大罪人の末路。
最後に封鎖されるのは街の入り口だった。
「封鎖される前に、ここから出るぞ。フルムは別ルートから向かう」
「……うん、わかった」
「助かる」
下手に魔法を使えないラムルは、ツルカの手をとりながら人混みをすり抜けていく。
「邪魔だな。……いや、今は」
それにしても押し寄せてくる人が邪魔をする。彼にとっては煩わしくてならなかった。いっそこの邪魔者達を吹き飛ばせたら。
「……だ、大丈夫?」
ツルカに顔を覗き込まれ、ラムルははっとした。彼は今の考えを押し込む。
「悪い、大丈夫だ」
自分は苛立っていただけだ。生まれ持ったこの魔力はそんなことのために使うべきではないのだと。そう自分の中で再確認をした。意識して普段通りに振る舞う。
「それよりも。お前の嘘の下手くそっぷりの方が心配だ」
「……下手じゃない」
「ほら、下手だろ。普段からつきなれてないの、バレバレなんだよ」
ラムルはお見通しだった。ツルカも本当の事を言うことにした。
「じゃ、ほんとのこと言う。……嘘つくの苦手」
「わかってる。ありがとな」
「!」
優しい声は予想だにしていなかった。ラムルももちろん、自分の為についた嘘ということはわかった。けれども、優しい声は一転して脅すような声色になる。
「……けどな、もう嘘はつくな。今はこれしか言えない。―頼むから嘘だけはやめろ」
ツルカにはよくわからなかった。けれどラムルが真剣なのはわかった。ラムルとしてもこれが今最低限伝えられることだった。
「本当に頼むぞ」
いやに監視されている気がしてならない、それはきっとラムルの気のせいではないようだ。
「……わかった」
きっと深い理由があるのだろう。だからツルカは頷いた。よし、と軽くツルカの肩をはたく。ラムルも安心したのか、表情が多少は和らいだようだ。
入口まであと少しなのだ。それなのに一向に進まない。人は続々と押し寄せていく。何かの狂気にとりつかれたかのようだ。
もがけばもがくほど入口から遠ざかっていくよう。そう思えてならないほどに。
「あ……」
入口でトラオムの兵達が整列をする。そして敬礼をした。
「善良なる民の皆様!多大なるご迷惑をおかけし、申し訳ございません。処刑執行の為、封鎖させていただきます。ご理解のほど―」
彼らは次々と告げる。逆走して入口に向かっているのはこの二人くらいなものだ。悪目立ちしてしまうかもしれない。
「くそ、裏道使うぞ」
ここにてもどうしようもないと、横道にそれようとするが。
仕方なく広場の方を振り返る。そこで目にした事にツルカは絶句する。
聴衆達が騒ぎたてる。その暴徒とも思えた彼らを抑えるのは兵達だ。今にも押し寄せようとしていたのは。
―中央にあるは処刑台。今にもうら若き女性がギロチンにかけられる寸前であった。
隣にいる人物が何かを宣告しているようだが、この騒ぎの中ではよく聞き取れない。処刑人は今か今かと手ぐすねを引いている。
「どういうこと……?」
「見るな」
ラムルはそう言ったあと、ツルカの視界を手で覆う。そのまま背を向けようとする。
「罪深き者よ、貴女の罪は消えることはありません。けれど、貴女にも想いがあったことでしょう。せめて最期に言い残したいことはないかしら?」
あれだけの興奮をみせていた広場が静まり返る。
群衆の怒りをかっている大罪人の傍らによったのは、凛とした出で立ちの女性であった。黒いレースで顔を覆い、上質の素材の礼装を纏っている。その婦人が悲しそうにしている。
「貴女にも大切な方が在ったことでしょう。そして貴女も生きてきた。せめて貴女が言葉で遺せたらと。……ささやかではありますが、それがせめてものわたくしからの餞です」
大罪人に寄り添うこと。そして大罪人の生に少しでも猶予を与えること。本来ならトラオムの民から大顰蹙をかっててもおかしいものではなかった。
だが、この広場にいるトラオム人達は誰しもが聞き入れている。誰も異を唱えることはない。
「……王族か」
ラムルも見知った人物であった。―クラーニビ殿下、トラオム現王の姉にあたる人物である。慈善事業に精を出す、この国きっての人格者であると言われている。あくまで噂程度ではある。
どれほどの人物が出てこようと、気に留めている場合ではない。ラムルとしては一刻もその場から離れたかったのだ。
「あ……」
ツルカが尋常もなく顔を蒼白させていた。彼女は体を震わせながらも、多くの冷や汗が止めることができずにいた。早くこの場から離れたいのに、体が言うことを聞いてくれないのだ。ツルカ自身にもなぜかはわからない。
「お前……」
ふらつくツルカに肩を貸す。本調子ではない彼女の為にゆっくりと歩くことにした。幸い、今注目されているのは広場の中心だ。すっかり落ち着いた人並みをすり抜けていくことにした。
「どうぞ、お嬢さん方。そこで休ませてあげるといいよ」
「……ありがとう、ございます」
柔和な青年に声を掛けられる。彼は周囲にも呼びかけ、ツルカ達に道を譲ってくれた。どこか胡散臭い笑顔ではあるが、そこは素直にラムルはお礼を言う。青年も手を振って二人を見送った。
「ごめん……。早くここから離れたいのに。ごめんね……』
「いいから。気にすんな」
