占い師ビゼル。
「ら、来週こそ、テスト勉強だぁ……」
ツルカは学校が休みの日は仕事を入れていた。学院長の知り合いの店を手伝っていた。来週はようやく勉強にあてられるのだ。今回は忘れずに傘を差しながら、帰路に着いていた。
「―もし、そこの娘よ」
「あれ、もしかして」
ツルカは覚えのある声に呼び止められた。幼さが残る声に、老獪な喋り方というマリアージュ。この声の主はおそらく、ラムルに従う女性ビゼルだろう。ツルカは挨拶をしようと、声の方へ出向く。
「こんばんは―」
軒下までやってきたツルカはビゼルに挨拶しようとする。
「……?」
ビゼル、なのだろうか。ツルカは首を傾げた。
「わらわじゃ。ビゼルなのじゃ」
「あ、やっぱビゼルさんで合ってたんだ。うん、ビゼルさん」
その女性はビゼル。そして、占い師のようだ。椅子と、机の上には水晶玉とカードたち。奇異なのは、猫型の覆面だった。大きな瞳の圧が、何だか凄かった。
「……」
その目が特に凄かったのだ。覆面に刺繍されているに過ぎない。そのはずが、何だろうか、生きているようだった。ツルカが試しに左右に動くと、その目も動いているかのようだった。錯覚であってほしかった。
「えっと、ビゼルさん?お仕事?」
ビゼルは確か諜報活動にも長けているという話だ。これも一環だろうか。
「さよう。最近始めたばかりじゃがの、生計を立てることにしておる」
「そうなんだ。へえ、占いかー」
「さよう!ささ、ツルカ殿!」
猫の覆面が圧力をかけてくる。ツルカは迷っていた。占ってもらうのは初めてだった。ツルカは相場もわからない。いくら知り合いとはいえ、立ったままだった。
「なに、ツルカ殿が庶民っぷりは、ラムル様から伺っておる。お金はとるまい」
「ラムルめぇ……」
なんていうことを人に話しているのか。ツルカは恨めしくなった。
「あの、お金無しというのもなんなので。この料金分お願いします」
ツルカは今日の賃金の一部を机に置いた。ビゼルはほう、と頷いた。
「……よかろう。十分じゃな」
「はい、よろしくお願いします」
ツルカは傘を畳み、席に着いた。生まれて初めての占い鑑定だ。ドキドキで頬も紅潮していた。
「それでは恋占いじゃな。どれどれ」
「待って待って、待ってください」
ビゼルの方で強制的に持っていこうとしたので、ツルカは待ったをかけた。
「なんじゃ、定番じゃろうて。わらわの主戦場でもある。わらわは歴戦の覇者。恋事には通じておるのじゃ」
「え、すごいね。それは心強いかも」
堂々と言い切るビゼルに、ツルカは感心した。覆面越しに伝わる自信に満ちたオーラ、さぞ数多の恋愛経験を積んできたのだろうと。大人だとツルカは顔を赤くした。
「そうじゃろうて。恋愛の書物を読み漁り、体験談も耳にしてきたからのう!恋に迷える者達の力になりたいのじゃ!」
「……うん」
要は人様の恋愛体験を通じて学んできた。ビゼルが言わんとしていることはそうだった。読み漁るまではいかないまでも、ツルカとそこまでレベルが変わらなかった。
「悩みかぁ」
仕事帰りの人達。夜の遊びに繰り出す人達。都は喧噪にあふれている。一角の占い師の声は、どこまで響くかもわからない。人々の声に紛れもしそうだ。それでもツルカは話せはしないだろう。
―どこまで魔女としていられるのか。自分はどうなるのか。自分の行く末のこともそうだ。ツルカにはもう一つあった。
マルグリットの件だ。だが、どちらも人の目があるところで言えることではない。
「そうだ、ビゼルさん。私、もう少しでテストがあるんだ。こう、どうなるのかなとか。対策できそうなところとか」
「なんじゃ、学業とはのう。もっと、こうないのか?恋占いがお勧めなのじゃが」
「大事なことだよ、うん」
「ふむ」
ビゼルは渋々と水晶玉に手をかざした。ツルカも緊張しながら見守る。この水晶玉が光る瞬間を見逃すまいともしていたが。―一向に光らない。
「あの、ビゼルさん?」
「……ふむ、あれじゃ。あれなのじゃ。努力した者にこそ、結果は伴うのじゃ!」
「……うん」
一般論を説いてきた。ツルカは頷くしかなかった。
「さて、これで勉学はよいの。次は恋占いを―」
「えっと、次は金運をお願いしてもいい?こう、お金を増やす方法とか」
「ほほう。占ってしんぜよう」
