語りかけ続けてくれたから。
学院内に着いてから、ニコラスは案内を始める。雑木林を抜け、奥地へと進んでいく。奥へ奥へと進み、辿り着いたのは洞窟だった。石の扉は施錠されていたが、ニコラスによって解除された。彼は魔法をかけていたようだ。
「……」
「……」
このような場所がまだ、学院にあったのか。二人は驚きだった。
「僕が模範生になった特権でね、僕の専用スペースになったんだ。ここなら、誰も入って来られない。秘密の話にはもってこいだよ」
模範生を勝ち取った時の特権、勝ち取れなかった時の罰則。それはツルカも聞いたことがある話だ。ニコラスはこの場所を奪取でもしたのだろうか。
「ごほっ!……しばらく使ってなかったからな。ちょっと待ってて」
先に入ったニコラスは、むせていた。彼が良いというまでツルカ達は外で待機していた。
「―お待たせ。とりあえずは人が来ても問題ないくらいには」
「お邪魔しますねー」
「入るぞ」
ニコラスのスペースとやらに踏み入れた。中は石壁に並ぶ本棚。中央には実験用の大机があった。大釜や瓶も置いてある。薄暗い空間で、ランタンが唯一の明かりであった。
「部屋、暗いか。明るくしてくれる?」
「あ、はい」
ニコラスが席を外した時に、ラムルが魔力を補給してくれていた。前のようにはいかない。ツルカは火の玉でも浮かそうとしていたが。
「あ、ごめんね。今回はツルカちゃんじゃなくて。―ラムル君にお願いしたいんだ」
「お前……」
ニコラスが指名してきたのは、ラムルだった。
「うん、偶々魔法が使えるフルム人。そう言われたらそこまでだけど。だとしても。ラムル君なんでしょ。―ツルカちゃんの魔力の源は」
「……」
ニコラスはそうだ。ツルカが魔法を使えない事はもう承知なのだ。そして、ラムルが協力している事も指摘してきた。
「僕はね、本当は気づいているよ。あの時の魔女会議ではすっとぼけたけどね」
「……はい」
ニコラスは、魔女騙りとわかった上で、肯定派になった。
「……ニコラス先輩は、どうしてですか。先輩は、トラオムの民ならご存知でしょう?先輩がしている事は」
「うん、共謀罪にあたるかな」
「……!」
ツルカは返答に窮した。魔女を騙るも大罪だが、共謀罪もまたそうだ。知っていながら報告しないのも問題だが、本人の意思で加担しようものなら―。
「保留派ならまだ、わかります。私をちゃんと認めたわけじゃないから」
「うん、そうだね。でも、僕は君を認めたかった。ツルカちゃん、君は魔女だよって」
ニコラスは心のままにそう言った。
「あ……」
ツルカはその言葉を受け止めていいか、わからなかった。そんなツルカの心情はわかっていようが、ニコラスは続けた。
「君は僕の恩人だ。今まで君の力になれなかったのが、申し訳ないくらい。君は魔女会議の時、誰も味方に立ってはくれなかった」
「それは……」
果たしてそうなのだろうか。ラムルは―。
「……俺は、まあ、入れもしないからな」
ラムルはそうは言っても、心の支えにはなっていてくれた。ツルカは屈んで彼の頭を撫でた。
「……いいっつの。ニコラスの言う通りだし。お前、こいつの力になってくれるってことか」
「うん、そうしたいよ」
「なら、魔力の補給も頼めるのか。お前も出来るようにチューニングだけはしとく」
ツルカは驚き。ラムルを撫でる手を止めてしまった。ラムルは渋々ながらも、そうお願いをしてきたのだ。実に不本意そうでもあったが。
「うん、わかった。僕、魔力だけはあるから。力になるよ」
「……助かる」
本心では複雑でも、魔力を枯渇するツルカを目にしてきた。それに苦しむツルカの姿も見てきた。
「あの、ありがとうございます……!ラムルも、ありがとう」
「そうだそうだ、感謝しろ。もっとだ!」
「うん、本当にそうだね!本当にありがとうございます!」
ラムルの心配りも、ニコラスの協力も感謝してもしきれないくらいだ。
「それでも……」
ニコラスが協力してくれるようになったのは、確かだった。だが、どうしてそうまでしてくれるのか。ニコラスは答えてくれたわけじゃない。
「ニコラス。さっき、こいつも聞いたけど。……お前、自覚はあるよな?トラオム人だろ、俺らよりよっぽど、お前がした選択は重いってこと」
「……うん。そうだね。トラオムの常識からしたら、おかしいよね」
ニコラスは笑いながらそう言った。
「理由。それなら、―僕達は友達だからだよ」
「ニコラス先輩……?」
もっともな理由だが、それが罪を犯す理由となりえるだろうか。
「君やラムル君も友達になってくれた。そんな君達を失うことになったら。僕はその方が耐えられない。不思議なんだ。ツルカちゃんがいなくなったら、―ラムル君までいなくなる気がして」
「……!」
ツルカは心臓がドクンと鳴った。ラムルとの事情を知らない彼が、核心をついてきたからだ。
「……ツルカも大概だけどな、お前も狂ってんな。それで、一緒に魔女を騙る気なのか」
「それ、とか。そんなことで、でもないんだ。僕には、とっても大切なことだよ。君達と出逢えたこと、友達になってくれたことが」
「……そうか」
ラムルもそうだ。ツルカもそう。ニコラスのこともまた、狂気といえたのかもしれない。
「本当にありがとう。ラムル君が背中を押してくれた」
ラムルが勢い任せ背中を押してくれたから、ニコラスは外に出られた。
「ありがとう、ツルカちゃん。ろくに人と向き合えなかった僕に。君が『語り』続けてくれたから」
―だから、僕は扉を開けたんだ。ニコラスからの言葉だった。
「……はい」
夢のようだ。こうしてニコラスが立ち直ってくれたのも。肯定してくれたことも。