こういう時は学院長。
本校舎の最上階が学院長室だ。ツルカは訪れるのは久々だった。ノックをすると、秘書の女性が迎えてくれた。
「突然すみません。失礼します、学院長」
「ああ、構わないよ。来るとは思っていたからね。―マルグリット君のことだろう?」
デスクで事務処理をしていた学院長は、中断しツルカと向き合った。秘書は退席させ、二人きりとなった。彼はツルカに座ってもらおうとしたが、彼女は遠慮したのでそのまま話を続けることにした。
「とはいえ、私は確認をしていたに過ぎないよ。噂は広めたのは私ではないからね」
「それはそうでしょうけど……」
学院長もとうにマルグリットの事情を知ってはいたはずだ。それでも広めたりはしない男、ツルカはそれはわかっていた。これは彼にとっては面白くもないことだと。嫌でもわかってしまっていた。
「他の模範生達にもね、問うてみたんだ。―彼女がこのままトップ、いや模範生のままでいいのかってな」
それが招集の理由だったようだ。わざわざ呼び出して、仲間といえた模範生達に決断を下そうとさせていたのだ。
「……わざわざ、ですか」
「ああ、わざわざね。私も暇ではないけどね。ああ、安心したまえ。―皆、マルグリット君を認めたままだったよ」
「……」
ツルカは密かに安心していた。仲間意識の高さに加え、マルグリットがこれまで行ってきたことを考えたら当然だったのだろう。あとは噂の鎮静化を待つのみか。
「……私もね、良心が痛んだよ。あの気高いマルグリット君がね、顔を青くしていたんだ。思い出していたんだろうね」
「それはそうですよ。私と同じ状況だったんですよね?だったら……」
「ああ、そうだね。君がいつも遭わされている状況だね。ざまあみろとは思わないかい?」
「ざまあみろって……」
いつもやり玉に挙げてくるマルグリットが、追求される立場になった。ツルカは考える。
「私は自分で蒔いた種でもあるし、何も謂れのない人が受けることでもないと思います。少なくともマルグリット先輩は」
「……なるほどね」
学院長は頷くと、微笑んだ。ツルカの言葉を受けてかと思われたが。
「ああ、マルグリット君には罪はないよ。ツルカ君は覚えているかな?私達が出逢った、運命の日のことをだよ」
「出逢ったって―」
とんだ運命があったものだ。ツルカが魔女騙りになった元凶ともいえるのが、この学院長だ。ツルカにとって転機の日でもあった。あの日も雨だった。雨が降る孤島で行われていたこと。
「学院長、まさか……」
「君の想像通りだよ」
ツルカ達が立ち会ってしまったのは、―魔女騙りの大罪人を処刑。それが、まさか。
「そんな……」
マルグリットの母親がそうだったということか。彼女の夫も助けにきたが、共に命を終えることになってしまった。残されたのは、娘のマルグリットということか。
「……色々と納得がいきました。最初の私の時だって、きっと仕方なくだったかもしれない」
それなら、マルグリットが魔女会議に乗り気でなかった。初回の時もあまりにも周りからの声が大きかったため、せざるを得なかったのだと。ツルカはそう考えた。
「さあてね。それはマルグリット君のみぞ知る、かな」
学院長は再び書類に目を通し始めた。話はこれで終わりのようだ。ツルカは退室しようとしたが、彼に呼び止められる。
「ああ、ツルカ君。君も人の心配ばかりはしていられないよ?まず、学期末テストもそうだね。卒業式は関係ないとしても、その後だね。―魔女会議を開こうと思っていてね」
「……え」
「ああ、そうだろうね。戸惑うだろうねぇ?」
何を言い出すのか。ツルカは信じられないといった目を向けた。それが学院長には刺さったのか、大層嬉しそうにしていた。
「なに、夏休み前の確認といったものだよ。君だって心おきなく休みを迎えたいだろう?」
「いえ、魔女会議が開催される方が嫌というか」
「ははは!」
学院長は笑って済ました。この男のことだ、やめたりはしないだろう。
「もっとも、その前に疑惑をもたれたら都度開催するまで。君が魔女であると証明すればいい。一人、心強い味方も出来たじゃないか」
「その件は……」
「まあ、ここら辺にしておこうか。君もまずは勉学に励みなさい」
「……はい。お忙しいなか、ありがとうございました」
ツルカは教えてくれたこともあり、頭を下げて退室した。学院長は手を軽く振った。
「……ふう」
ツルカは廊下を歩く。学院長の言う通りでもあった。今は迫っているテストに備えるしかない。その間にもマルグリットの噂が鎮静化することを願った。