ビゼルは水晶玉をかざすも、やはり光らない。ツルカは光らなくても占いは出来る。そう信じていた。
「……ふむ。やはりそうなのじゃ。働くことは大事じゃ。じゃがのう?ワークライフバランス。無理もよくないのう。それで体や精神を壊しては意味はないのじゃ。さらにじゃ。節約節制も大事じゃが、使いたい時には使ってよいと、わらわは思う」
「……うん」
この時までは、である。配慮した答えな上に、ビゼルの主観までときた。
「今度こそ、恋占いと参ろうか。気になる彼の心を占うのじゃ」
「気になる彼とか、そんな、ねえ?」
「遠慮しなくてよいのじゃ。ふふふ、占わなくともわかるのじゃ。あの方はわかりやすいからのう」
ビゼルは覆面の下で、にやついていた。乗りに乗っていた。
「……」
最早占ってはいなかった。占い師と名乗るには、世の占い師に失礼ともいえた。
それはそれとして、ツルカの心情としては遠慮しておきたかった。ラムルの昔馴染みの言葉となると、より的を得ている。それを聞く度胸はなかった。
「……それは、まあ、うん。別の機会かな?」
「なんじゃ、なんなのじゃ!……興が削がれたのじゃ」
猫の覆面は机の上にふて寝した。拗ねてしまったようだ。
「わらわは恋占いに長けておるのじゃ……。そちらならお任せなのじゃ……」
「うん、ごめん。恋占いは本当に今度ね」
ビゼルに聞けるのはこれくらいだった。時間は余ってしまった。それでもツルカは約束のお金を置いて帰ろうとしたが。
「……うむ、失礼したのう。時間はまだ残っておるじゃろうて」
席を立とうとしたツルカに、もう一度座るように促した。ツルカはそうすることにした。ビゼルは頷き、話し始める。
「ちょっとした雑談じゃ。あれは、先週のことじゃったかのう。おぬしと別れたあと、わらわはついていったのじゃ」
「うん。……うん?」
「もちろん、この姿のままではない。学院近くになると、猫の姿にはなったわ。侵入口を探してのう、ようやく見つけたのじゃが」
本当に雑談のようだが、ツルカに覚えがありそうな状況だった。
「茂みを出た途端、けたたましい音が鳴りおってからに!驚いたわらわは、泣く泣く逃亡するしかなくてのう。……まあ、しばらくは様子を見てはおったがのう」
「……」
『あのサバ猫ってビゼルさんだったんかーい!』と、ツルカは突っ込みたかった。ビゼルとの距離感がまだ掴めない為、言うのを堪えてはいた。ビゼルもフルム人だ。猫になることも可能なのだろう。
「おお、そうじゃ!この事はラムル様にはご内密で頼むぞ!わらわは心配をかけたくはないのじゃ!」
「わかってるよ、ビゼルさん。言わない、言わないから。……圧がね、圧がすごいんだ!」
「ほう、圧?何をゆうておるのじゃ?まあ、よいか」
ラムルに無断だったようだ。覆面に圧されながらも、ツルカは承諾した。当初の予定通り、ニコラスが伝えてくれてもいるようだ。ちなみに、ビゼル当人は覆面の恐ろしさをどうとも思っていないようだった。
「言質はとったぞい。―して、その時にいた女子の話じゃ」
「おなごって」
ツルカではないだろう。となると、もう一人いたのは。
「あの髪をまとめた女子じゃ。あの者は、何というべきか。―揺らいでおった。不安定ともいえるかのう」
「あ……」
騒動の渦中にいるマルグリットだ。ビゼル自身も混乱していただろうに、しっかりと観察していたようだ。
「……鋭いんだから」
ツルカは素直にそう思った。
その話はそれきりで、あとはビゼルの乙女トークにつきあっている内に、約束の時間となった。
「それじゃ、そろそろ行くね。ビゼルさん、ありがとう。……それと、ラムル元気かな」
「なんじゃ。会うておらんのか」
「うん」
この週末はラムルに会うことはなかった。ビゼルに驚かれるも、ツルカにとって事実だった。
「ラムル様。そうじゃのう、大層忙しそうにしておられた。わらわも助力したいが、ああいったものはからきしでのう。まあ、元気ではあられたぞ。ラムル様節、全開だったのじゃ」
「あはは、そっか……」
本業の方が大変なのだろうと、ツルカは受け止めた。体調を壊したわけでもない。寂しくはあっても、表に出すことはないと思っていた。
お読みくださいまして、ありがとうございました。
次回も更新予定です。
あんな感じですが、ビゼルなりに真剣ではありますし、占い師の方々への敬意もあります。