魔女会議ニコラス編、決着。
「……」
ツルカを信じたから保留ということはない。決め手がないから保留だった。マルグリット達もそう言っていたことだ。だとしても、ツルカにはこれ以上は望めない結果だ。
保留でもあっても、ツルカの命綱には変わりない。模範生誰しもが、ツルカ・ラーデンを魔女とは認めてないのだとしても―。
ガタン、と音がした。倒れたのは椅子だった。勢い任せで立ち上がったのは。
「ツ、ツ、ツルカ・ラーデンは!……魔女です!」
会議室に声が響き渡る。席を立ち、前を向いて言い放ったのは。
「僕はそう思います!」
―ニコラスだった。
「……」
ツルカは言葉にはできなかった。この感情を、この思いを。どう表せられるのか。
「……」
他の模範生達も絶句していた。今、雄弁に語っているのはニコラスだけだ。
「父がどうとか、彼女を庇っているとか関係ない。偏見の目で見たりもしない。……僕が!彼女と向き合って。彼女の在り方を見てきたんだ!そんな彼女が魔女だと主張するのなら、僕は信じたい!」
模範生達に向けて。自分やツルカにかかる疑惑を振り払うかのように。
「僕は彼女を肯定する」
ニコラスは主張した。静まり返った会議室で、ニコラスの主張は響いた。
「マルグリットさん。四対三だよね?」
ニコラスは模範生のトップに話を振った。珍しく呆けていたマルグリットは反応が遅れるも、応じた。
「……はい。過半数は超えておりますね。ツルカ・ラーデンさん。―此度の魔女会議はこれにて、終了となります。お付き合いくださり、ありがとうございました」
「……はい、ありがとうございました!」
ツルカは実感がわかないが、今回も乗り切ることはできたということか。
「では、解散です。皆さんもお疲れ様でした」
マルグリットが手を叩くと、模範生達は続々と席を立ち始めた。
「偏見かー。あー、ニコに言われちゃったなー。でもアンタに疑惑はあるのは、まんまだから」
「そうもなるよね?君が怪しすぎるのは変わりないからね」
反対派は反対派のまま、退室していった。
「……結局、身内からは逃げらんねえのによォ。あいつの親父だって、このままにはしねぇだろが」
彼は横やりを入れてきた模範生だ。彼にしては思い詰めた表情だった。
「……お、問題児か。オメーも忘れんなよォ。ずっと疑われたままなんだからよォ」
「はい、承知してます」
「はっ!大した度胸だなァ、オイ!」
彼は大笑いしながら部屋を出ていった。
「あたくしも失礼させていただくわ」
ツルカの横を通り過ぎたのは、カタリーナだった。彼女の表情もまた、気になるものだった。
「ごめんなさいね。あたくし、お話する気分ではないの」
「は、はい。お疲れ様でした……」
「ええ。それでは」
カタリーナもまた去っていった。
「……はあ」
次々と模範生達が退室していく。部屋に残る数は限られてきた。溜息をついたハルトは着席したままだ。頬杖をついて、思いに耽っているようだ。
「魔女です、だってさ」
ハルトは、ツルカとニコラスを交互に見ていた。そして、また溜息。その繰り返しだった。
「……何も知らないくせに」
「!」
ツルカはギョッとした。確かに事情を知っているのはハルトの方だ。表面上、ニコラスは知らないで肯定派に回った。そう認識されていた。
ニコラスがリハーサルの日、決め手になる現場に立ち会っていた。だが、そのやりとりはこの当事者二人しかわからない。そのニコラスが決して詳細は話さなかった。
ニコラスが結局、あの出来事は詳しくは知らないで通した。彼女の行い、振る舞いを見てきたから、信じた。そのニコラスの主張に煙に巻かれたようなものだった。
「……ハルト君。僕は確かにそうだね。もしかしたら、リハーサルのあの時、彼女に問い詰めていれば、違ったかもしれない」
「!?」
今度はニコラスにもギョッとした。あの時、ニコラスは問い詰めていたではないか。ニコラスは堂々と嘘をついていた。
「……は?」
「!」
先輩相手にもハルトは威圧してきた。
「ひっ!」
ビビるのはいつものニコラスだ。リア充こわいリア充こわいと連呼している。
「ああ、こわいこわい……。ツルカちゃんの周りは怖い男子ばかりだ。……ともかく、僕は言ったよね。彼女のことを見てきたからって。彼女を信じたいって」
「……」
「誰だって、否定なんてされたくないよ。僕だってそうだ。ちゃんと肯定したい」
