傷を負った飛竜は。
大通りを抜けて、商店街までやってきた。人もまばらだった。というより。
「ひいいいい!」
大通りから逃げ延びた人達また、逃げ去っていた。
「お前、無事か!?」
痛手を負った飛竜が倒れていたのだ。ラムルが近寄ろうとすると、彼は噛みつこうとしてきた。ラムルは後ろ飛びで交わす。目はますます赤くなっており、狂暴性も増していた。
「俺だって!お前ならわかるだろ!……いや」
猫の姿など関係なく、ラムルとも認識していなかった。
「あ……」
手負いの獣だった。無抵抗だった自分を、あれだけ痛めつけられた。操られていることもある。竜にとっては、自分の命を脅かすものでしかない。飛竜は翼を広げて、雄たけびをあげた。
「おいっ……!」
飛竜は狂気状態だった。見境なく攻撃してきた。
「きゃあ!」
「ツルカ!」
避けきれなかったツルカは、肩から腕にかけて噛まれてしまっていた。激痛が走る。今にも腕を食いちぎられそうだった。
「痛っ……」
あまりの痛さにツルカは気を失いそうだった。飛竜は食らいついたまま、離しはしない。
「くそっ……」
ツルカに怪我を負わせた。―今にも竜をぶちのめしたい。そうした闇の感情を抑え込み、ラムルは衝撃を与えて、気絶させようとしていた。
「ラムル……」
ラムルならこの飛竜を殺しはしないものの、戦闘不能にはしてくれるだろう。このまま、ツルカが大人しくしていたら。
「あなたは……」
フルムの為に、身を捧げてくれると。人の都合で勝手に連れてこられたのに、この飛竜はフルムのことを思っていた。友好的で、それは操られていた時でもそうだった。傷つけまいと抗っていた。
ツルカは初めて会った時、思った。優しい目をしていたと。
「……怖かったよね」
ツルカは動ける片方の手で、竜を撫でた。竜の体はびくっとなった。
「ツルカ、お前……」
「ラムル。私は大丈夫だから……」
苦痛に顔を歪ませながら、ツルカはそう言ってきた。ラムルにはたまったものじゃなかった。
「……っ!お前の大丈夫は大丈夫じゃねぇんだよ!」
「私が……!大丈夫って、言ってるんだから、大丈夫なんだよ……!」
「!」
満身創痍の相手にそう言われ、ラムルは絶句してしまった。
「もう、誰もあなたを攻撃したり、しないから……。怖くない、から」
ツルカが投与していたのは、治療用の薬だ。力ない腕で振りかけ、それから瓶を落としてしまった。
「……痛いのも、なくなるからね」
竜に弱弱しく触れた。安心させるようにだった。
「……?」
噛まれている感覚がなくなっていた。竜が、ツルカから口を離した。彼の赤い瞳が薄れていき、蒼い瞳へと戻っていった。狂気は消え、穏やかな飛竜へと戻っていたのだ。
「ツルカ!」
ラムルは駆け寄ってきて、ツルカの傷口手をあてた。注がれるのは治癒の力だ。
「……悪い、専門じゃなくて。もっと学んどくんだった」
「へへ、ありがと……」
最低限の止血と痛み止め程度だった。それでも、ツルカは大分楽だった。
「……お前もだ」
ラムルは飛竜まで寄ると、体全体に治療魔法をかけた。これもまた、最小限のもの。
「こいつの薬もあったからな。飛べるまでにはなってる。あとは、あいつらに診てもらえ。得意だからな」
フルムの親善大使達の方が長けていた。そこはラムルも認めていた。ラムルは言う。
「お前を連れてきたのは、俺達の都合だった。連中には俺から言っておく。治療を受けたら、フルムに帰れ」
「……そっか」
それがラムルの決断だった。ツルカも尊重したいと思っていたが。
「……おい」
ラムルは焦れた。飛竜は納得がいかないのか、飛び立とうとはしない。断じて動こうとしない。
「いや、飛べって!ここもやばいんだぞ」
飛竜が落下した地点、目撃者だっていた。兵に報告しにいっていることだろう。