二人も繋ぐもの。
「まだ、大丈夫。大丈夫だ」
ツルカは自室の隅で、膝を抱えて座り込んでいた。割れたアンクレットを手にしたまま、自分に暗示をかけていた。
学院に帰ってきてから。魔物の襲撃や、建国祭の開催の是非は話題になっていた。ツルカのことは話題にはなっていない。少なくとも、ツルカが耳にした限りでは。
「……」
本当に自分の噂はないのか。ツルカはさらにうずくまった。
「……大丈夫。また、魔女会議が始まったって。また、乗り越えればいい」
気分を変えようと、ツルカは窓の近くまでやってきて窓を開く。夕暮れ時だ。太陽が沈んでいき、夜が訪れてくる。
「……フルムの人達」
ツルカ自身も大変だが、あれだけ国交の回復を望んでいた彼らのことを思うと。あれだけ―。
「ん?」
ツルカの眼前に影が迫る。猫型の影だ。
「わあっ!」
茶色の猫に顔を激突され、ツルカは尻餅をついてしまった。猫は猫で華麗に着地する。
「悪い!」
即座に人に戻り、ラムルはツルカの腕を引っ張り上げた。
「……」
「お前……」
ツルカはぼうっとした目で、ラムルを見ていた。いつもなら、怒りながらも笑う彼女がだった。
「悪かった、仕事なんか優先して。お前大丈夫か?」
「……なんか、とか。こらこら」
「……」
これだって、もっと怒りながら言ってくるようなことなのに。
「ラムルこそ大変じゃ……」
ラムルの恰好は、仕事用の恰好だった。リハーサルの惨事を噂で聞いて、ツルカに何かあったのかもしれないと。その思いから急いできたのだろう。
こうして急いできたこともある。フルムのことも気がかりのはずだ。
「お前、それ」
ラムルは気がつく。ツルカがもっているのは、割れてしまったアンクレットだ。
「ごめん、ラムル。壊しちゃって。……どうしよう」
ツルカは震える手で、ラムルに壊れたアンクレットを見せてきた。
「……」
ラムルはそんなツルカを見ていた。これだけ不安そうで、絶望している彼女を。限界寸前である彼女のことを―。
「……ラムル?」
ラムルは無言のままだ。それがツルカの不安をさらに駆り立ててくる。このようなことで呆れる彼ではないが、いい加減愛想が尽きてきているかもしれない。
「……宝石は無事か。ほら、ツルカ。そんな顔すんな。すぐに直す」
ラムルはアンクレットを手にとった。確認を終えると、それをちらつかせてきた。ツルカが反応するより前に、ラムルは商売道具を取り出して直し始めていた。
「時間、そんなかかんねぇけど。お前も座っとけ」
「……大丈夫」
「そうか。俺は座るけどな。気になるなら、見ててもいいぞ」
「うん……」
ラムルは床に座りこんで、集中し始めた。ツルカは立ったまま、その作業を眺めていた。手慣れた手つきだ。
静かな時間だ。ツルカも少し、落ち着いてきた。
「―よし。もう大丈夫だ。ほら、つけてみろ」
ラムルはそれを掲げた。見事にくっついていた。使用自体も問題ないとのことだった。
「ありがとう、ラムル。……本当に、ありがとう」
ツルカの元に戻ってきたのは、復元されたアンクレットだ。ツルカは床に座って、装着する。
魔力が。魔力が戻ってくるのを実感した。
ツルカは、もう駄目だと思った。それをなんてことなく直してくれたのが、ラムルだった。
「ラムル……」
もう一度、彼の名を呼んだ。心の支えはアンクレットでもある。でも、何よりなのは。ツルカにとっての、何よりの存在は。―目の前にいる彼だった。
「……そりゃ、不安だよな。お前は、枯渇のこと心配してばかりで。でも、そうなんだよな」
「うん……」
「いつだって、限界寸前だ。―俺があの時言ったこと。覚えてるよな」
両頬を手で包まれ、否応にもラムルと目を合わせることになっていた。暗い瞳をした彼と。
『もういいだろ。お前が頑張ってきたのは俺がわかっているから。―な、ツルカ。フルムで暮らそう。ずっと一緒にいられるように』
ツルカは忘れるわけがなかった。魔女会議で敗北した時、幽閉されたツルカにラムルが告げたこと。その時の彼の、闇に染まった顔を。ツルカは忘れはしない。
「……俺は、今だってそう思ってるよ。お前が辛そうにしてるのは、耐えられないんだ。その為なら、俺は何だって」
「ラムル」
ツルカは首を振った。たとえ自分を思ってのことだろうと。ツルカはもう、彼が今思い描いていることをさせたくはなかった。辛そうにしているのが嫌、それはツルカの思いでもあった。
「……落ち込んでいられない。しっかりしないと、私」
ツルカは自分を鼓舞すると、ラムルが添えてくれた手に自分の手も重ねた。
「ラムル、あのね。私、まだ頑張るから。ほら、アンクレットも直してくれたことだし」
「……ツルカ。そういうこと言える顔、してねえんだよ」
「……うん」
無理して作った笑顔だと、ラムルにはわかりきっているのだろう。揺れる思いは残ったままだ。だとしても。
「うん、ごめん。不安なままだけどね。―でも、ラムルがいてくれるから」
「お前……」
「アンクレットや、イヤリング。もちろん、支えてくれるよ。でもね、ラムルなんだ。ほら、前に私が壊そうしたこと。忘れたなんていわせない」
「!」
これらの魔道具はあくまで、ラムルと一緒にいられる為。ラムルがいないのなら、ツルカにとっては意味がないこと。
「……忘れてねぇよ。なあ、ツルカ」
二人の視線が重なる。ラムルは思いを伝えた。
「お前が生きてればいいんだよ。生きてりゃ、なんとでもなる」
「うん、うん……。ラムルもだよ」
「ああ、俺もだ。何があったとしても、俺はいる。そのことも、忘れんなよ」
「……うん、ありがとう。ラムル」
あの晩は、ラムルは深夜前まで残り続けていた。このまま朝まで残りかねなかったが、ラムルはラムルで放置していられない事情もあった。
フルムのことだ。彼らはもちろん潔白だ。誰かが、裏で糸を引いている。それを探る必要がある。
ラムルの存在は、フルムにとっても支えとなっている。ツルカはそんな彼を送り出した。
翌朝。ツルカは目覚ましが鳴る前のよりも早く、目が覚ました。
本日も休日だ。本来ならば、建国祭を迎えていた日だった。
「ニコラス先輩……」
ニコラスのことを考え、ツルカは憂う。あれだけ親しみのもてた先輩だった。
それが今や、―脅威でもあった。彼は、ツルカが魔女を騙っていると。そう確信を得ている。
「……ニコラス先輩と話していいのかな」
また、疑惑が深まってしまうのではないか。逆効果な気さえする。今となっては、とりあえってくれもしなさそうだ。
「部屋、出よう」
このまま、部屋でじっとしていられない。周りからの反応はどうか、建国祭自体もどうなったのか。
食事は腹持ち対策の草で済ませ、手早く身支度をする。制服にも着替えた。情報を得る為に、ツルカは部屋を出ていった。