君、写真と違わない?
「……ん?」
ん?と言いたいのは、ツルカの方だった。それは、後方で観察している寮生達もだ。このカイウスは疑われていた。
―あのカイウス王子なのかと。本当にそうなのかと。
端正な顔立ちも、いまや眉間に皺が寄っていた。あれだけの優しげな顔立ちが、こうもいかついものになるのかと。制服もそうだった。ローブは全開であり、下に着ているのも制服のシャツなどではない。適当そうなカットソーだった。
かなりの長身も手伝って、威圧感のある男子生徒でしかなかった。王族としての気品はどこいった。
「……ああ、お前か。よお、ツルカ」
「いや、ツルカでございますが」
昔過ごしたことを覚えていてくれただろうか。いや。
「悪いな、木の上に猫がいてな。どう助けようか考えていたんだ」
「あ、そうなんだ。それは困ったね。私、木に登ろうか?」
「そうか。得意だったからなぁ。でも気にすんな。こっちでどうにかするからよ」
「そう?でも、私も手伝いたい―」
ツルカは言いやめた。自分は今、誰と会話しているのかと。つい、ラムル相手に話すかのようになってしまったが、相手は王族だ。慣れ親しんだラムルではない。
「あわわわ……」
ツルカの足はがくがく震えてしまっていた。失礼にも程があると。それを察したのはカイウスだった。
「……あんま、気にすんなよ。普通に接してくれねぇか」
「!」
ツルカの遠慮が相手にも伝わってきたようだ。
「あと、先にいっとく。……素、というか。楽なんだよ。こっちの方が」
「そう、なんですか……?」
ギャップが凄すぎたが、彼は猫でも被っていたのだろうか。いや、そうではないとツルカは思い知らされることになった。
「そうだ。……お前らの影響だからな?」
「お前らって……」
あの集落の日々か。カイウスはラムルの口調を真似たことがあった。その時にこう、目覚めてしまったのだろうか。
「っと、色々と話があるけどな。それは追々として、だ」
隠れてしまっていた猫は、再び姿を現わした。怖がったままで、一向に木から降りてくることはない。
「おう、怖くねぇぞ。―ほら、おいで」
「……!」
猫に呼びかけてのはカイウスだ。その声はとても柔らかいものだった。
「あっ」
猫も誘われるかのように、カイウスの胸元へと降り立った。彼はよしよししながら、話しかけていた。
「そうか、お前野良か。迷い込んだんだな。心配すんな、ちゃんと逃がすから。飼いてえとこだけどな」
その優しそうなカイウスの表情、さっきまでの粗暴さが失せていた。
「そうだ、ツルカ。まだ、時間があんだろ。付き合ってくれないか?」
「は、はい!喜んで!カイウス殿下!」
「……あのよ」
恐縮しまくりのツルカに、カイウスは言いたげだった。
「呼び名、違っただろ。話し方もそうだ。……本当にな、普通に接してくれねぇか?」
「そうおっしゃられましても」
「俺ら、『友達』じゃなかったのか?」
「……!」
それは、ツルカの方から言いだしたことだ。それに、目の前の彼を悲しませたいわけでもなかった。彼にも笑っていてほしかった。
「あとな、すでに定着させてんだ。そっちの名」
「そっち。……そうなんだ」
「おうよ。じゃあ、行くとするか。出入口、目星つけてんだ」
「うん。―カイ」
カイウス、いや、カイ。ツルカは改めることにした。
その後、ツルカは冷や汗をかくことになった。顔も引きつったままだ。別の出入口でもあったのかと、能天気に考えていたところにだった。
カイが先頭になって、学院の外れまでやってきた。野良猫の侵入口は、猫ラムルが用いているところでもあったのだ。ツルカもお世話になったところである。―発覚してしまったのだ。
「こんなとこに穴があったんだな。報告しとくか」
「報告、しちゃうの?」
「まずいのか?」
「ま、ま、まずくはないけど」
ツルカは強くは反対は出来ない。かといって、賛成も出来はしなかった。
「冗談だ。お前らが困るもんな」
「お前ら……?」
「ラムル」
「!」
ツルカの心臓は飛び跳ねそうだった。
「心配すんな、口外しやしねえよ。お前ら、ずっとつるんでんだな。ラムルはいつまでたっても心配性だな」
「あはは……」
どこまでカイは把握しているのだろうか。ツルカは笑うしかなかった。
「ずっと一緒なんだよなあ、お前らは。……なあ、ツルカ」
「うん?」
「―お前、魔女だったんだな」
「……カイ」
ローゼにいるということは当然そうなる。カイといた頃は魔女どうこうということもなかった。カイがいくら信頼が出来る相手だろうと。
「うん。私は魔女だよ」
ツルカは本当の事を言えはしなかった。今日もツルカは騙るのだ。
「……だよな」
カイもそれだけ返した。彼が一声二声猫にかけると、猫は走り去っていった。
「そうだ。ここから近いしな。お前にもう一箇所寄ってほしいところがある。あの飛竜だ。お前に会いたがっていた」
「そうなんだ!私も会いたい」
ツルカも嬉しがった。あの飛竜の元気な様子も見たかったのだ。
「おう、ありがとな。連れてきたんだよ」
「え、連れてきた?確かに近いって言ってたけど」
「おう。裏山にいんぞ。飛び回ってもいるから、運動不足もないしな」
「う、うん……?」
連れてきてよいものか。ツルカが戸惑っていると、カイが笑った。
「―俺に献上されたからな。名もなき魔女からな?」
「……!」
カイは妖しさもたたえた笑みをみせてきた。ツルカはどう返したものか、そう考えあぐねいていた。
「えー、その魔女さん、王族皆さんにってことじゃないかな?」
普通に接することにした。ツルカの顔は思いっきり見られているが、カイが指摘してこない限りは、自分も準ずることにしたのだ。
「まじかよ。俺がもらったかと思っていた」
「いや、カイでも合ってると思うよ」
「だろ?まあ、神聖な存在だしなあ。ちゃんと敬意は払うぞ。モノ扱いはしてないからな」
「そこはわかってるよ。カイだし」
「……おう」
カイがそうしてくれるなら、ツルカもそうする。
「楽しみだな。飛竜ちゃん!えっと、名前どう呼べばいいのかな」
「おう、ちゃんと名前あるぞ。教えてくれたからな。あいつの名はな―」