これは前哨戦に過ぎない。
「じゃ、アタシから」
模範生の一人が手を上げる。彼女が触れてきたことは、箒の授業についてだ。
「ホウキの授業ん時さ、調子悪かったっていうじゃん。その割には、助走つける元気はあったっていうね。なんで?」
ズバリと指摘した。確かに、ツルカは不自然だった。落下時もそうだが、それ以前からもそうだったのだ。
まだ始まったばかりだ。ツルカは慌てない。
「体調は普段通り、魔力だけ不調でした」
普通にそう答えた。相手の模範生はぴくりとするも、彼女はそれ以上追求することはなかった。
「……ま、いいけど。つか、危なかったっていうじゃん。変な落ち方したとか。気をつけなー?」
「はい、ありがとうございます!」
「おっ、いい返事」
彼女は普通に心配してくれてはいたようだ。そう、気のいい先輩なのだ。それでも彼女は否定派だ。魔女会議における、―敵だ。
「なんか和んでるし。じゃ、次はオレから!」
別の模範生も質問があるようだ。彼はビシっと手をあげて、元気よく立ち上がった。
「いやぁ、君の作品は拝見させてもらったよ。『絶望の集合体』を!いやぁ、中々のものだったよ。あれだけの悲壮感を、わずかならがの素材で表現していて。いやあ、ああいう表現方法もあるんだなって!ポテンシャルを感じたよっ!それからそれから―」
「……失礼。そちらは、今回の件に関係がありますでしょうか」
「あ、ごめんごめん。つい熱くなっちゃった」
まだ語ろうとしていたので、マルグリットが割り込んだ。彼のマシンガントークは止んだ。
「……」
このような厳粛なる場で、あれを持ち出されても。とはいえ、彼もまた否定派の一人。
「もちろん、関係あるよー。彫刻刀とか、使ってたよね。君、そんなに魔力カツカツなの?」
「はい。生まれつき少ないものでして」
それは、前回も伝えたものだ。節約をしてやりくりしているとも。それで前は通用したが。
「うん。それは知ってる。―でも、うちさ。腐っても名門だよ。よく、入れたよね。途中からでしょ」
「それは―」
ツルカは学院長をちらりと見る。この男が入学させたのだ。
「やっぱ、本当なのー?……学院長の愛人説ってさ?」
この発言に模範生達はどよめく。このような場で、彼はぶっこんできたのだ。
「……」
どこまで話せばいいだろうか。下手したら、ラムルのことまでバレかねない。いや、魔女騙りの始まりでもあったのだ。自分は果たして、上手く対応できるだろうか。自分だとどうか。ツルカはそう考えた末。
「……最初は、駄目元で試験を受けたんです。それからお世話になったのが学院長です。ですよね、学院長?」
「……ほう」
ツルカは学院長に視線を投げかけた。学院長もまた、興味深そうにしている。
「むしろ私も聞いてみたいです。どうして通ったのでしょうか。学院長?」
使えるものは、使ってやる。ツルカはそう考えた。退屈を疎み、面白がるこの男のことだ。乗ってくるだろうと。
「発言、いいかな?」
マルグリットに許可をとり、学院長も参じた。
「―退屈だったからさ。毎日がとてもつまらなくてね」
「……」
模範生達は呆気にとられるも、ツルカは知ってた。よく存じていたことだ。
「ちょっとしたことで、彼女と出逢ってね?学ぶ意欲はあったのに、学校に通えないという。そうだね、別に彼女の能力や将来性を見込んだからじゃない。現に試験は散々だった。こんな凡庸な子が、この名門でやっていけるか。当時学生だった私がね、推薦してあげたんだ」
「……」
よくもまあ、こうスラスラと出てきたものだ。ツルカは感服してしまった。本当の事はわずかで、大半が嘘で構成されている。
「……彼女のおかげで退屈しないよ。それは、君達もだろう?ほら、魔女会議とか」
学院長は度肝を抜く発言をしてきた。当人はけろっとしている。
「……以上でよろしいでしょうか。学院長?」
学院長相手には強く出られず、顔をひきつらせたままでマルグリットは問う。
「ああ、これだけ。こらこら、愛人発言はいただけないな?」
「えへ、ごめんなさい。すごい広まってたんで。オレの方から訂正いれときまーす」
この模範生は人脈もあるようだ。彼が広げたわけではないにしろ、ツルカとしても是非ともそうしてほしかった。
「彼女は愛人ではない。―もっと、深い仲だよ。ね?」
「……」
ツルカは口をぱくぱくとさせた。深い仲、ではあるのかもしれない。なにせ、彼もツルカの正体を知る一人だ。とはいえ、言い方というものがあった。
「おや、愛人だったのかい?」
「いえいえ、それは絶対に違います」
「おやおや。……だそうだよ。まあ、彼女は私の退屈しのぎに過ぎない。それで頼むよ」
そう、この男の暇つぶし。学院長はツルカに視線を送っていた。その目は笑っていない。
