神の子に迫る危機。
「悪かった。……お前、調子悪かったのにな」
未だ雨は降り続ける。封鎖が解けるまで、まだ港町に留まる必要があった。事態は収束しつつあり、クラーニビを始めとした上流階級の人から続々と発ちつつあった。
軒並みに雨宿りをした二人は、並んで座っている。ただ降り続ける雨を眺めていた。
「ううん。私、全然平気だから、オッケーになったらすぐ出ようね」
心を乱したのはラムルだけではない。ツルカもそうだ。ショックを受けたのも処刑台の事だけではない。ラムルのことだ。
ラムルがあれだけ崇められていたのも、今までは彼女にはぴんと来ないものであったが。
今日の出来事を振り返ればどうだろう。あれだけの強大な力をいとも簡単に使いこなしていた。
「……」
そう初めて彼女は実感したのだ。この少年は脅威である。そう深く実感してしまった。ふと視線が合わさった時、ツルカはそっとそらしてしまう。
「……だよな」
彼女の心が遠のいたのだろう、とラムルはうつむく。だが、ツルカはそっと彼の腕に触れた。
「確かにおれ様なところもあるけど、でもね」
「優しい、とかいうんだろ。……そんなんじゃない」
「優しいよ」
「!」
ゆっくりと真摯にそう伝える。彼女の心からの言葉を。
「どんな人だって助けようとする。そんな人だから、あなたは優しい」
「……」
そうか、とだけつぶやいてラムルは地面に視線を向けた。ツルカは雨を見上げながら何となく口にした。
「あーあ、わたしも魔法が使えたらよかっ―」
そうしたら彼の力になれる。少なくても足手まといにならなくてすむ。子供心で純粋にそう願った。
「……やめろ」
ツルカの方を見ることもなく、強く彼女の腕を掴む。掴まれたツルカの方は怯む。これも、まずいことだったのだろうか。
「ごめん、気をつける」
「……いや。つか、強くし過ぎた」
ラムルはそっと、掴んだ腕を離した。ツルカはううん、と首を振った。
「これはこれは。……先ほどの子たちじゃないか。そちらのお嬢さんの調子はいかがかな?」
「!?」
第三者の突然の登場に二人は身を固まらせる。黒いガウンが特徴的な青年だった。
「……はい、大丈夫です。ありがとうございました!」
「そう?良かった」
動揺を押し隠したまま、ツルカは応対する。トラオム語に切り替えていた。大丈夫、今までの会話は理解できてないはず。そう信じて。
「異国の方々かな?言葉、上手だね。トラオムへはるばるようこそ」
やはり胡散臭い笑顔だ。相手にすることはない、と会釈してラムルはツルカを立たせる。そんな彼らを和やかに呼び止めた。
「おや。そっちの彼はトラオム語は通じないのかな?君はフルム人だろう?就業証明証はないのかな?労働以外で来ているのかな?それじゃあ滞在許可証でもいい」
そう和やかな口ぶりながらも、その実、詰問した。そして続ける。
「不法滞在なら、私は模範的に兵を呼ばなくてはいけない。ねえ?……このままじゃ取引すらままならないよ」
少なくとも話し合う余地はあるのだろうか。それならと、ラムルもトラオム語で応じようとしたのだが。
「……そういえば、聞かされたってこんな感じだったかな」
そう話す青年は、ラムルを品定めしていた。艶やかな黒い髪、そしてフルム人の特徴である褐色肌。男とも女とも捉えられる中性的な容姿。
「フルムの神の子なら、これくらいのこと造作もないことではあるね」
そして見せつけられたのは彼が手にした球体による映像だ。群衆の声はすれど、ただツルカとラムルが映しだされているだけだ。
それだけでは決め手にならないと思っていた。ラムルはいちいち魔法を使います、と主張することはない。あくまでスマートに。そして自然体に発動することができた。だからまだシラを切ることができるはずだと。
「ああ、然るべき機関に提出すればわかるものだよ?誰が発動したか、ね」
「言いがかりだろ、そんなの」
まだいける、ラムルはふんでいた。自分の姿を撮られたのは痛いが、その球体を奪ってからこの男をまけばいい、と。
「うーん、どうしたら素直になってくれるかな。ああ、そうか。彼女が痛い目に遭えば、考えてくれるかな」
懐から取り出したのは、ピンスティックだった。それをツルカに向ける。激昂しかけるラムルは、それでも冷静であろうとする。これは単なる挑発のはずだ。
「痛い目思いさせたくはないんだ。―ねえ、異国のお嬢さん?その男の子が何者か教えてくれないかな?」
ツルカは唾を飲み込む。馬鹿正直に言えるわけがない。かといって嘘をつく。これもやってはいけない。
嘘はつかない。これもラムルと約束したことだ。
「……」
「沈黙は肯定派なんだ、私ね」
「じゃあ、答えない!」
青年は小さく噴き出した。下手なとんちだと。
「そうかぁ、お嬢さんは教えてくれないみたいだ。フルム人の君、これは取引だよ。君が正直に言ってくれれば、そこの彼女は見逃してあげる」
「……何を言ってる」
「そこのお嬢さん、協力してくれないんだ。これってね、共謀罪になってもおかしくない。そうは思わないかな?」
「……共謀罪」
ラムルに緊張が走る。せめてツルカだけでも今は無事であればいい。自分はどうとでもなると彼は思っていた。思っていたのだが。
「俺は……」
頭によぎったのは魔力を無効化されたこと。そうされた時、彼女を守り切ることも、そして自身も無事でいられるのだろうか。
今は青年の気配だけだ。それならばだ。目の前の男が行動を起こす前に、どうにかするしかない。それも口封じを込めて一瞬で片をつけられるように。下手に加減をしたらしたら、取りこぼしてしまったら。
―それなら最悪の手段を取るしかない。
「……!」
隣にいるツルカは気づく。彼はまた魔力を暴走させる気だと。それも今度は自棄も含んでいるからこそ、シャレにならないことになるだろう。
今は余裕のある態度である青年も無事では済まない。あの時、側にいたツルカだからこそ。ラムルの脅威を感じ取っていた。事態はさらに深刻だ。