小さな嘘から。
「―失礼。現時刻をもって、封鎖させていただく」
割って入ってきたのはトラオムの兵だった。商船から船乗り達が続々と降りていく。そのまま港が封鎖されていっている。ツルカが動揺を隠せないなか、ラムルは努めて冷静に、民間人に尋ねた。
「……船、乗れないんですか」
「ああ、悪いね。大変だねぇ、故郷に逃げ帰りたかっただろうにねぇ。居づらいだろうにねぇ。低俗な国には我が国は敷居が高かったようだ」
下卑た笑みを浮かべる男は、完全に下に見ていた。ツルカは内心頭にきた。背中にいる彼女からはラムルの表情はうかがえないも、ラムルも怒っているだろう、と思っていた。
「……」
ラムルは依然黙り続けたままだ。慣れない敬語もそうだが、馬鹿にされても耐えていた。相手が何もしてこない限りは、彼も魔法を使わない。彼なりの矜持なのかもしれない。
本来ならば言われることがないことだ。彼がこうも我慢しているのは、うぬぼれでもなく自分と無事にフルムに戻るため。
「ごめんね……」
「……いや」
ツルカはそのことが申し訳なく思えてならなかった。彼ならそう、いつでも一人で気を遣うこともなく帰れるのだ。
「ほらほら、早く在るべき場所にでも帰りなさい。ただでさえ、フルムの亜人共が脱走して大変なんだ。醜悪なのは見た目だけじゃ―」
さすがに今のは頭にきたのだろうか、ラムルが握っていた拳の力が強まる。いけない、とツルカがそっとつかんだ。そして言いかけたラムルを遮る。
「おじっ、……お兄さん!わたしたち、観光でやってきました!世界を回っているんです。ごうゆうってやつです!」
「今、おじって」
「空耳です。この子、すごい職人なんですよ。ほら」
たじろぐラムルの首元の装飾品を見せつける。すごいでしょ、と鼻を鳴らす。
「ト、トラオムはとてもいい所ですね!わたし、気に入りました!」
「お前、無理しやがって……」
ツルカの声が震えている。おまけにわざとらしい。
「えへへ……」
ツルカのこれは本心ではない。いわば嘘だ。母親には本当に大事な時にしか嘘をつくなと教わっていた。だからつきなれてないのだろう。
ツルカにはこれしかできなかった。それでも少しでもラムルの気持ちを軽くさせることが出来たのなら、彼女は嘘などいくらでもつける。
「フ、フルムとか別に行きたくなかったし?ラッキー?トラオムにもう少しいたかったし?お兄さん、教えてくれてありがとうございました!」
勢いよく頭を下げ、強引にラムルを連れ出そうとする。幸い民間人は呆気にとられている。深追いされることもなさそうか。
そう、あれは嘘だ。ラムルもそうだろうが、なによりツルカ自身がこの場にいたくなかった。
「ま、待ちなさい」
思いもよらず引き留められた。ひきつった笑顔でツルカは振り返る。民間人は何やらぶつぶつといっている。
「この娘……。見た目は平凡だが宝飾職人をお抱えに豪遊している……。異邦人のようだが……。それなりの身分のようだ。いや、人は本当に見た目によらない」
「あの?」
「いやいや失礼しました!どうぞごゆるりとお楽しみくださいな!おすすめを教えましょうか?」
「あ、ありがとうございます?あの、わたしたちもう行きたいので」
態度が急変したようだが、この男とこれ以上つきあう気は二人は全くなかった。
「それはそれは失礼を。……そうですな。この国のことを深くお知りになりたいなら、丁度いいかもしれませんな」
「ちょうどいい……?」
「―じきに広間にて執り行われる罪人の処刑。大罪を犯したものは身をもって知らしめる。戒めの意味も込め、我が国では重要な儀式であるといえましょう」
「しょ、しょけい?」
「ええ」
新聞から不穏な匂いがしたわけであった。この港町にて大罪人の処刑が執り行われる。ふと中心にある広間の方をみると、人が続々と集まっていた。
「ひ、人が死ぬのに?悪い人かもしれないけど……」
ツルカには信じられない事だった。考えたこともない事でもあった。人の生死が関わっているというのに、―この男はどうして笑っているのかと。
「はて?」
「……いい、行くぞ」
相手が不審がり始めた、今度はラムルがツルカの手を引く。民間人も民間人で、関わることもないかと去っていった。