彼と心通わす夜。
部屋に戻ると、窓を叩く音がした。ツルカは靴も脱がずに、慌てて窓を開けた。
入ってきたのは、猫のラムルだ。フルムの問題にあたっていたが、やってきてくれた。窓辺に立ったまま、ツルカに話しかけてきた。
「邪魔する。……お前、聞いたぞ」
「……うん」
魔女会議がまた開かれたこと。保留となったとはいえ、ニコラスが決めてともなっていること。
「……ツルカ。なんでだよ。ニコラスにバレたこと、なんで俺に言わなかったんだ」
ラムルは苛立ち混じりにそう言った。ツルカは確かにと思っていた。ラムルに相談しておけば、良かったのかもしれない。
「……ごめん」
「……言ってくれたら良かった。それだけだ。悪い、ツルカ。俺は、なに責めてんだよ」
ラムルは頭をかきむしると、体をツルカに向き直した。
「あとは、建国祭の次の日か。……ニコラスが、どう出るかだな。俺は、あいつがそう薄情だとは思えない」
特にツルカとは友情を育んでいたと、ラムルは思っていた。情が無い男とも思えなかった。
「それはね、私もそう思うんだ」
でもね、とツルカは言う。思い返すのは、ハルトの言葉だ。
「ニコラス先輩がいくら優しくても。他の先輩達も普通に接してくれていたとしても。魔女会議となれば、話は別なんだって。……ううん、仲が良くなった分、ニコラス先輩はどう思っているのか」
ツルカは俯いた。騙ったのは、自分だ。ニコラスを騙し続けていたのは、自分であると。
「なら、私に出来ることは。―次の魔女会議で、証明してみせることなんだ」
「お前は……」
「私のわがまま。私はまだ、魔女で在りたい。まだあがいてみせるから」
ラムルやハルトも手を差し伸べてくれているとしても。ツルカは自分がまだ魔女でいられると、希望をもっていたかったのだ。
「来てくれて、ありがと。ラムルもさ、大変だし。私は大丈夫だから―」
「……お前が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだよ」
前にも似たようなことを言われた。ツルカは思い出す。
「うん。いつも、心配かけてばかりだね」
「全くだ。……いや、俺が勝手にそうなだけだ。お前が不安そうな顔をしているのも」
いつもなら、用が済んだら窓から帰るはずだ。ラムルは、そうしなかった。
「お前が一人で、そうやって抱え込むのも。俺が嫌なんだよ」
ラムルが着地したのは、ツルカの部屋の中だ。彼は帰らない。
「―今夜、帰りたくない。お前を一人にしたくないんだ」
月明りを背に、ラムルは心内を明かした。
「ラムル、私は……」
ツルカはずっと、ラムルを見つめたままだ。
「……ああ、もちろん。猫のままだぞ。それも安心しろ。何を安心するかは、聞くな。とにかく安心しろ」
居たたまれなくなったのか、バツも悪くなったのか。何やら言い出した。
「そうだ、安心しろ。いくらでもモフモフしていいし、肉球も触っていいぞ。俺は今夜、人間の姿にはなったりはしないから―」
ラムルの視界に彼女の姿が映る。魔女だと主張し続けて、大丈夫だと言い続ける少女。そう言いながらも、瞳が揺れる彼女を―。
「……抱きしめてぇな」
ラムルは吐露した。本当ならば、彼女を包み込める人間の姿となって。彼女を抱きしめたかった。
「……いやいや、違うぞ。俺は、ちゃんと猫としてだな―」
「ラムル」
「……!」
ツルカはたまらなくなった。ラムルの猫の頭を撫でた。彼は嫌がることもなく、されるがままだ。
「あのね、どっちでもいいんだ。猫でも、人間でも。ラムルがいてくれたなら、嬉しい。側にあなたがいてくれるなら、どっちでもいいの」
「……ツルカ」
彼だから、触れたい。彼だから。
「私もね、抱きしめたい」
ツルカもまた、本音を伝えた。そう伝えたあとで。これは恥ずかしいと、顔が真っ赤に染まった。
「ツルカ」
ラムルは彼女の名を呼んだ。柔らかな声で呼んだ。彼がとった姿は、人。男としての姿だった。
「うん」
たまらずツルカは抱き着いた。彼の胸元に顔を埋めた。ラムルもまた、彼女を抱きしめる。より近づけるように、より重なるように。強く抱きしめていた。
「……あったかい」
「ああ」
早まる鼓動と、ぬくもりによる心地よさ。ツルカは今、幸せに包まれていた。ラムルもきっと―。
夜の静寂の中、二人は壁際に並んで座っていた。一つの毛布にくるまっている。
話しているのは、他愛のない話だ。日常会話。そして。
「俺、明日は巡回することになっている。お前には大人しくしてもらいたいとこだが」
「どうしてもね、ニコラス先輩が気になって」
「……お前という奴は」
そうはいかないのか。ラムルは恨めしそうにしていた。一方で、納得もしていた。
「ニコラスが参加しているか、だろ。見届けたら、それでいいだろ」
「……うん、そうだね。私、それでふんぎりつける」
ツルカは建国祭に参加することにした。といっても、ニコラスの姿を確認したら帰るくらいだった。父親の言いつけでの復帰であっても、ツルカは見守りたかったのだ。
「お前だって頑張ってきたからな。あいつの為に」
「……。……うん、そうだよ。私も、私だって、ニコラス先輩の為に頑張ってきたのに」
「わかってるよ」
ラムルがツルカの肩を抱いて、寄せてきた。ツルカは体温に安心し、瞼も重くなってきた。眠気がようやく訪れてきた。
「寝てろ。俺はちゃんといるから」
「うん、おやすみ……」
ツルカは眠りに落ちていく。ラムルにもたれて、寝息を立てていた。
「おやすみ、ツルカ」
ツルカを愛しそうに見ると、彼女の髪をそっと撫でた。それに満足すると、ラムルも瞳を閉じた。
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