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さよなら、集落の日々。

「絶対俺の側から離れるな」

「うん……」

 彼も瞬時に立ち上がり、ツルカを自身の後方にやる。ラムルがこうも険しい顔をしているとなると非常事態であるのだろう。ツルカは小さく返事した。

 彼らが構えたと同時に、多くの兵が現れる。それらは同郷の兵ではなかった。

 トラオムの国章が施された黒い軍服の彼らは、一斉に武器を構える。その中の隊長格であろう男が前に出る。

「この森は包囲した。お前達はもはや逃げられまい」

「!」

 ツルカ達だけではない。今この場にいない、集落の民達もどうなってしまったのか。彼らのそばにはラムルもいない。

「悪しきフルムの『神の子』よ。早々に降伏せよ。お前の首一つで同族の命は助けてやろう」

 神の子。仰々しい名で呼ばれたのはラムルだろう。

 隊長の男は片手で指示を出す。前方に規律正しく並ぶのは両手杖を掲げたローブを纏った者達だ。彼らもまたトラオムの国章が刻まれていた。

「いくら甚大な魔力を備えていようと、我が国きっての魔法精鋭部隊には屈することだろう」

 魔法。この国では当たり前なのだろうか。

 それにしてもラムルだ。彼はこれだけの敵意を向けられていても平然としていた。それが殊更相手を苛立たせているようだ。

「放て!」

「ひっ……」

 ツルカは目を疑った。精鋭部隊なるものが両手杖で文字を綴る。すると火柱が生じた。そのまま炎に取り囲まれてしまう。

 そちらに気をとられていると、別の部隊からは切っ先を向けられる。彼らはその勢いに乗じようとしていた。

―一瞬のことだった。

 突如現れた水の竜巻によって、それらが打ち消された。兵達は呆気にとられるも、気を引き締めなおす。その後も攻撃を仕掛けるも、それをラムルは事もなくいなしていく。 

「つか、いちいち書いてんのかよ……」

 ラムルがつまらなさそうに、そうつぶやいた。そして唐突に木の上を見上げた。

「それで?お前の仕業か。―リアナ』」

「!」

 ツルカも木の上を見上げた。短剣を懐にしまい込んでいたリアナが、今にも襲いかかろうとしていた。

 朗らかだったリアナはもうそこにはいない。悪鬼のような少女がそこにいた。

「はは……ははは!残念だけど、わたしは元々トラオムの兵なの!フルム人の巣窟にはうんざりしてたけど、あんたの首を狙えるから耐えた!……まあ、あんたわかってただろうけどね。別にあんただけでいい。他は脅威すらないもの。今思えば、人質に使えばよかったかな」

 彼らが当然のような会話を交わす中、ツルカはショックを受けていた。

 仲間だった。あれだけ人に慕われており、ツルカにもよくしてくれていた。そんな彼女がラムルの命を虎視眈々と狙い続けていたのだから。害意を隠し続けていたのだから。

「やっと話が通った。……もう今日しかないんだ!」

 フルムまで戻られると今より手出しが出来なくなる。リアナは何度も応援を要請していたが、話すら聞いてもらえなかったという。ようやく彼女の話が通ったのだろう。

 悲しそうにしているツルカ、次に裏をかかれたラムルを見て。リアナは小馬鹿にした表情をする。

「ははっ、保護していい気分だったかもしれないけど?残念だったね」

「まあ、残念だな。けど、お前は勘違いしている」

「ぐっ!」

 リアナに木の枝が絡まり、そのまま彼女を拘束する。

「誰が相手だろうと、俺は油断なんてしない。油断は命取りだって身をもって知っているからな。残念だったな」

 悔しそうにしているリアナをよそに、兵達は攻撃を再開した。有益な情報を得られなかったこともあってた。

 次第に消耗してきたのは兵達である。そんな彼らのもとに駆け込んできたのは伝令兵であった。息を整えつつも兵は告げる。

「遅ればせながらも申し上げます……!フルムの残党を捕らえることができず、……もぬけの殻でありました」

 あれだけの包囲網をどうやって抜けたのだろうか。それより報告にあがっていた時間より幾分早いのではないか、と。

 不可解な顔をしている相手に、ラムルが種明かしすることはない。そのような義理などないのだ。

「その、悪かったな。……ツルカ」

 彼は意図的に自身を囮にした。だがそれにツルカも巻き込む形になった。ツルカは今は手短に首を振って答えた。

 みんな、とツルカは声に出さずにつぶやく。どうにか逃げ出せたのだろうか。こっそりと祈る。そんなツルカをよそにラムルは声を張り上げる。

「どうせお前も来てるんだろ、頼みたいことがある」

「はっ」

 騒然とする中、突風をまとって現われたのは黒装束の少女だった。服の間からのぞかせるのは褐色の肌。彼女もフルム人のようだ。

「こっちはこっちでどうにかする。お前はあいつらについていって欲しい」

「……。仰せのままに」

 少女の返答に間があったものの、ラムルの指示通りにするようだ。黒装束の少女はリアナの方に目をやる。

「あやつは」

「ああ、いい。放っておけ」

 ラムルは歯牙にもかけていなかった。リアナは悔しそうに顔を歪める。

 御意、少女はそう頷いて、そしてそのまま闇へと姿を消していった。

「俺達もずらかるぞ」

「えっ」

 そう言ったと同時にツルカを抱えたまま、川へと飛び込んでいった。そのまま水面下を猛スピードで駆けていく。

 呼吸が出来るのも、服が濡れてないのもラムルの仕業だろうか。だが水圧にツルカの顔が歪む。その速さに彼女の体がついていけてないようだ。

「そうか……悪かった」

「う、ううん。私が足でまと―』

「それ以上は聞かないからな」

 水面から引き上げ、風で勢いつけて木の上を飛び乗っていった。彼なりに負担をかけない手段をとったのだろう。

 ツルカの耳に飾られていたポムの花はもうない。水面に浮かんでいた。だが取りに戻るなどできるわけがない。

 もう引き返すことができないところまで来てしまった。

 残された兵達が二人の捜索に当たるなか、隊長格の男はリアナに話しかける。

「すまなかった。君の報告を真摯に受け止めるべきだった」

「……もったいなきお言葉です。こちらこそ不覚をとってしまいまして」

「なに、構わない。彼は慢心はしていないようだが、じきに思い知るだろう」

 いくら生まれ持った資質が優れていようと、自身の出来ることに限界がある。そのことを思い知るだろう。

 自嘲な思いを込めつつもつぶやいた男のそれは、予言めいたものとも思えた。


「まずは、振り切ったな」

「うん……」

 ツルカは考える。彼一人だったらさっさと帰れるのではないか。自身が口にしかけた、『足手まとい』という言葉が、降りかかってきていた。

 それでも、ラムルはきっとこう返すだろう。そもそも巻き込んだのは自分のほうだと。

 今はただ、ツルカは言われるがままだった。

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