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変わらない猫被り。

 学年よりさらに、上級クラスと一般クラスに分かれている。ツルカは一般クラスの自分の教室の前に立っていた。教室内がやたらと騒がしい。

「おはよう―」

「あ、おはよ。で、ハルト君!これなんだけど、教えてくれない?」

 クラスメイトが返してくれたが、彼女はすぐ他の生徒に夢中になっていた。教科書の一ページを開いてみせていた。

「ああ、はいはい。それの解き方はね―」

 女子生徒に甘い声で囁きかける男子生徒。長身の彼がわざわざ体を屈ませて、顔を近づけて教えていた。女子の目は蕩けきっていた。

 見た目からして甘い顔立ちの彼は、黒髪を無造作に決めており垢抜けた印象も与える。彼は、ハルト・エーアイデ。現在、唯一の下級生であり、ツルカと同学年であった。女子生徒、特に美女に目がないと評判の彼でもあった。

「ハルト君、どうしたの?」

 ハルトは上級クラスの生徒だ。よそのクラスで中心になっているのが、わからない。ツルカは順番待ちしている生徒に聞くことにした。

「ん?ああ、ハルト君ね。最初は普通に一軍女子と話してたんだけど。なんか、テストの話になって。じゃあ、教えるよって。それで、みんなも教えて教えてって」

 私もだけどね、と女子は笑った。

「うん、わかる。私も教えてもらいたいくらい。ありがとね」

 お互い、うんうんと頷き合う。ツルカは手を振って自分の席に戻っていった。

「……」

 ツルカは順番待ちの生徒を眺めた。かなりの列だ。今から並んでも、教わる頃には予鈴のベルが鳴ってしまうだろう。ハルトのファンであろう女子だけではなく、他の生徒達も並んでいた。彼らもまた、切実だった。

 そう、もうすぐ期末テストだった。魔女会議やら魔女会議やらで、ツルカは今回はまともに対策をとれていなかった。幸い、テスト前二日間はバイトも休みになっている。最悪、そこで詰め込むしかなかった。今週末は当然、仕事は入っている。

 これから巻き返すしかない。ツルカは一人決意していた。

 予鈴のベルが鳴った。並んでいたものの、間に合わなかった生徒には放課後に約束したようだ。ツルカはしまった、と思っていた。並んでいればまだ、教わる機会があったのだ。

「……でも」

 一方でツルカは安心もしていた。勝手だと自分でも思っているようだ。

 ハルトとは、前回の魔女会議から話す機会がなかった。その前日にも二人で話す機会があったが、彼とは。

『いや、待って―』

 話が平行線のまま、会話を終えてしまったのだ。それから、本当に話すことがなかった。雨季に入ってからでも続行していた。

「おはよう、ラーデンさん」

「あ、ハルト君……。うん、おはよう」

 にこやかに近くに立っているのは、ハルトだ。他の女子生徒に向けた、柔らかい笑みだった。

「君は良かったの?なんか、聞きたそうにしていたから」

「えっと……」

 これもまた、他の女子生徒と同じ対応だった。ハルトは、こんなにも柔和に接してくる。

「……」

 だが、ツルカはどうもよそよそしい態度だと思えてならなかった。距離をとられたのかもしれない。それでも仕方がないとも思っていた。―彼の厚意を無碍にしてしまったのだと。

「良かったらさ、放課後においでよ。君も色々と大変だったと思うし」

「ハルト君……」

 距離をとられたにしても、ハルトは心配してくれているようだ。それが模範生としてだとしても、ツルカは嬉しかった。

「ありがとう、ハルト君。……ハルト君?」

 ハルトは開かれたページを見ていた。彼は笑顔のままだ。

「……それ、初歩中の初歩だし。お前さ、本当にわかんないの?」

「……ハルト君?」

「そこはさすがに教科書読み込んで。それで解決。はい、お前は来なくて大丈夫だね」

「……いや、ハルト君?」

 ハルトは笑顔のまま、酷い事を言っていた。―それも、日本語でだ。

「おっと、お前に構ってる暇ないか。じゃ、教室に戻るから」

 ハルトは一方的に切り上げ、さっさと上級クラスへと戻っていった。

「なんとまあ……」

 ツルカへの扱いが実に雑だ。それなのに、ツルカはそれに安心している。複雑な思いだった。これがツルカに対しての通常運転だからだ。

 ハルトは日本語が話せる。それもそのはず、彼は日本で育った、日本人だからだ。ツルカにとって幼馴染であり、彼女がトラオムに来たきっかけともいえた。

『お前は魔女じゃない。それなのに、トラオムで生きてきたいんだろ?つか、お前がこっちにきた経緯も知らないし』

 ハルトはツルカが魔女でないことは知っている。それでも、ハルトは記憶の喪失により、幼馴染として過ごした記憶を忘れてしまっているのだ。

「……」

 ハルトにとっての今のツルカ。それは、魔女でないのに魔女だと騙る酔狂な人物だった。それでも、気にはなるのか。彼は保留派に留まってはいた。

「……ハルト君ねぇ。やっぱ、『ウォード』先輩思っちゃうな」

「私も……」

 クラスメイト達が話をしていた。どうしてもツルカの耳に入ってきてしまう。

 ハルトはローゼに来る前に、別の学院に入学していたようだった。彼が編入してきたのは、ここ最近である。そんなハルトは編入初日、いや、正しくは編入前日だった。第二模範生の席を奪い取ったのだ。

 奪われたのは、最上級生にあたるウォードという男子生徒だ。

 信頼に厚いウォードは、どの生徒からも慕われていた。生真面目過ぎるマルグリットのフォローも上手だった。ツルカもそう関わる機会はなかったものの、とても優しい先輩だとは思っていた。残念がる彼女達の気持ちも理解できた。

 そんなウォードも、卒業を控えている。彼は結局、模範生に戻ることも出来ず、大人しく過ごしているのだという。

「卒業かぁ……」

 六月末日に卒業式を控えている。その前に待ち構えているのが、期末テストだ。曇り空だったが、雨が降り出していた。やがて本降りになっている。ツルカは窓の外を眺めていた。

お読み頂きましてありがとうございます!

次回も更新予定です。

よろしくお願い致します。

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