敬語を使う神の子。
森を抜けた二人は市街地へとやってきた。
栄えた港町でありながらも、敵国フルムと闇取引をしている商会があるという。その商船に紛れ込んでフルムに向かうという算段だった。
こうしてトラオムの街に訪れたのは初めてであった。石が敷き詰められ舗装された道、そしてレンガ造りの色とりどりな街並み。漁や畑でとれた作物がずらりと並ぶ市場。
行き交う人々はやはり、リアナ達のような白人種がほとんどであった。ちらほらとフルム出身らしき人々は見かけはするも、少数派だった。
ツルカとラムルも目立たないよう、トラオムの服を着用する。顔を隠すようフードを深くかぶった。
トラオムの人達はフルムの人間を憎悪している。にこやかに商品を売っている商人も。カフェのテラスにて会話に花を咲かせる婦人達もそうだ。ツルカはより縮こまった。
「いくら腹減ってるからって、ドカ食いすんなよ」
「食べ……」
いつものやりとりだった。いたずらっぽく笑うラムルに、ツルカは軽く笑った。これから長い船旅も控えている。ツルカは少し肩の力を抜くことにした。
「もたないからつまみはするけど。まあ、まずは換金だな」
辺りを見回したラムルは、ツルカを手招きする。薄暗い裏路地に入り込んでいき、着いたのは古物商の店だった。胡散臭い男が二人を品定めしている。
「どうも」
「こんにちは……」
形だけの挨拶をしたあと、店主である男は新聞を読み始めた。トラオムの文字も多少習ったものの、ツルカには断片的にしか読み取れなかったが。
「……」
言葉の意味はわからない。それでもツルカは悪寒が走る。見出しで大々的に取り上げられていたこと。それが今日、この港街で行われるという。
「それ、今日ここでやるんですか?」
このような状況でなければツルカは素直に驚いていただろう。あのラムルが敬語を使っていたのだ。彼なりに目立たないようにする考えた故か。
「なんだい坊主。売らんのか?冷やかしだったら帰ってくれよ」
「いや……。これをお願いします」
ラムルが差し出したのは、宝飾品数点であった。ラムルは時折、手作業をこなしていた。その時に作っていたものだった。
これは、と店主は目を見張る。手元で手繰り寄せたモノクルで、それらをじっくりと観察した。どこぞの本職が作り上げるものと遜色がない出来栄えであった。
「宝石は本物だ。盗品でもない」
「フルムの鉱山のものか。それくらいはわかるさ。いいさ、買い取ってやる。ラーデン商会にも売りつけとくか。なんでも~かいとる~ラーデンしょうかーいっとぉ」
まいど、と金貨銀貨が入った麻袋を手渡す。ラムルが頭を軽く下げたので、ツルカもそれに続く。さっさと店を出るラムルの後を追った。
急ぐぞ、とつぶやいたラムルはツルカの腕をとると足早に歩いていく。
「あのね、この街で何か行われるって書いてあったよね。なんかよくないことが」
「いいから急ぐぞ」
「う、うん」
一刻も早くこの港町を出ることにしたようだ。
ラムルは早歩きながらも、ツルカに話を振る。少し金を積んだら真っ当な場所にありつける。さっきのラーデン商会というのはフルムはもちろん、色々な国と取引している。そこの主人とも知り合いだ。と彼にしては珍しく饒舌であった。
どうしてもある話に彼女の意識がいかないようにしたいようだった。だが。
―いやぁね。この街出身だったなんてね。とんだ恥さらしだわ。
―せっかく名家に嫁いで……まあ子供がいないのが幸いかしら。
―よくもまあ今までのうのうとしてきたものだ!面の皮が厚いこった!
「……」
どうしても街の人々の雑言に意識がいってしまう。
「耳貸すな。気分がいい話じゃない。……でもな」
「?」
「お前も知っておいた方がいいかもな。向こうに着いたらちゃんと説明する」
それはトラオムにおいては知っていて当然のことである。何ならば生まれた時から言い聞かされることもでもある。
「もっと早くに言っときゃ良かった……」
ラムルは内心舌打ちした。思えばいくらでも機会はあったはずだ。ツルカにきちんと話しておくべきだったことがあった。
だが、今は話がし難い状況であった。誰かが耳にしたら少なくとも注目はされるだろう。ちらほらとトラオムの兵士達の姿を見かけ始める。
どうやらラムルを追ってきたわけではなく、もともと派遣されてきたようだ。街の中心部に戻るにつれ、兵の数は増していく。さらに二人は急ぐことにした。
二人は港に到着した。港の商船にラムルが話をつけようとした時だった。