魔力補給タイム。
放課後になり、ツルカはある場所を訪れていた。雑木林を抜けた先にある、洞窟だった。洞窟には扉が備え付けられていた。主でないと開かない場所だ。
「失礼します、ツルカ・ラーデンです」
先に来ているかどうかはわからない。ツルカはひとまずノックはしてみた。
「うん、了解。開けるね」
主は先に来ていたようだ。内側から扉を開けた。
「お待たせしました。―ニコラス先輩」
この秘密の話をするにはもってこいの場所で、待っていた人物。模範生の一人、ニコラスだった。彼はツルカ達の協力者であり、―共犯者でもあった。
「ううん、僕も今きたところ。……はっ!」
にこやかだったニコラスが、急に辺りを警戒しだす。
「ち、違うからね!なんか、デートっぽい台詞になったけど!ツルカちゃんは、普通に可愛い後輩ってだけで!そういうのじゃないから!」
ニコラスが急に弁明しだした。
「落ち着いて、ニコラス先輩!大丈夫です、誰も誤解したりしませんから!」
「うう……。そうだよね、こんな僕相手だし……。僕なんか、誰ともフラグが立たないんだ。はは……」
「ニコラス先輩……」
フォローをしたら、余計にニコラスは落ち込んだ。ツルカは自信づけることにした。
「ニコラス先輩、本当にモテますから。本当にそうなんです」
「またまたー。どうせ悪い噂してるんでしょ……?」
「キモイウザイではないです。カッコいいとか、話しやすいとかです」
「またまたー……」
ニコラスはまだ信じてなかった。ツルカももういいか、と思い始めていた。これもまた、ニコラスだ。最後にと、ツルカは伝えておく。
「いや、本当に。ほら、来年先輩も卒業じゃないですか。今からプロムの争奪戦ですよ」
「ええー……」
ニコラスはとことん信じてなかった。ツルカはもういいか、となった。
「そうだ、本題です。ニコラス先輩にお願いがありまして」
「うん、わかった。とりあえず、座ろうか。僕も座るから」
二人は椅子で向かい合う形になった。ツルカは切り出した。
「あの、ラムルの件です。今、野良猫が入れないようにしているじゃないですか。やっと見つけた侵入口だったのに」
「うん、その件だよね。そうだよね、ラムル君、まずいよね。僕、明日街に出ようと思ってたから。その時にでもいい?彼の勤め先はわかってるし」
「はい!すみません、お願いします」
ニコラスもまずいと思っていたようだ。模範生の特権として、平日でも学院から出ることが出来る。明日ならということで、話がまとまって一安心だ。
「っと、ツルカちゃん。―残量、大丈夫そう?」
「はい。今日はほとんど使いませんでした」
「そっか。でも、満タンにしとくね」
「ありがとうございます」
ツルカのアンクレットのことだ。共犯者であるニコラスもまた、魔力を供給してくれていた。ニコラスは椅子から立ち、ツルカの足元で膝をついた。
「……?」
「よく考えたらさ、このシチュ結構あれだよね」
「……ええ、はい。なんかすみません」
相手を跪かせているこのシチュエーション。ツルカもやはり気恥ずかしかったりはする。
「ううん、君が嫌じゃないのならいいし。僕のことは気にしないで。……ラムル君、よく耐えてるなぁ」
ニコラスはツルカの足には触れないまでも、近いところで手をかざしていた。後半は、ツルカにも聞き取れない声だった。ニコラスは魔力を注ぎ、はいおしまい、と席に着いた。
本題は終わったものの、それからも二人は会話を続けていた。学期末のテストのこと、そして、卒業式に関することだ。
「模範生の皆さんで、出し物とかされないですよね」
そういえば、とツルカは思っていた。
「うん、基本裏方だからね。僕達の卒業式でやっと、表に出られるんじゃないかな。……僕はずっと裏方でいたいなぁ」
「うーん、もったいない。ニコラス先輩と踊りたい子、たくさんいると思います」
「ええー……?」
「ニコラス先輩から言ったら、悪い気がしないと思いますよ。でも、乗り気じゃなければですよね」
「……僕から、かぁ」
ニコラスは何か考え込んでいた。こうして物思いに耽る顔は珍しかった。普段の情けなさやへたれぶりも潜むほどだ。
「……えへへ、妄想するだけならタダだし。僕は、イーリス様と踊りたいなぁ!踊りそんな得意じゃないけど、エスコートしたいし!それなら頑張れるし!」
「……イーリス様ときたか」
救世の魔女につき従った伝説の存在だ。ニコラスは魔女イーリスのガチオタだった。彼は瞳を輝かせ、無邪気に夢を語っていた。
「あ、さすがにね。本物は難しいってね。そこは弁えているから。せめて、フィギュアとかぬいぐるみとか持参はしようかな」
現実の区別はついているものの、後半は本気で言っているようだった。彼の目がそう物語っていた。
「うーん。連れていくのはいいかもですね。記念になるだろうし。うちの母も観光地に連れていったりしていたし」
事前に言っておけばとツルカは考えていた。ニコラスがこれほど本気なのだ。イーリスの存在が彼の支えになっていたのも知っている。ツルカは否定することはなかった。
「オ、オタクに優しいギャルが存在していた……!待って、ツルカちゃんってギャル?ギャルの定義ってなんだっけ……?」
ニコラスが何か言っている。
「まあ、いいか。ツルカちゃんはツルカちゃんだし。さて、来年の卒業式に向けて、マルグリットさんを始めとした彼らを―」
ニコラスが熱い決意を語っていた時、彼の胸元が音を鳴らしていた。模範生にもたされている通信機器だ。
「……ごめん、ツルカちゃん。その、学院長からで」
「!」
因縁の相手。ツルカを騙らせるに至った存在だ。学院長もまた、ツルカの罪は知ってはいるが、彼はあくまで面白ければ良いというスタンス。易々協力者とは呼べない存在でもあった。
ニコラスが洞窟の隅まで移動して、学院長と話し込んでいた。ツルカは聞いては悪いとは思いつつも、ニコラスの会話の端々は聞こえてしまう。
「……はい、マルグリットさんの件ですよね?はい、かしこまりました。僕も今から向かいます」
「……?」
マルグリットと聞こえた。彼女に一体何があったというのか。
「……はい、それでは失礼します」
学院長が切り終えるのを待って、ニコラスも機器を切った。胸元にしまいながら、ニコラスは申し訳なさそうにやってきた。
「ツルカちゃん、ちょっと内容は話せないけど。僕、招集かけられてね」
「はい、わかりました。……ありがとうございました」
尊敬する先輩の名が出たのだ。ツルカは動揺はしていた。それでも、極秘裏にということもわかりはする。呼び出されたニコラスを送り出すしかなかった。
「うん、またね。……これだけ。マルグリットさん、危ない目に遭ったとかじゃないんだ。そうじゃないんだけど」
「……はい」
「本当に今はこれだけとしか。……出ようか」
楽しかった時間も、学院長からの緊急招集により終わってしまった。重い雰囲気の中、二人は別れることとなった。