―毎回こうとは期待しないように。今回は楽しませてくれたから、許すけどね。
「はい、わかってます」
学院長はこういう男だ。
学院長のペースになりつつあったのが、一人の生徒が荒々しく立ち上がったことにより、一変した。彼はずかずかとツルカの近くまでやってきた。無遠慮に彼女の左耳に触れてきた。
「例のイヤリングは、つけてねェのか?―おい、マルグリット。頼むぜェ?」
「……本当に荒々しいこと。ツルカ・ラーデンさん、失礼します」
マルグリットはツルカに向けて手をかざす。ツルカは気がつく。魔法の無効化をしているのだ。
まずはツルカの左耳。それから、もう片方の耳も。それだけではなく、順番を踏んで。マルグリットは無効化の魔法をかけていた。
「……」
最後は足元だ。そこにあるのは、魔力が込められたアンクレット。ツルカは表情は変えないまま、心の中で祈り続けていた。
「ふむ、秘匿魔法はなさそうでした。ということで、あなたもご着席ください」
「……はいはい、はいよっとォ!」
マルグリットに言われたことにより、彼は自分の席に戻っていく。音を立てて乱暴に座った。
ここまでが否定派だ。黙りっきりだった保留派も発言し始める。
「……あたくしからは、特には。マルグリットが触れてくれるでしょうから」
「……オレもかな。マルグリット先輩が話してくれますから」
カタリーナもハルトも言葉を濁していた。ツルカの胸はざわつかせながら、否定派も見た。
彼らもまた、マルグリットの発言を待っていた。ツルカは悟る。否定派はあくまで、自分が気になっていたことを尋ねたに過ぎない。
これからマルグリットが触れることこそが、今回の魔女会議の本題であったのだと。それが、何かはツルカにもわかってしまっていた。
「―昨日のことです。こちらは、別の生徒から提供していただいたものです」
「……」
水の球体から映し出されるのは、昨日の出来事。ツルカは倒壊した建物の下にいて、前に立っているのはニコラスだ。映像は遠巻きであり、騒ぎもあって会話の内容までは聞き取れなかった。
映像は繰り返される。不審な点はなかったのか、確認する為に。
子供を助けようと、かなりの速度で建物に入り込んだツルカ。
魔法を使おうと、ピンスティックを振ろうとするも。それは不発。
崩れ落ちる建物からツルカを守ったのは、魔法を放ったニコラス。
ニコラスが何かを手にとっており、ツルカはそれを必死で手にしようと。
映像は、繰り返される。ツルカにむざむざと、魔女ではない事実を突きつけるかのように。
「やっぱ、オメーよォ。なんか隠しもってやがんなァ?」
ほら見ろ、と模範生の一人が言う。
「魔力少ないのはわかったけどさー、じゃあ、もっと考えない?自分の魔力だよ?もっと、こう。好き勝手にできるもんじゃないの?なんだかさー、なんだかなーって感じ!」
また別の模範生が疑惑の眼差しを向けたままで。
「だね。アンタさ、いつも突然だよね。フッて、突然魔力切れを起こす。やっぱ、怪しいよ」
模範生の彼女も乗じてそう告げてきた。
否定派は否定派のままだ。それは現状維持でもあって。
「……けれども、彼女、途中までは魔法を使っていたわ。加速の魔法でしょ。それは確かよ。あたくしは、助けにいった勇気は尊重したい。でも、あなたを肯定はできない」
保留派だ。カタリーナは保留のままでいてくれた。
「……」
ハルトは黙ったままだ。自分に視線が集まっていたので、ハルトは口を開くことにした。
「オレもまあ、断定はできないですし。保留でいいです」
実に軽く、実にさらっとだった。他の模範生達は気ぶる。この場で飄々としているのは、学院長だけで十分だと。
「やだなー。ねえ、忘れてないでしょ?オレ、こいつを否定したことだってあるんですよ。そこはちゃんとやるんで」
「……」
ハルトはこうは言っているが、ツルカは振り返る。そうしてくれたのは、ハルトは責任を感じた上で、自分が動きやすいようにと。あえて、否定派でいたのだ。
「!」
ハルトと目が合った。その瞳からは、彼の感情は読み取れない。彼が何を考え、思い、動いているのか。かつては幼馴染、今は保留派ではいてくれる。だが。
いつ、否定派になるのか。ツルカと敵対するかはわからない。
重い。ただ、重かった。たとえ、ハルトと敵対したとしても、自分は魔女を騙り続けなくてはならないのだと。
「……では、私ですね。私も、現段階では結論は下せません。少なくとも、ニコラスさんに話を伺うまでは」
マルグリットの発言により、場は静まった。そう、一番の目撃者であり、決定打でもある。ニコラスがいないことには進展がないと。
「そして、過半数は超えることもなく。半々ですね」
否定派と保留派で真っ二つとなった。