表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/167

占い師ビゼル。

「ら、来週こそ、テスト勉強だぁ……」

 ツルカは学校が休みの日は仕事を入れていた。学院長の知り合いの店を手伝っていた。来週はようやく勉強にあてられるのだ。今回は忘れずに傘を差しながら、帰路に着いていた。

「―もし、そこの娘よ」

「あれ、もしかして」

 ツルカは覚えのある声に呼び止められた。幼さが残る声に、老獪な喋り方というマリアージュ。この声の主はおそらく、ラムルに従う女性ビゼルだろう。ツルカは挨拶をしようと、声の方へ出向く。

「こんばんは―」

 軒下までやってきたツルカはビゼルに挨拶しようとする。

「……?」

 ビゼル、なのだろうか。ツルカは首を傾げた。

「わらわじゃ。ビゼルなのじゃ」

「あ、やっぱビゼルさんで合ってたんだ。うん、ビゼルさん」

 その女性はビゼル。そして、占い師のようだ。椅子と、机の上には水晶玉とカードたち。奇異なのは、猫型の覆面だった。大きな瞳の圧が、何だか凄かった。

「……」

 その目が特に凄かったのだ。覆面に刺繍されているに過ぎない。そのはずが、何だろうか、生きているようだった。ツルカが試しに左右に動くと、その目も動いているかのようだった。錯覚であってほしかった。

「えっと、ビゼルさん?お仕事?」

 ビゼルは確か諜報活動にも長けているという話だ。これも一環だろうか。

「さよう。最近始めたばかりじゃがの、生計を立てることにしておる」

「そうなんだ。へえ、占いかー」

「さよう!ささ、ツルカ殿!」

 猫の覆面が圧力をかけてくる。ツルカは迷っていた。占ってもらうのは初めてだった。ツルカは相場もわからない。いくら知り合いとはいえ、立ったままだった。

「なに、ツルカ殿が庶民っぷりは、ラムル様から伺っておる。お金はとるまい」

「ラムルめぇ……」

 なんていうことを人に話しているのか。ツルカは恨めしくなった。

「あの、お金無しというのもなんなので。この料金分お願いします」

 ツルカは今日の賃金の一部を机に置いた。ビゼルはほう、と頷いた。

「……よかろう。十分じゃな」

「はい、よろしくお願いします」

 ツルカは傘を畳み、席に着いた。生まれて初めての占い鑑定だ。ドキドキで頬も紅潮していた。

「それでは恋占いじゃな。どれどれ」

「待って待って、待ってください」

 ビゼルの方で強制的に持っていこうとしたので、ツルカは待ったをかけた。

「なんじゃ、定番じゃろうて。わらわの主戦場でもある。わらわは歴戦の覇者。恋事には通じておるのじゃ」

「え、すごいね。それは心強いかも」

 堂々と言い切るビゼルに、ツルカは感心した。覆面越しに伝わる自信に満ちたオーラ、さぞ数多の恋愛経験を積んできたのだろうと。大人だとツルカは顔を赤くした。

「そうじゃろうて。恋愛の書物を読み漁り、体験談も耳にしてきたからのう!恋に迷える者達の力になりたいのじゃ!」

「……うん」

 要は人様の恋愛体験を通じて学んできた。ビゼルが言わんとしていることはそうだった。読み漁るまではいかないまでも、ツルカとそこまでレベルが変わらなかった。

「悩みかぁ」

 仕事帰りの人達。夜の遊びに繰り出す人達。都は喧噪にあふれている。一角の占い師の声は、どこまで響くかもわからない。人々の声に紛れもしそうだ。それでもツルカは話せはしないだろう。

―どこまで魔女としていられるのか。自分はどうなるのか。自分の行く末のこともそうだ。ツルカにはもう一つあった。

 マルグリットの件だ。だが、どちらも人の目があるところで言えることではない。

「そうだ、ビゼルさん。私、もう少しでテストがあるんだ。こう、どうなるのかなとか。対策できそうなところとか」

「なんじゃ、学業とはのう。もっと、こうないのか?恋占いがお勧めなのじゃが」

「大事なことだよ、うん」

「ふむ」

 ビゼルは渋々と水晶玉に手をかざした。ツルカも緊張しながら見守る。この水晶玉が光る瞬間を見逃すまいともしていたが。―一向に光らない。

「あの、ビゼルさん?」

「……ふむ、あれじゃ。あれなのじゃ。努力した者にこそ、結果は伴うのじゃ!」

「……うん」

 一般論を説いてきた。ツルカは頷くしかなかった。

「さて、これで勉学はよいの。次は恋占いを―」

「えっと、次は金運をお願いしてもいい?こう、お金を増やす方法とか」

「ほほう。占ってしんぜよう」

 ビゼルは水晶玉をかざすも、やはり光らない。ツルカは光らなくても占いは出来る。そう信じていた。

「……ふむ。やはりそうなのじゃ。働くことは大事じゃ。じゃがのう?ワークライフバランス。無理もよくないのう。それで体や精神を壊しては意味はないのじゃ。さらにじゃ。節約節制も大事じゃが、使いたい時には使ってよいと、わらわは思う」