ハルトを怖がりつつも、ニコラスは言葉を向けていた。
「ちっ」
ハルトが舌打ちすると、また竦み上がっていはいたが。
「……おもしろくない。くっそ、つまんな」
ハルトも立ち上がった。不機嫌な表情はそのままだが、挨拶だけはちゃんとする。
「……あー、居座ってすみません。オレも帰ります。お疲れ様でした」
最低限の挨拶をして、ハルトも会議室をあとにしようとした。
「お前もお疲れ。……オレも、色々と考えるわ」
ツルカを横目でだけ見て、ハルトも去っていった。
「―お話は以上でよろしいでしょうか。ニコラスさん、あなたにご確認したい事があります」
「え、なんだろ」
「まずは。……私情は入れられていませんか?」
マルグリットは端的に聞いてきた。ニコラスは面を食らうも答える。
「いつも、ストレートなんだよなぁ。仲良くしてくれてるし、そうしたくもなるけど。―魔女会議だよ。僕だって真剣に考えた上での答えだ」
「……失礼しました」
ニコラスのまっすぐな答えに、マルグリットも今は納得するしかなかった。
「ニコラス先輩……」
ツルカはツルカでハラハラしてばかりだった。一刻も早く、ニコラスと話がしたかった。それなのに、中々二人になることはない。あまつさえ、マルグリットはまだ話があるようだった。
「もう一つです。ニコラスさん、学業復帰ということでお間違いないですね」
「……あ、うん。僕は明日から、ちゃんと通うから。色々ご迷惑をかけました」
「いえ、あなたが立ち直ってくださったのなら。我々も感無量です」
「マルグリットさん……」
マルグリットは迎え入れてくれた。ニコラスも感動するが。
「―では、復学に向けて。空白の期間もあります。その間にも新たに取り入れた様式。新たな魔道具の扱い」
「うっ」
「たまりにたまった課題。あなたが不得手な治療魔法学の試験も控えています。他にも模範生としての業務も増えております」
「ううっ」
「本日中に詰め込めるよう、お互い頑張りましょう。いえ、あなたの頑張り次第でありますね。寮の広間で行いますからね。私が納得いくまでは、自室に戻れるとは思われませんよう」
「うううっ!」
ブランクというブランクがニコラスに振りかかった。彼は頭を抱えたまま、呻き続けていた。
「ああ、ツルカ・ラーデンさん。気を遣われていたならばすみません。退室していただいて結構ですよ」
「はい。お疲れ様でした!」
急に話を振られたが、この分だとニコラスと話せそうもない。ツルカは大人しく自室に戻ることにした。あの心配性の猫も待ってくれている。
「ええ、本当にお疲れ様でした」
「マルグリット先輩……」
マルグリットが向けてくれたのは、労いの表情だ。ニコラスへの奮闘を見守り、助力もしてくれたマルグリットだ。
「……うん、ありがとうね。ツルカちゃん」
ニコラスも笑顔を見せた。その後、マルグリットに連行されてしまったが。
「へへ……」
こうして無事、会議を乗り切ることは出来たのだ。ツルカはお辞儀をして、退室した。
本校舎を出ると、太陽が頂点に上っていた。お昼時とあって、生徒達は昼食をとっているだろう。
日差しの眩しさに、ツルカは目を薄めた。季節はもう、初夏を過ぎようとしていた。
「……来たか」
ツルカの前に着地したのは、おなじみの猫だ。
「その顔は、乗り切ったんだな」
「うん!」
ツルカはとびきりの笑顔を見せた。ラムルも頷いた。
「……はあ、呑気に笑いやがって。っと!」
「わあっ」
ラムルからツルカの腕に飛び込んできた。猫はすっぽりと収まる。
「といってもね、今回は、こう。あまり私がどうこうとかじゃなくて」
今回はどちらかというと、模範生達のドタバタ。そして、ニコラスの一声があった。それに尽きた。
「いや、元はお前がどうこうだろ……」
「うん、それもそうだね……」
「話は聞きたい、聞きたいんだけどな……」
ラムルは腕の中でうとうとしていた。やたらと眠そうだった。それもそのはず。
「ほとんど寝てないんだよ……」
「うん」
「つうことで、夜になったら起こせ。さすがに帰る……」
「うん、おやすみ」
どこまでも心配性な猫はそうだった。ツルカが背中を撫でると、猫は寝息を立てて熟睡していた。ツルカも共に昼寝をすることにした。色々と疲れていた。
「うん、帰ろうか」
日差しが強い、そう感じられる。ツルカは生きている。