マルグリットの部屋②
マルグリットの手料理に舌鼓を打ち、ツルカの手土産も開封した。狙ったわけではないが、猫型のお菓子詰め合わせだった。マルグリットは乙女のようにはしゃいでいた。
「……」
可愛い。ツルカは内心で留めておいた。
その後に、マルグリットに教えてもらうことになった。わかりやすい説明に、マルグリットの熱心な性格も手伝ってか、かなり遅い時間となっていた。門限も過ぎる寸前だ。ツルカは静かに帰ろうとしていたが、度肝を抜かれることになった。
「……泊まっていきますか?時間の管理を怠った私の責任でもありますので」
「!」
ツルカは狼狽したが、相手は模範生のトップ。許可や申請などはどうとでもなるのだろう。一応学院内でもあり、外出というわけではない。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「ええ、喜んで」
マルグリットは張り切って、ツルカの替えの服を用意していた。下着は厳しいと申し訳なさそうにしていた。
「いえいえ、そこまでお借りするわけには」
「すみません……。ご用意までに至らず」
「いえいえ!それなら、自分で用意しますから」
そこまでしてもらうわけにはいかなかった。ツルカが提案すると、マルグリットは目を輝かせていた。
「そうですね、次回はそうしてください。ふふ、楽しみです」
「はは、私も……」
「では、お風呂も沸かせますので。ツルカさん、お先にどうぞ」
「先輩より先はさすがに。マルグリット先輩からお願いします」
マルグリットは魔法を使って、お湯の準備を整えるようだ。ツルカは先輩相手に譲る気でしかなかった。
「……」
マルグリットが何か考え込んでいた。そして、彼女は名案だと手をポンと叩いた。
「では、一緒に入りましょう!」
「ふぁ!?」
マルグリットはそうしましょうと、すでに乗り気だった。ツルカは衝撃のあまり、二の句を告げられない。
「……以前より、カタリーナやエルマさんからもお誘いがありました。ただ、私は律するあまり断っておりました。そんな私のままではいけないと思っておりまして」
「……そうなんですね。でも」
「私、変わりたいのです。もちろん無理強いはしませんが……」
マルグリットは見るからにしょげていた。ツルカはまたしても可愛いと思ってしまった。庇護欲を駆り立てられてもいたのだ。
「はい、入りましょう!」
ツルカは勢いよく返事した。マルグリットは両手を合わせて喜んだ。
就寝の時間となった。部屋の明かりを消して、二人はベッドで寝ることになった。予備の寝具はなかった。
「……」
「すう……」
ツルカは硬直したまま、天井を見上げていた。マルグリットが抱き着いたまま、眠ってしまっていたからだ。
ツルカはマルグリットの寝顔を見た。そこには凛としたいつもの彼女はいなかった。あどけなさが残るものだった。
「……ずっと、気張っていたんだ」
負い目があったのだろう。だからこそ、マルグリットは誰よりもしっかりとしようとしていた。本来の自分を押さえつけてまでだ。
「……そうだよね、抱き着いてきたのは先輩からなので」
ツルカは抗うことは止めて、マルグリットに体を寄せた。こうして抱きしめられながら、包み込まれるように眠る。ツルカにとっては久しぶりだった。母に、そして集落での親代わりだった彼らに。
「ふふ……」
雨の落ちる音もまた、心地良かった。ツルカは眠りについていった。
翌朝になって、ツルカはお暇するこにした。朝食もという魅力的な提案もあったが、そこは遠慮しておいた。マルグリットは善意だろうが、模範生達と食卓を囲むこと。ツルカにとっては胃が痛む話でもあった。
「せめて、寮の入り口までは送りますから―」
「……あれ?なんで?」
マルグリットがドアを開けたタイミングで、ハルトが出てきた。被ったようだ。ハルトはツルカをジロジロ見ていた。
「おはよう、ハルト君。昨日、勉強教えてもらっていたんだけど。遅い時間になっちゃって。泊まらせてくれたんだ」
「は?まじか」
ハルトはどこか腑に落ちていないようだ。
「お泊りに関してでしょうか。申請は済ませておりますが、突発的でもありました。そこは私にも落ち度がありました。以後、気をつけるようにします」
マルグリットは言い切った。
「それはいいんですけど。ほら、泊まりとかいいなぁって」
「別に禁止はされておりませんよ。ハルトさんも申請さえされれば。……ただし、学生として。清らかな範囲で、ですが」
異性同性については言及はなかった。もっとも、ハルトが招きそうなのは美女、女性だろうと想像はついた。
「清らか、ね」
ツルカを見たあと、マルグリットを見ていた。ハルトはやたらと見ていた。
「わかりました。僕、清らかで学生らしさを心がけます。だから、呼び放題ですよね?」
「……ハルトさん、良い機会です。ツルカさんを送ってからになりますが、あなたの生活態度について話しましょうか」
「……あー。マルグリット先輩?オレがこいつ送ってきますから」
「ええ、そのまま外出なさる気でしょう。違いますか?」
ハルトはすっかりマークされてしまっていた。マルグリットもまた、―いつもの彼女だった。それでも。少しずつ、少しずつ変わってきてはいるのだろう。
「私、どうしよう」
すっかり二人は言い合っている。ツルカはこっそり失礼します、と抜け出すことにした。
「あ、ツルカさん!勉強教えますから。ご都合が合えばまた、夏休みでもお会いしましょうね」
「……別にマルグリット先輩がそこまで、って感じじゃないですか?せっかくの夏休み、こいつに費やすこともないでしょ?」
「ハルトさん、あなたのそういう態度もです。私も改めているのですから、あなたも―」
まだまだ続きそうだった。ツルカは窓の外を見たが、雨は降っていた。けれども、穏やかなものだ。じきに雨季も終わる。本格的な夏の訪れを予感していた。
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