあ、わかった。その財布はともかくだ。ニコラスが持っていればいい話だ。俺も了解だ」
「うん、ラムル君も素直だね。……多めに入れるとか無しね?」
「い、入れねえよ!」
指摘してきたニコラスも、ツルカからも。ラムルは疑いの目を向けられていた。口ではこう言っているが、隙を見てやりかねなかった。
「次回からだな。とりあえずは、座るか。今回も色々とやりきったしな」
「うんうん。ラムル君もツルカちゃんもお疲れ様」
「はい、ニコラス先輩も。お疲れ様でした!」
席に着いた三人は、瓶ジュース片手に乾杯をした。そこからは、本日の集まりの目的。―日帰り旅行の話だった。
「ははは……。夏休みは模範生での仕事とか、執筆とか目白押しさ。ははは……」
ニコラスが遠い目をしながら笑っていた。彼も多忙のようだ。そこに課題が無いのは、ニコラスにとっては取るに足らないことだからだろう。天才型がここにもいた。
「私も仕事とかあるし。夏休みとかかなり入ってるし」
勤労少女であるツルカも、忙しい。ツルカには加えて課題や予習復習もあった。
「お前ら苦労してんだな。ああ、大変だ。大変なこった。俺は峠は越えたからな!」
「……」
「……」
プロムを乗り切った男が一人、これ見よがしに同情していた。煽っているともいえた。ツルカとニコラスに冷めた目で見られようと、ラムルは気にもしない。
「まあ、いいけどね!そんな頑張る僕達の為に、ここ、ここだよ!」
テーブルの上にあるカレンダー。七月末の一週間だ。ここが彼らの狙いの期間、小旅行の予定日だった。
「八月に入るともっと混むからね。ここで僕達の都合の合う日をすり合わせれば」
「わあ、良さそうですね!となると、平日よりはですよね。私、掛け合ってみます」
あの店のオーナーは話がわかる方だ。何回か休ませてくれている。ツルカは全力で頼み込むことにした。その様子を見たラムルが尋ねてきた。
「おい、ツルカ。お前んとこだけどな、もうちょっと減らしたりできないのか。夏休みに限らずとも、全休日とかどうなんだ」
ラムルは今更だけどな、とは足す。元々の大変さに、魔女会議の件もある。ラムルとしても休めるなら休んで欲しかったのだ。
「……ああ、うん。そうなんだよね。お店はよくてもね、ほら、学院長絡みというか」
「……ああ。あいつだな。奴が許さない限りは、だな」
斡旋してきたのは学院長だ。知り合いの店の手伝いという名目である。あの学院長が休みを減らして欲しいという提案を受け入れるのか。その可能性は低かった。
「……」
ニコラスがじっと二人を見ていた。突然の学院長の話題というのもそうだが、因縁があるというのも感じ取っているようだ。
「ニコラス先輩……」
ニコラスには学院長との因縁から、騙ることになった経緯。ましてや異なる世界からやってきたこと。肝心なことを話せていなかった。―共犯者になってくれているのにだ。
「ううん、僕のことは気にしないで。いつかは、って思うけど。今はいいよ」
「すみません……」
「ほら、気にしない、気にしない。で、予定日の目途が立ったから行き先だよね」
一日を使って遠出することになる。どうせなら普段行かないような場所が良かった。
「山に登るか、遺跡巡りとかも捨てがたいですけど。でもやっぱり―」
「海だろ、海」
「だよね、海だよね!」
ツルカとラムルは意見が一致していた。ニコラスはどうかというと。
「海」
一言言った。陽の者が行く場所だとか、肉体に自信がないとか言い出しそうだったが。
「……海かぁ。うん、陽の者が良く場所だし、僕は肉体に自信がないし。それでも、それでも僕も行ってみたい!」
実際に言ってはいたものの、ニコラスも乗り気だった。目的地も一気に決まった。なら、列車で行ける海岸にしよう、食材の調達はどうするか。話し合っていた。持ち物の話もだ。
「―ところで、ニコラス。肉体どうこうだけどな、水着は必要ないぞ。全員、普段着な」
ラムルがそう言い出した。海へは遊びに行くも、水着姿ではないと。ツルカもうんうんと頷いた。どちらかというと気まずさの方が勝っていたのだ。ラムルが気を遣ってくれたのだろう。
ニコラスも承知はするも。
「着なくていいんなら、僕もそれがいいけど。ラムル君はいいの?」
「おい、俺はいいのってなんだ」
「だって、水着楽しみにとか。……ううん、僕は何も言ってない。言ってないデス」
ラムルが睨みを効かせてきたので、ニコラスもさすがに大人しくなった。
「ふう、ラムル君ガチギレだぁ。あとは、雨がね」
「はい、長引いてますからねぇ」
ニコラスが窓を見たので、ツルカもつられて見た。本日も雨は降っている。これはもう、七月末まで続くのではないか。そう思えるほど不安な空だった。ずぶぬれのサバ猫も、雨空を疎ましそうに見上げていた。
「……まさか」
「ビゼル!」
ベランダに佇んでいたのは、見覚えのあるサバ猫だった。ラムルは慌ててタオルを持ってベランダを開けた。