鍵を握るのはニコラス。
「さて、予め申しておきましょうか」
開始早々、マルグリットが切り出した。ツルカに問う。
「あなたは建国祭にご参加されましたか?」
カタリーナからも問われたものだ。同じ答えを出さないと辻褄が合わなくなる。ツルカはそうしようとしていたが。
「それは―」
「……というのは、どちらでもかまいません。脱走をされたわけでもありませんし、一国民として参加もしたかった。そちらを咎める気もありません」
「はい……」
肩透かしの質問かと思ったが、それで終わりではなかった。
「『名もなき魔女』。噂にもなっている存在です。あなたはご存知でしょうか?背格好もあなたに似ていると、噂になっています」
「!」
もう噂は広まっていた。小柄な女子に、話し声まで聞かれていたとしたら。特定されてもおかしくない。ただ、まだ噂程度ではある。
「フルムの竜を従え、カイウス殿下に献上したといいます。その堂々とした姿に、イーリス様の再来とすらも」
「イーリス様の……」
「ええ、誇り高き魔女ですね」
ここで自分が名乗り出れば、有利になるだろうか。ツルカにその考えがよぎるも。
「……私も、噂だけです。私、途中で帰りましたから」
カタリーナにそう伝えていたのもあるが、元々名乗りでる気もなかった。ここで名乗りでられるようなら、違っていたのかもしれない。正当なものでもあった。でも。
そう出来ていたら、こうはなってはいなかった。それこそ、魔女を騙ることさえ。
「承知しました。一昨日と変わった点はそれくらいでしょうか。―それでは、ニコラスさん」
「!」
「以前はいわば、中断したようなものでした。ニコラスさん、あなたの発言にかかっています。あのリハーサルの日。彼女の疑惑が深まった日。あなたは立ち会っていましたね?どうぞ、お聞かせください」
「ぼ、ぼ、僕は……」
「俯いたままでも結構ですよ。あなた次第です、ニコラスさん」
「あああ……」
ニコラスの肩が震える。怯えきっている彼にも、マルグリットは容赦はしなかった。
「……」
ツルカの決定打はニコラスが握っている。彼がありのまま話せば、一気に不利になる。
「僕は……」
「ニコラスさん。我々も待てるだけ待ちはします。……ただ、あなたへの不信が高まるだけ。そちらを踏まえたうえで、よくお考えください」
「僕への……?」
「ええ。―そちらの方をかばっておいでかと」
マルグリットの発言に、他の模範生達もどよめく。彼女は続ける。
「父君のことはさておいて。一昨日もご参加されなかった。その時点で、私は不信感を抱いております。その時にあなたが参加しなかったのは。―彼女を否定したくなかったからではないかと」
マルグリットは指摘する。会議に出る勇気がなかったといえばそれまでだ。ただ、それだけではないと。鍵を握っているニコラスが参加すること自体が、ツルカを不利にさせるのではないかと。
「……」
それはやはり、ニコラスにしかわからないことだ。こうして参加したのが、父からの命令か。それとも、彼の意思なのかも。
「……ツルカちゃん」
ニコラスはこっそり顔をあげた。彼はツルカを見つめていた。
「お?なんだァ?仲良しサンかァ?問題児もよォ、連日通いつめてたもんなァ?」
すかさず模範生が突っ込んできた。まずい、ツルカが答えるより前に。
「そ、それでも、僕は……」
また俯いてしまったニコラスだが、ぼそぼそと話し始める。誰もが彼の言葉に集中した。
「……僕はただ、……彼女を助けた。……彼女を手当した。……だけ、です」
「……!」
それが、ニコラスの語る『事実』だった。ツルカが思ってもみなかったことだ。
「……おいおいィ。なんか、そこにあったんじゃねェのか?ほら、アクセサリーとかよォ?ああ?」
他の模範生が圧をかけて揺さぶってくる。それでもニコラスは。