早くこの場から離れたい、その思いはラムルにある。かといって、ツルカを責める気はラムルにはなかった。彼女への心配の気持ちの方が勝っていた。
ラムルは、これから起こる事を理解していた、だからこそだ。それにトラオムの事だ、彼には知ったことではないのだ。そう、知ったこっちゃない。
「……私は、大罪人です。魔女をカタった事、深くお詫び申し上げます」
大罪人は今にも処刑されるさなか、声を絞り出す。傍らのクラーニビは膝をつき、相手に目線を合わせる。
「本当にそれでいいのかしら……心残りはない?」
「私は……!』
罪人からこぼれる涙をクラーニビがそっと拭う。そして穏やかにに語りかけた。
「わかります。……大切な方を失う思いは」
「もったいなきお言葉です、クラーニビ様。―愛してました、私の大切な人達。本当にごめんなさい」
そのまま泣き崩れる相手の頬に、そっとクラーニビは手を添える。人々は慈悲深いと彼女を讃えた。
「ちっ……」
ラムルは腑に落ちないでいた。何がわかるだ。何が大切な奴を失うだ。それを平然とやってのけるのはこの国の人間ではないか、と。
「いや……」
とはいえ、彼はその考えを打ち消そうとする。そう知ったことではないのだ。
ツルカはぽつりとつぶやく。
「あの人。……そんなに悪いことしたの?」
「!」
ラムルが体をびくつかせる。素朴な疑問でも、その反応からして、まずい質問だったようだ。
「ううん、なんでもない」
疑問は残るも、ツルカは口をつむことにした。
幸いか、ちらりと見られることはあれど、それ以上関心をもたれることはなかった。そこでラムルはようやく気がつく。
「ああ、そうか……」
二人の時はツルカの母国語で行われていた。そう、これだった。ラムルにとって盲点であった。だから、彼女にようやく告げることができた。彼女の故郷の言葉でだ。
「嘘つくなっていったな。あとは魔女をカタるな。この二点を守ってくれればいい」
「魔女を語っちゃだめ。……うん、わかった」
「いくぞ」
「誰かを傷つけたわけじゃないのにね。優しそうな人なのに。……ううん」
幼いながらもツルカはわかっていた。どうにもできないこともあるのだ。嫌だという感情もこれ以上はいけない。隠さなくてはならないことも。
「……」
ラムルは足を止める。そうトラオムの人間など知ったことではない。ないはずなだ。
「……お前、大人しくしてろよ」
ラムルはあくまでそのまま佇んでいるだけだ。彼には仰々しい所作も詠唱もいらない。近くにいたツルカは内心ざわつき、そして確信する。
―ラムルは人知れず魔法を使う気だ。
まずはあの処刑台を破壊させる。処刑人とクラーニビ、そして隠れて魔力を持つ人を待機させているようだが、そちらへの被害も最小限に。彼には造作のないことだ。狙った一点を破壊させるくらいは。
意識を集中させる時間はほんのわずかでいい。そのまま風の魔力をぶつける。
「……?」
だがおかしい、手ごたえがない。それどころか、身を潜めていた男がこっそりと処刑人に告げる。
「くそっ……」
ラムルは今になって気がつく。自分の魔法はそもそも効いていなかったのだ。隠れていた男は魔力を無効化することができるのだろう。誰も介入することが出来ないように。
そして処刑人はクラーニビにも伝える。彼女はただただ悲しそうに首を振った。
「ただいまをもって処刑とす。大罪人よ、長い旅路に出よ。贖罪への旅路へ―」
呆然としていたラムルは、愕然とする。もう処刑は止められない。だからせめてツルカか目にしないようにと、再び視界をふさごうとする。
―愛してる、貴方。そして、私達の。
群衆の発狂によってかき消される。彼女の遺した言葉は誰が聞き取れただろうか。
たった今。トラオムの忌まわしき大罪人は。断頭台の露へと消えていった。
「あ……」
「……」
その姿がツルカの目に焼き付いて離れない。しかと、見届けてしまったのだ。ラムルも気まずそうに伸ばした腕をおろした。
熱狂する広場にぽつりと雨が降り始める。次第にそれは勢いを増し、雷を伴うようになっていた。
故人を偲ぶ雨なのか。だが大罪人相手にいかがなものか。人々が口にしたところだった。
「おい、あれを見ろ!」
高い建物の上で立っていたのはマントの男だった。異質な人物に彼らは騒然とする。男は飛び降りつつも、詠唱をしたあと群衆に向かって水泡をぶつけていく。
どこか怒りに駆られた男は建物を破壊して回る。逃げまどう群衆の保護と、そして賊の征伐に兵達も乱入する。広場はパニックとなっていた。
「うわぁぁぁ!」
倒壊した建物の瓦礫が今にも落ちそうとしていた。直撃したらただではすまないだろう。一瞬ラムルは目を背けようとする、だがそれを彼の心が許さなかった。瓦礫は中で爆散され、細々とした破片が宙を舞う。次々とそれを繰り返していく。
「俺が助けるんだ、力ある人間ならば、当然なんだ」
暗い表情をしながら、一心不乱で彼は魔力を連続発動させる。気づいたツルカがラムルの腕を掴むが、そのことにも気がつかない。
落ち着きを取り戻してきた民達は疑問に思い始める。誰がこうも莫大な魔力を発揮しているのか。広場を救う英雄ではあるが、同時に不気味な存在でもあった