魔物達の襲撃、指揮を執るはカイウス王子。
「……?」
立ち去ろうとしたラムルが、耳をそばだてた。彼はツルカのオペラグラスに触れてきた。
「借りるぞ!」
「え?え?見えるの?」
ツルカは場所を譲りつつも、疑問を口にした。
「わからん、気合で見てみる!」
お前のようにな!と言い。
「上にやってくれ!」
ラムルは指示までも出してきた。ツルカはオペラグラスを上に向ける。
「……おいおい」
ツルカにオペラグラスを返すと、ラムル自身で空を仰いだ。ツルカも確認し、我が目を疑った。
あれほどの快晴の空が曇っていタ。空に裂け目が生じて、そこから這いより出づるは。
―魔物達だった。フルムに生息する、悪しき存在だ。それらは襲撃し始めた。
二日前の悲劇が再び、訪れようとたいた。
『―忠告を受け入れなかったか。我らがフルムの神はお怒りである。見よ』
大通りに響くのは、謎の声だった。その声と共に現れたのは、神々しい存在だった。
『我らが守り神が、今。―鉄槌を下す』
白い翼をもつ、輝かしい飛竜だ。目は紅に染まっており、息も荒々しい。興奮状態だった。
書物でしか見たことなかった存在。猛るその存在に、人々は畏怖した。
「きゃあああああああ!」
魔物の襲来は続く。歓声が上がっていた場は一転、泣き叫び、逃げ惑う人で大混乱に陥っていた。
「―迎撃開始!」
一昨日のこともあった。国も無策なわけではない。即、防衛線が張られた。魔物対策もしており、国の兵や魔法使いが総力かけて駆逐していった。
「あいつらも逃げた方がいいよな」
ラムルが指したのは、王族達だった。この騒動の中で、危機にさらされていたのだ。
軍の兵士が、貴賓席の人達を退避させていた。王族は最優先であり、学院の関係者らも続いていく。一部が残ると主張していたが、今回は退いていただくことにしたようだ。御身を守りきれる保証がないからだった。
順調とはいえなかったのだ。分が悪くなってきたのは、トラオム側だった。
魔物は次々と襲来してくる。加えて、リハーサルの時とは比べ物にならないほどの人の多さ。
敵襲の激しさ。そして、竜の存在。トラオムは押されていた。
「ねえ、あのドラゴンって!」
ツルカにも覚えがあった。温厚で、フルムの為に身を捧げてくれた。ツルカには信じられなかった。このように暴れ狂う姿がおかしいと思っていた。
「ああ。……余計な事しやがったな」
ラムルの声に怒りが滲んでいた。ツルカだってそうだ。あの竜の様子をみたら、なおさらだ。
飛竜は暴れるも、どこか抗っているようだ。人に傷を与えないように。だが、それが尚更飛竜を苦しませていた。もがいて、苦しそうな声を上げていた。
「ツルカ、待ってろ。俺はあいつを助けにいってくる」
「ラムル。私も連れていって。私を盾に使って。そうしたら、あなたは心おきなく魔法を使える」
「お前……」
ラムルは猫の姿で魔法を使う気だった。それでも、この魔女とのたまう少女が使ったことになるなら、それはそれで越したことはない。
「名もなき魔女の仕業ってことで!」
ツルカはフードをかぶった。身バレもしないようにだ。
「盾じゃないが、お前の力は借りる。……お前のことは何が何でも守る。ついてきてくれ」
「わかった、行こう」
ラムルにとっては苦渋の判断でもあった。ただ、故郷の同胞でもある飛竜を救いたい思いもあった。ツルカの助けを借りることにしたようだ。
「……!?」
「ふざけんなよ……」
大通りへの襲撃は続いている。国の兵達は狙いを飛竜に定めたようだ。戦いの意思がない、彼のことを。まずい、と二人は目を合わせ、駆けだしていく。
竜皮は硬く、通用していないようだった。そうして兵達は苦戦しているところだった。
「―これより、私が指揮を執る」
ツルカも、ラムルも。二人はハッと息を呑む。
この騒ぎにおいて、よく通る声だ。力強く、誰しもを安心させる声。
臣下に止められながらも、やってきたのは王族。―カイウス王子だった。
声が広まるのも、彼の魔力によるもの。そして、彼の魔力は。
「たとえ守護神相手だろうと。―私は、民を守りたい」
白い光となって、弓矢の形となった。王子は迷うことなく。―竜を射抜いた。貫かれたのは、飛竜の中央部だ。
飛竜は叫び、悶え苦しむ。悶絶しながら飛び回り。やがて、落下していった。
一瞬、静まり返るも。―民は熱狂した。皆が皆、王子を讃える。
「―急ぎ、あちらに向かうように。被害が甚大だ」
「はっ!」
カイウスは飛竜の次に、と魔物達を撃ち落としていった。その間も兵士達に命じていく。
「……あの野郎。くそっ、行くぞ!」
「うん!」
カイウスが国を思っての行動なのはわかる。だがラムルにとっては、同胞を倒されたようなものだ。怒りのラムルと共に、ツルカも飛竜の救出へと向かっていった。