「……うん」

 この時までは、である。配慮した答えな上に、ビゼルの主観までときた。

「今度こそ、恋占いと参ろうか。気になる彼の心を占うのじゃ」

「気になる彼とか、そんな、ねえ?」

「遠慮しなくてよいのじゃ。ふふふ、占わなくともわかるのじゃ。あの方はわかりやすいからのう」

 ビゼルは覆面の下で、にやついていた。乗りに乗っていた。

「……」

 最早占ってはいなかった。占い師と名乗るには、世の占い師に失礼ともいえた。

 それはそれとして、ツルカの心情としては遠慮しておきたかった。ラムルの昔馴染みの言葉となると、より的を得ている。それを聞く度胸はなかった。

「……それは、まあ、うん。別の機会かな?」

「なんじゃ、なんなのじゃ!……興が削がれたのじゃ」

 猫の覆面は机の上にふて寝した。拗ねてしまったようだ。

「わらわは恋占いに長けておるのじゃ……。そちらならお任せなのじゃ……」

「うん、ごめん。恋占いは本当に今度ね」

 ビゼルに聞けるのはこれくらいだった。時間は余ってしまった。それでもツルカは約束のお金を置いて帰ろうとしたが。

「……うむ、失礼したのう。時間はまだ残っておるじゃろうて」

 席を立とうとしたツルカに、もう一度座るように促した。ツルカはそうすることにした。ビゼルは頷き、話し始める。

「ちょっとした雑談じゃ。あれは、先週のことじゃったかのう。おぬしと別れたあと、わらわはついていったのじゃ」

「うん。……うん?」

「もちろん、この姿のままではない。学院近くになると、猫の姿にはなったわ。侵入口を探してのう、ようやく見つけたのじゃが」

 本当に雑談のようだが、ツルカに覚えがありそうな状況だった。

「茂みを出た途端、けたたましい音が鳴りおってからに!驚いたわらわは、泣く泣く逃亡するしかなくてのう。……まあ、しばらくは様子を見てはおったがのう」

「……」 

『あのサバ猫ってビゼルさんだったんかーい!』と、ツルカは突っ込みたかった。ビゼルとの距離感がまだ掴めない為、言うのを堪えてはいた。ビゼルもフルム人だ。猫になることも可能なのだろう。

「おお、そうじゃ!この事はラムル様にはご内密で頼むぞ!わらわは心配をかけたくはないのじゃ!」

「わかってるよ、ビゼルさん。言わない、言わないから。……圧がね、圧がすごいんだ!」

「ほう、圧?何をゆうておるのじゃ?まあ、よいか」

 ラムルに無断だったようだ。覆面に圧されながらも、ツルカは承諾した。当初の予定通り、ニコラスが伝えてくれてもいるようだ。ちなみに、ビゼル当人は覆面の恐ろしさをどうとも思っていないようだった。

「言質はとったぞい。―して、その時にいた女子の話じゃ」

「おなごって」

 ツルカではないだろう。となると、もう一人いたのは。

「あの髪をまとめた女子じゃ。あの者は、何というべきか。―揺らいでおった。不安定ともいえるかのう」

「あ……」

 騒動の渦中にいるマルグリットだ。ビゼル自身も混乱していただろうに、しっかりと観察していたようだ。

「……鋭いんだから」

 ツルカは素直にそう思った。

 その話はそれきりで、あとはビゼルの乙女トークにつきあっている内に、約束の時間となった。

「それじゃ、そろそろ行くね。ビゼルさん、ありがとう。……それと、ラムル元気かな」

「なんじゃ。会うておらんのか」

「うん」

 この週末はラムルに会うことはなかった。ビゼルに驚かれるも、ツルカにとって事実だった。

「ラムル様。そうじゃのう、大層忙しそうにしておられた。わらわも助力したいが、ああいったものはからきしでのう。まあ、元気ではあられたぞ。ラムル様節、全開だったのじゃ」

「あはは、そっか……」

 本業の方が大変なのだろうと、ツルカは受け止めた。体調を壊したわけでもない。寂しくはあっても、表に出すことはないと思っていた。

お読みくださいまして、ありがとうございました。

次回も更新予定です。

あんな感じですが、ビゼルなりに真剣ではありますし、占い師の方々への敬意もあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