カタリーナの異変。
「はい、どうぞ。お待たせしました」
魔女会議のお迎えだ。模範生の誰かが、模範生の一人だとは予想できた。ツルカは部屋の扉を開いた。
「―ごきげんよう。あたくしが迎えにきたの。こちらから申し出てね」
「カ、カ、カタリーナ様?」
ツルカはいやに緊張が高まってしまった。大分慣れたつもりだが、カタリーナも当然王族。王位にもっとも近しい存在でもあった。肝心の魔女会議前に、心臓に良くない相手だった。
「どうかなさったの?」
「いえ、特には!です!」
「そう。参りましょうか」
大事ないと思い、カタリーナは先導する。すれ違う一般生寮から注目を浴び続けていた。晒されたまま、本校舎の会議室へと向かうこととなった。
「あなた、カイウス。……カイウス殿下のこと、どうお考えなのかしら?」
「はい!……カイウス王子ですか?」
これまで無言だった。大層気まずかったツルカは、勢いよく返事した。返事はしたはいいが、いきなりの質問でどう答えたらいいやらだった。とりあえず、失礼のない範囲で答える。
「……素晴らしい方だと思います。国を思っていらっしゃる方だと思います」
「そう」
カタリーナの反応はそれだけだ。ツルカはそれだけではない。敬愛できるのはカタリーナもそうなのだと伝えたかった。
「もちろん、カタリーナ様もそうですよね。カタリーナ様の日頃のお姿をみたら、そう思わないわけがありませんから」
「気休めはよして」
「!」
存外冷たい言い方だった。気を悪くさせてしまっただろうか。ツルカが言葉を選んでいると、先行くカタリーナが振り返った。
「……ああ、ごめんなさいね。そう、カイウス殿下は素晴らしいもの。あなたのお考えは何一つ、間違っていないわ」
「カタリーナ様。お気を悪くされたなら―」
「そうではないの。―ねえ、あなた。建国祭にはいらしたの?実際に殿下の姿を目にされていて?やけに実感が込められているものね」
「!」
これは誘導尋問だったのだろうか。それはわからない。ツルカはどこまで本当のことを言っていいか、迷っていた。
「どうかして?」
カタリーナは振り返ったままだ。そこで立ち止まって動かない。これは、回答しなくてはならない。
「……正直にお話します。カイウス様については、噂や新聞を見たくらいです。それと、建国祭ですよね。私は、訪れていました」
「あなた、疑惑があるのはわかっておいでよね?寮で大人しくしていた方が賢明だったでしょ?」
「はい、おっしゃる通りです。でも、そうは出来なかったんです。ニコラス先輩が、どうしても気になって。それさえ確認できましたので、あとは―」
ツルカはこう告げた。―あとは、自室で大人しくしていたと。
「随分と、ニコラスとお近づきになったこと……」
「!?」
カタリーナが眉を寄せていた。嫌悪の眼差しだ。彼女のこうした表情は、魔女会議でも見たことはなかった。嘘がばれたかと思いきや、そうではないようだった。
「……いえ、失礼。あなたが彼に尽力していたこと、それはあたくしにもわかっているわ。わかってはいるけれど」
「……失礼しました」
カタリーナは普通の表情を向けたあと、前を向いた。それから、ツルカの方を見ることはなかった。
カタリーナにとって、この二人。カイウス王子とニコラス。二人の男性は彼女にとって、特別の存在のようだ。下手に触れない方がよさそうだ。
無言が続く。憂鬱な会議前でこれは重い。ツルカは時間が悠久のように思えてならなかった。
「―さあ、着いたわよ。どうぞ」
「お、恐れ多いですが。失礼します」
「では、あたくしは戻らせてもらうわ」
会議室の前に到着した。カタリーナが扉を開けてくれた。せめてとカタリーナに先を譲ると、彼女は席に着いていった。ツルカも続いて定位置に立つ。
魔女会議にて吊るされる者、疑惑のある人物が立つ場所だ。着席している模範生達に晒されながらだ。
「……」
ハルトの目も据わっていた。結果として、彼の心配する思いを踏みにじってしまったのだ。後の祭りだった。
「あ……」
空席だった第7模範生の席が在席だった。座っているのは、ニコラスその人だった。
「……」
ニコラスは誰とも目を合わせず、俯いていた。居心地も悪そうだった。顔色も悪い。
「―カタリーナ、ありがとうございました」
「いいえ。マルグリット、全員揃ったでしょ?」
「……ええ。全員、ですね。よくぞ来てくださいました、ニコラスさん」
マルグリットがニコラスを見ると、彼は余計に俯いてしまった。
「……おーう、パパの命令でなァ?なんでもパパの言う通りなんだなァ、オメーはよォ?」
柄の悪い模範生が口にした発言。周りがギョッとなった。椅子の背もたれに寄りかかりながら、彼はどうなんだァ?と挑発気味だった。
「あなたねぇ!」
苛立って真っ先に席を立ったのは、カタリーナだった。
「!」
ツルカもどうかと思った矢先だった。ニコラスの父親問題はデリケートなものだ。それをいじるのは、度が過ぎているのではないかと。ただ、このカタリーナの怒りの方が先だったものだった。
「お?お姫様ァ?なんかあんのかァ?」
「あ、あ、あなたという人は……!」
模範生同士で一触即発だった。当事者のニコラスは何も言えない。縮こまったままだった。
「―静粛に。お二人共、ご着席ください」
「マルグリット!あの発言はいかがだと思うわ!」
「……着席をと申しました。カタリーナ、よろしいですか?」
「……ええ」
にやにや笑いながら座る彼と、不満そうに座るカタリーナ。その二人を見守った後、マルグリットはまずはニコラスに話しかけた。
「ニコラスさん。お気になさらないでください。あなたが出席してくださった。我々は歓迎します」
「……はい」
ニコラスからの返事はぎり聞き取れるかくらいだった。マルグリットとは目どころか、顔すら見ていない。
結局は、父の命令で来たと確定でいいのだろうか。そうなのだろうと大抵が思っていた。あれだけ父親に言いなりのニコラスだからと。
「まあ、よいでしょう。内輪による揉め事で申し訳ないです。お待たせしました。あくまで我々が集ったのは、あなたにまつわることですから」
マルグリットは本腰を入れた。学院長は今回不在だが、ニコラスは参加している。
「……!」
ツルカの喉が鳴る。震える手を握り直す。
魔女会議が始まる。