「……アクセ?ああ。一応、それらしきもの見つけて置いてはみたけど。……違うって、言われたからそれきり。……僕は、知らない」
「テメェ……」
「だって、倒壊しまくっていて、ひどい有様だった。原型も留めていないし……」
「……じゃあよォ。こいつが胸元にしまいこんだ。何かだ、何かをよォ!そこまで目撃されてんだぜェ?」
「……さあ、としか。落とした金貨とか、食べ物とかじゃないの?……僕は知らない。……どれだけ聞かれようとも、知らないものは知らないとしか」
「ニコラス、オメー……」
ニコラスは依然俯いたままだ。そのままで、彼は主張し続けていた。自分は確かに側にいたが、詳しい話はわからないと。
それが、ニコラスの出した答えだった。
「ニコラス先輩……」
ツルカは手を握りしめた。ニコラスはツルカの罪をわかった上で、詳細を語らないでいてくれていた。このような場でなければ、涙を流していた。それほどの思いが溢れていた。
十分だった。ツルカにはもう十分だった。
「あの人、正気かよ……」
そう呟くハルトもそうだが、ニコラスも知っている。それなのに、彼女を糾弾することはなかった。
まだニコラスが絡まれていたが、仲裁に入ったのはマルグリットだった。
「その辺で結構です。ニコラスさんからは、以上ですね」
「……はい」
「承知しました。あとは、……よろしいようで」
マルグリットは模範生達を見渡すも、誰からの意見はなかった。
「……」
それはそれで、ツルカは内心焦っていた。元々の否定派三人は仕方ないとして。新たな不安要素が保留派の二人だ。
「知らない、ねぇ……」
ニコラスをじっと見ている模範生。ハルトがまず、そうだ。同郷のよしみ、魔女会議の残酷さに辟易している。ハルトはそうした考えだろうとも、保留派でいてくれていた。それを、昨夜の会話で心証を下げてしまっていた。
「……私は」
ツルカは甘かった。それもまた事実だろう。肝心なところで必死ではなかったのかもしれない。遠慮が出てしまっていた。彼の提案を有難く受け止めていたら、彼に縋りついていたら。この不安は生まれていなかった。
そして、カタリーナだった。会議室に向かう途中で、カタリーナの態度に異変があった。はっきりと気にくわない点を言ってくれたなら、まだ弁解の余地もあったかもしれない。
「……ええ、そうね。ニコラスの話がああではね。あたくしも質問はないわ」
カタリーナからはそれだけだった。ここからツルカから話を振るのも不自然だった。
「お気持ちはわからないでもありませんが。―それと、ニコラスさん。庇っているととられたままです。重々ご承知ください」
「僕は知らないものは知らない。そう言っているだけだから……」
「かしこまりました。そうおっしゃるのでしたら」
前からの不完全燃焼は続いたままだ。ニコラスの話は何も決定打にならなかった。
「いずれにせよ、今回で過半数は超えますからね。皆さん、お願いします」
マルグリットは進行を続けていた。ついには、判決の時がきた。
「ニコの話が参考にならないってんなら。アタシは変わらない」
「つか、ニコ君を誘惑したとか思うよねー。オレもね、君を疑ったままだよ」
「おう、問題児ィ。オメー、ニコラスをハニトラかァ?やるじゃねェか、ああん?」
否定派の三人は意見は変えないまま。それどころか、ニコラスにも矛先が向いていた。
「……」
ニコラスは俯いたまま、その視線から逃げていた。目に余ると、マルグリットが彼らを窘めた。彼女はこの際だと自分の意見も述べるようだ。
「皆さん、その辺になさってください。では、私からも。ニコラスさんのお話が意味を成さないというのなら。―私は、保留ということでお願いします。肯定、否定。どちらも決定打に欠ける。……ええ、そうした理由からです」
しばし間があったものの、マルグリットは保留という答えを出した。ここまでは予測できた流れだ。マルグリットが保留派のままが有難いくらいだった。