模範生達の華麗なる登校。
翌朝。ツルカの私室で目覚まし時計が鳴った。朝が訪れたので、彼女は起床した。
昨日の時点で色々あり過ぎて、ツルカは疲れがとれてない状態だった。それでも学院での日々は待ち受けている。ツルカは眠い体を引きずりながら準備をすることにした。
寮の食堂で、ツルカはトレーに食器を乗せていく。種類を選んでいると、声がかかった。
「よう、ツルカ。席決まってなければ、こっち来ないか?」
「あ、おはよう。それじゃ、お邪魔します」
今となっては強面な先輩からだった。つい最近編入してきた彼は、もう馴染んでいた。ツルカは他の先輩方に恐縮しつつも、混ざることにした。
「―しかしなぁ、猫ぐらいよくねえか」
さっそく話題になっていた。彼の一言に、他の寮生達も頷いていた。
「だよな。俺もさ、猫入ってくんの見たことあるけど、普通に可愛がってたし」
「私も。いっそ、飼いたいくらい。今度提案してみようかな」
先輩方とこうして話す機会はこれまでなかった。ツルカは有意義に朝食時間を過ごすことができた。
ツルカは朝食を終えて、登校の準備を済ませた。これより学院へ向かうことになった。
舗装されたレンガ道を歩くと、本校舎が見えてきた。ツルカが歩みを進めていた時だった。後方から黄色い声が上がっていた。ツルカは振り返り、納得した。
模範生達が六人、登校してきていたのだ。模範生の象徴ともいえるガウンを、それぞれで着こなしていた。彼らはいわば、選ばれし生徒。憧れられるのも必然ともいえた。ツルカの近くの生徒達もそうだ。
「見てみて、エルマ先輩!あのスタイル、憧れる!」
女子生徒の中で群を抜いて長身であり、長い黒髪を下ろしている女子生徒。第六模範生のエルマ・テアタだ。音楽の才に秀でており、交友関係も広い。
「お、ハンス先輩。オレ、あの人の作品のファンなんだよな」
丸眼鏡をかけたくるくる天パの男子生徒。ガウンも個性的に着こなしている。第五模範生のハンス・ムゼウム。彼にとって日常とは芸術、そして悪戯でもあった。
「きゃあ、アルベルト先輩……。遊び相手でもいいから……」
ゆるく巻いた髪を耳くらいの長さで分けている、大人の風格もありつつも柄の悪そうな男子生徒。第四模範生、アルベルト・ハイデ。模範生とは、とよく問われる生徒だ。
「おお、カタリーナ様……。今日も麗しいぜ……」
長い巻髪に、人形のような顔立ちの女生徒。第三模範生のカタリーナ・クローネ・トラオム。
様づけなのも、彼女が王族だからだ。気取らぬ性格の、治療魔法の使い手である。
「やっぱり、マルグリット先輩がいてこそよね!」
癖が強い彼らをまとめているのが、マルグリットその人だ。時に窘め、時に手助けをする。他の模範生達もまた、マルグリットがを認めているようだった。
マルグリットは、隣にいるカタリーナと談笑していた。二人は幼少の頃からの付き合いであり、今も交流は続いていた。
「……で、後ろの人ね」
「うん、あの後ろにいる人な」
少し離れた位置にいる男子生徒。前髪を斜めに流した、一見優男で見た目に優れた彼は、挙動不審でもあった。ここ最近の騒動で注目されていた人物だ。彼は背中を丸めてコソコソとついてきていた。
第七模範生、末席である彼は、ニコラス・エーアスト。名門エーアスト家の子息であり、かつては期待もされていた。ある事をきっかけに自信喪失してしまい、引きこもりをしていた。ツルカとラムルが友達になったことにより、彼はこうして復活したのだ。
ニコラスとの友情は今も続いている。―協力者でもあった。
「ああ……。こんなキラキラ集団に、僕みたいなのが混ざってる……。うう、申し訳ない……。もっと距離をとれば、僕、逃げられるかな……」
一人引け目を感じていたニコラスは、こうして徐々に距離をとっていた。彼の最終目的は、この集団から外れることだった。
「……ニコラスさん?あなたは何をおっしゃっているのでしょうか」
「ひいっ!」
前を向いていたマルグリットから、いきなり声をかけられたこともあり。ニコラスは思いきり体をびくつかせてしまった。マルグリットは振り返り、改めて声をかけた。
「あなたも模範生です。堂々としていればよいではありませんか」
「う、うん……」
それでもまだ遠慮がちだったので、他の模範生達が迎え入れていた。ちょっかいかけたり、悪戯を試みたり、うざ絡みしたり、ツンデレしたりと対応はそれぞれだった。それによって、気まずい空気感は無くなりつつあり、ニコラスにも笑顔が戻っていた。
彼らは同じ、七回生だ。同学年ということもあり、気兼ねなくやれてもいるのだろう。
「あれ?」
一人だけ学年が違う模範生の姿は無かった。不思議に思っていたのは、ツルカだけではないようだ。
「……彼、やっぱりいないね。一緒に登校しないよね」
「ぎりぎりまで寝てんじゃねえの?やる気なさそうじゃん、あいつ」
「そういうこと言わないの!……でも、まあね。私も、前の先輩のが好きだったから」
「オレも尊敬してたよ。でもな、―負けたからなぁ」
噂をする生徒達は、第二模範生のいざこざのことをに触れていた。その話をしながらも、彼らは校舎へと向かっていった。
「……」
ツルカとしては、あまり気分の良い話ではなかった。第二模範生の彼とは色々あったが、ツルカは彼のことを見てきてもいたからだ。女子の方が窘めてくれてホッとしたくらいだ。
「あ……」
ツルカは視線に気がついた。模範生の一人、ニコラスがチラチラと視線を寄越していた。目が合ったので、ツルカは笑った。そして、視線でメッセージを送った。伝わるかどうかはわからない。
ニコラスは頷いてくれた。ツルカは軽く頭を下げた。
「……」
二人のやり取りを見ていたのはマルグリットだ。ツルカの方を見ている。前回の魔女会議では、ニコラスとの関係性も指摘していた。今も疑っているのだろう。色々と。
「おはようございます」
ツルカは何てことないと笑った。向こうも挨拶を返した。
模範生一行は去っていった。そのことにより、立ち止まっていた生徒達も散り散りになっていった。ツルカもそうすることにした。
「いやぁ、マルグリット先輩かっけえわ……」
「……あ、でもさ。なんか、噂が流れていてさ」
休みも明けて、今度は課題に追われる日々の到来だ。そんなツルカの耳には届いていなかった。不穏な気配を知らせる、噂話のことは―。