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雨降る、魔法の都。

 ここは、魔法国家『トラオム』。魔女の血を引く者が、魔法を使える者。選ばれし者とされている国である。―魔女を騙る者には死罪。この国ならではの考えでもあった。

 栄えし都は本日も賑わっていた。ただ、慌ただしいといってもよかった。

「うわぁ……」

 突然の土砂降りに見舞われてしまったからである。このツルカも例にももれずだった。休日ということで、労働に出ていた。どんよりした灰色の空ではあるが、今は夕暮れ時。疲れた仕事帰りにこの仕打ちであった。

「どうしようかな」

 ツルカは軒先で雨宿りをしていた。雨は上がりそうにない。ずぶ濡れになってしまった自分をタオルで拭っていた。そのタオルも吸水しきったこともあり、使い物にならないことになっていた。

 ツルカの肩くらいまでで揃えられた髪は、水で滴っていた。母親譲りの大きな瞳にくっきりとした顔立ち。背の高さは母には似ず、小柄でもあった。顔が幼い印象を与えることもあって、よく年齢を間違えられていた。

 ツルカは人の流れを眺めている。傘をさして優雅に闊歩する人々。自分のように突然雨にふられてしまった人々。そして。―魔力で水を弾いている人達。

「……」

 ツルカは名門ローゼ学院にも通っている、れっきとした『魔女』だ。自分もそうすればいいと思ってはいた。彼女は足元のアンクレットに意識がいく。自分なら出来るはずだと。

「……ううん、もったいない」

 長年の魔力節約の癖が抜けていなかった。ツルカは大人しく雨が止む、それか弱まるまではここで待つことにした。

 雨の音。遠くで雷が鳴っている。急ぐ街の人々達。ツルカはずっと眺めていた。雨は降り続けていた。

「くしゅん!」

 ツルカはくしゃみをしたあと、体を震わせた。雨はいつまでたっても止まない。風邪もひきそうだ。それでは困るとツルカは思った。

「帰ろ―」

「……お前、何やってんだよ。傘どうした、傘」

 雨宿りをしているずぶ濡れの少女。その前にやってきたのは。

「あれ、ラムル?っと、傘?ああ、忘れてきちゃって」

 ツルカにとってはおなじみの彼だった。傘をさして呆れた表情をしながら声を掛けてきた青年。彼はラムル。ツルカの知り合い、いや、恩人。それだけではない相手でもあった。

「忘れんなよ。つか、買えば良かっただろ」

「いや、結構値段するし。もったいないというか」

「いや、買えよ……」

 褐色の肌に、彫りの深い顔立ちをしている異国の青年。トラオムでも目を惹く容姿をしていた。彼の艶やかな黒髪は、耳のくらいの長さで揃えられている。耳に飾られているのは、レモングラスのイヤリングだった。

 ラムルはトラオムと長年対立していた、『フルム』人だった。彼は生まれつき、絶大な魔力をもっていた。故に神の子と称されていた。

 ラムルはツルカの魔女詐称罪の共犯者であった。原因の一人といってもいい。

 長年付き合い、こうして今に至る。ツルカにとっては、幼馴染も同然。―そして、特別な存在だった。

「ちょうどお前の部屋行こうと思っていた」

「あ……」

 ラムルも用があってツルカの部屋、つまり学院の寮へと向かおうとしていたようだ。もちろん、部外者の来訪は特例がない限り禁止されている。それを突破するのがラムルだった。

 ツルカへの魔力補給。彼女の足にある秘匿魔法をかけられたアンクレット。休日はもちろんのこと、平日でもできる限り行っていた。今も向かおうとした時だったのだ。

「で。それでその有様か、その有様―」

 ラムルはずぶ濡れのツルカを見た。今は夏前の雨季、薄手のシャツだったこともあり。

「……!」

 ツルカは下にインナーは着ているものの、シャツが水で張りついていた。肌色の部分も透けていたりもしていた。それがラムルの視界にしっかり入ってしまっていた。

「……」

 ラムルは即、目をそらした。無言で自分の羽織っていた服を彼女に渡した。着ろということだろ。

「いや、悪いよ。ラムルだって寒くて来てたんだろうし」

 ツルカは遠慮した。ラムルは寒がりということも何気に知っている。あとは帰るだけの彼女からしてみれば、受け取ることもなかったが。

「いや、着ろ。着てくれ。頼むから着てください」

「う、うん。ありがとう……」

 ラムルにお願いされてしまった。懇願されたといってもよかった。ツルカは有難く受け取って、羽織った。

「……」

「……」

 ぶかぶかの彼の服を着たツルカ。それを見たラムル。二人は妙な空気となった。

「……それどころじゃねぇ。いいか、こいつは今にも風邪を引きそうだ。だから、仕方なく。仕方なくなんだ。軽い気持ちで誘え、誘うんだ、俺!」

 ラムルが一人で何か言っている。目を再びそらしながら、ラムルは傘をさしだした。

「……お、俺の家近いから。お前、風邪引きそうだし。だからうち寄っていけ、いいな?予備の傘も貸してやる」

「え!」

 顔を真っ赤にしながら、ラムルが提案してきた。ツルカは驚き、彼女まで顔が赤くなってしまった。

「え、ってなんだよ。嫌ならいいけど……」

「ううん、嫌とかじゃないけど」

 自信家のくせに、妙なところでは自信がないラムル。ツルカはそうではないと手を振った。

「それじゃ、お邪魔しようかな。傘も今度返すから」

「お、おう……」

 ツルカはラムルの傘の中に入る。相合傘ともなるので、気持ち距離をとった。

「……濡れるだろ、こっち」

「……!」

 ラムルに肩を抱かれ、ツルカは引き入れられた。それが済むと、ラムルは手を離した。二人の距離は変わらない。並ぶ二人の身長差が際立つ。昔はほとんど変わらなかったのに、今ではこうも違う。

「……」

「……」

 二人は妙な気持ちで緊張しながらも、ラムルの家に向かうこととなった。

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