迷い猫対策。
ツルカは裏路地を抜けたところで、ラムルと別れた。学園まで送りたそうだった彼だったが、ツルカはやんわりと断った。
歩きに歩いて帰ってきたのが、ローゼン学院だ。国中の優れた素養の生徒達が通う学び舎で、全寮制でもあった。一般人でもあるツルカが帰るのは、一般寮だ。
「……様子見てこよ」
寮に帰る前にツルカが寄ってみたのが、学院の外れだ。そこは最近になって、猫となったラムルが侵入していた場所だ。大変お世話になっていた場所でもあるが、ツルカは気になる噂も耳にしていたのだ。
―近頃、野良猫の侵入口になっていると。
その内の一匹は、野良ではないがラムルだ。他の一匹が忍び込んでいたのを、ツルカは目の当たりにしていた。それ以外にもあるということだろう。
「ん?」
侵入口となっているのは、草木の茂み。その真横に配置されているのは、可愛らしい猫の像二体だった。出来栄えの良さに、ツルカも本物かどうか確認したくなるほどだ。
今までなかったものだ。今日か、それ以前か。先週はラムルが訪れており、特に彼は何も言ってはいなかった。となるとこの週か。
「にゃー」
「あ」
ツルカは目撃した。新たなる猫が侵入してきていたことを。いつものトラ猫ではなく、サバ猫だった。その猫が茂みから姿を現わしきった途端―。
「!?」
けたたましいブザー音が鳴り響いた。警鐘の如く、猫の存在を知らしめている。
「にゃ!」
驚いた猫は引き返し、姿を消した。そこからやってきたのは、学園の警備の者達だ。
「―これは、ツルカ・ラーデンさん。こんばんは」
「……こんばんは」
ツルカは学園ではすっかり有名人だった。守衛を始めとした警備の者達は、渦中の相手であるツルカにも、それなりに温厚に接してくれてはいた。―それでも、本格的に魔女詐称疑惑をもたれたら、その限りではない。
「あの、散歩に出てたら。なんか、音がしまして。それで驚いて」
いかにも怪しい立ち位置のツルカは、ほとんど本当のことを述べていた。疑われているかもしれない。そう思うとツルカは説明をせずにはいられなかった。
「ああ、それかい?それはだね―」
「―お話中、失礼します」
よく通る声がした。凛とした立ち振る舞いの女生徒だ。長めの黒髪を長い位置でまとめている、長身のすらりとした彼女。背筋が伸びており、より長身さが際立つ。凛々しく美しい顔は見る者を畏怖させる。学園の代表格の一人でもある女生徒。
マルグリット・トラバント。その人が現れたのだ。
「こんばんは、マルグリット先輩」
「ええ、こんばんは。ツルカ・ラーデンさん」
ツルカも彼女とは顔見知り、というよりは。―やり合っている関係ともいえた。
マルグリットは、学園の選ばれた生徒から構成される『模範生』。その中でもトップである、第一模範生だった。
「……」
模範生。彼らは『魔女会議』を行って、ツルカを吊るし上げる立場にもあった。―ツルカにとって、立ち塞がる壁そのものだった。
ツルカを魔女として否定する者。肯定する者。そして、判断がつかずに保留にしている者。マルグリットは中立の立場の為、保留派には留まっていた。もっとも、マルグリットは一度はツルカの秘密を暴き、また、数々の疑問点も指摘してきた。
あくまで決定打にかけるから保留にしている、そうとれた。
「これは、トラバントさん。お疲れ様でございます!」
「ええ、皆様もお疲れ様です」
稀有である『魔力無効化』の力を生まれつきもっている。けれでも、それに甘んじず、他の魔力を伸ばしていた。成績優秀な学業にも加えて、実技も素晴らしい。そのような努力家でもあるが、それだけではない。
「設置には問題なさそうですね。これで野良猫侵入の問題はどうにかなりそうです」
「マルグリット先輩の発案ですか?」
「はい。近頃、野良猫の侵入が話題に上がっておりましたから。なお、音に反応しなくとも、入れないように透明な柵を用いております。……見つかる前に、退避させてあげる。それに越したことがないかと思いまして」
「おお……」
生徒間で起こっている問題、困り事を率先して対処しに行く。何事も先頭に立って動く。詐称疑惑のツルカに対しても、平等にかつ、気遣う態度もとる。ツルカは敵対しているこの人を、やはり尊敬せずにはいられなかった。
「それにしても。あなたはどういった用向きでしょうか」
「はい!散歩してたら、音がして、びっくりしていました!」
マルグリットなら必ず尋ねてくると思ったので、ツルカは用意していた答えを返す。
「……」
「……」
マルグリットに観察されるが、ツルカは笑顔のままだ。
「もう一つ、失礼させてください。あなたに猫を飼育している疑惑がもたれています」
「はい!迷い込んだ野良猫を話し相手にはしていました!報告してなくてすみません!」
流れで訊いてくると予測されていたので、ツルカは答えを準備していた。
「……」
「……」
マルグリットに探るような目を向けられるが、ツルカは微笑みを絶やさない。
「とても良いお返事ですね」
「はい、心掛けています。ありがとうございます!」
「ええ、不自然なまでに」
「そう思われるなら、私の努力不足です!」
マルグリットに褒められたと思いきや、疑われていたというオチだった。ツルカはとことん笑ったままだ。
「……まあ、よいでしょう。以後、見掛けましたらご報告願います」
「はい、わかりました」
マルグリットは、彼らに会釈して去っていった。彼女が戻るのは特別寮だ。模範生達が暮らしている立派な寮だ。去る際の佇まいまで美しい。ツルカは見送っていた。
これにて、と去るのも警備の者達だ。ツルカも帰ることにした。貼りつけたような笑顔だった彼女も、一人になった途端にそれが崩れた。
「……うん」
まずいことになってしまった。ツルカの顔は蒼白した。
ラムルの侵入口が塞がれてしまったのだ。これまでの彼は、警備が手薄な日を狙って侵入していた為、学園に来る日は限られてしまっていた。それがここ最近で頻度が増すようになったのも、この侵入口を見つけたからだ。
今後それが厳しくなる。それだけなら仕方ないとして、ラムルが知らずに侵入してしまう可能性があった。だがしかし、ツルカには伝える手段がなかった。次に出られるのは、休日だ。それまで待たなくてはならない。
「……お願いしよう」
一人、頼めそうな人物がいる。今から会うわけにもいかないので、ツルカは明日頼み込むことにした。