知られてしまった。
静けさに包まれていた。騒がしさが、ここにはない。別世界のようだった。
「……?」
誰かが、自分を呼んでいる。ツルカはうっすらと瞳を開けた。日差しが眩しい。
「―ツルカちゃん」
「……ニコラス、先輩?」
髪をなでつけられた、礼装姿のニコラスがそこにいた。親の用事を本当に抜け出してきたようだった。
ツルカは頭が朦朧しつつも、辺りを見渡す。魔物達は撃退できたようだ。遠くにいる兵達は、民間人たちの保護や、整備を行っていた。事態は収拾したようだった。
ツルカに直撃していた石はどかされており、負傷した足にも手当てをされていた。それだけではない。降ってきた石に魔法をぶつけて破壊してくれたのも。―このニコラスだろう。
「……遅れて、ごめんね」
「いえ、全然です。こうして来てくださったわけで」
抜け出すこと自体、大変だったはずだ。ツルカは悪いとは思いつつも、感謝をしていた。
「……遅れて、本当にごめん。もっと、僕がもっと早くに来ていれば」
「……ニコラス先輩?」
ニコラスの様子がおかしい。確かに、ニコラスがもっと早くに来ていたなら、色々と違っていたかもしれない。
いや。何をこんなにも遅れたことを謝っているのか。ニコラスは何が。何が遅れたことを謝っているのだろうか。
こんなにも虚ろな表情で。
「……」
ツルカはごくんと、唾を飲み込んだ。気持ちが飲まれそうだった。ツルカは努めて明るく礼を言おうとするが。
「あの、ニコラス先輩。本当にありがとう―」
「……僕は、遠くからだけど。君が、魔法を使わなかった瞬間を目撃した。どうして、使おうとした魔法を、―使わなかったのか」
「……」
ツルカは、言葉が出なかった。見られていたのだ。あの時のことを。
「……あのですね?私、魔力の量が元々多くなくて、ですね?」
まだ乗り切れると、ツルカは言葉を紡ぐ。まだ、まだ大丈夫だと。
「―これは?」
「!」
ツルカは痛む足もいとわず、ニコラスに飛び掛かろうとした。ニコラスが手にしていたそれは。
ラムルから渡された、アンクレット。それが真っ二つになっていたからだ。
「魔道具、だね。石に込められていたのは魔力だ。まだ残ってはいるね」
石自体は無事だった。アンクレットが割れたことにより、魔法が発動が出来なかったようだ。
「……ちゃんと、返すよ」
ニコラスはツルカの元までやってくると、立膝をついた。アンクレットを返す気はあるようだ。ツルカは礼も言うことなく、受け取ろうとしていた。
「そうか、君のなんだね」
「あ……」
ツルカは伸ばした手を引っ込めた。これを受け取ることは、この魔道具の持ち主だと認めることになる。
「……いいよ、ここに置いておく」
ニコラスは気持ちでも汲んでくれたのか。ツルカが手の届く位置に、アンクレットを置いた。
「足元か。―部屋で、お肉を焼いたあの日。ラムル君がしゃがみこんでいた。あの時は、特に気にも留めなかったんだ。あの時は、ね」
それが今になって、繋がってしまうのなら。
「ラムルは……!」
ラムルは関係ない。その主張自体が不自然だ。そう言ってはいけない、ツルカはやめた。代わりにこうは言う。
「……お肉を焼いた時、だよね。あれは、本当にラムルが落としただけ。そうじゃなかったっけ?」
こうして、すっとぼけるしかない。ニコラスは、そう。それだけだった。
「ツルカちゃん。君は本当に明るい子だ。挨拶も元気で。僕もさ、つられるように気分が明るくなった。僕のつまらない話もさ、にこにこ笑って聞いてくれて」
ニコラスは話す。どこか懐かしそうでもあった。
「もうね、学院長のことはいいんだ。僕のことを純粋に心配してくれてたって、そう思えてるから。それは確かだって」
そんなツルカに、ニコラスもまた好感を持っていた。友達、それにもなれたらと思えていた。
「……そんな君が、時々暗い顔を見せるのが気になっていた。何かを憂うかのように、何かを隠すかのように。―誤魔化すかのように」
ニコラスは淡々とした話し方ながらも、沈痛な表情でもあった。
「友達だと笑ってくれた君が。―騙り続けていたんだ」
悲しそうに言うと、ニコラスは立った。
「―魔女騙りは大罪だ。僕には、とても重くて」
ニコラスはこの言葉を残し、去っていった。ツルカは呼び止めようとするも、そうはしなかった。
ニコラスは確信を得ていた。それを覆すことなど、出来ない。
「……」
ニコラスの名を呼べない。その資格はない。ツルカは本当に。―大罪人なのだから。
「……」
アンクレットを手にとると、懐に隠し持った。誰かに見られないように、こそこそとしながら。その姿は滑稽であり、みっともなくもあった。
荒れ果てた大通りを、ツルカ一人帰った。人々は口々にしている。
建国祭はどうなるのか。また魔物が襲撃しているのではないかと。
魔物はフルムに生息している種だった。声明文も残されていたという。
『建国祭は中止せよ。我らは誇り高きフルムの民。フルムは国交の復興など望まない』
沈む気持ちと共に、ツルカは信じられない思いもあった。あのフルムが、彼の国が。そのようなことをするのかと。
「……」
言い返す気力もない。言ったところで、不利になるだけだ。
ツルカは胸元を押さえ込んだまま、沈んだ気持ちで帰路に着いた。
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