後悔
7月10日夜→7月11日朝
〈神の試練〉とやらの主なルールはこんな感じだった。
・範囲は神原が自分の足で行ったことのある場所のみ。電車やバスでしか行ったことが無い場所は表示されないため、そこに足を踏み入れたらアウト。
・期限は特に設けられていない。が、再トライはできないので、実質、試練をクリアするタイミングを逃したらアウト。(刺された身体の方は死へと走り出しているが、時間の流れが違うらしいので試練の間は気にしなくて良いらしい。)
・未来の知識は使って良い。ただし、試練に関係が無かったり、神が気にくわない変化が未来に起きる場合は修正が入るのに加えて、試練の採点が減点される。
・採点者たる神を楽しませると加点。「何か良いことがあるかもよ♪」(ふざけてんのか?)
神と名乗る少女と遭遇したその夜。
神原は自室の机で、試練のルールをノートにまとめていた。
「こんなもんか。」
一通りノートに書き出すと、ビッ、ビッ、とそのページを慎重にノートから切り離して、持ち歩きやすく折りたたむ。
スマホのメモ機能を使うことも考えたが、実際に手で書いた方が記憶に残るという経験から、ルールは紙にまとめた。
あの後、試練の詳しいルール説明を受けていると、19時を回った辺りで親から電話が掛かってきた。
そう言えばこの頃は夜遅くまで出歩くとうるさかったな、と思いだして、「もう家の近くだから」と伝えて、神社を後にすることにした。
「明日また来る」
少女にそう告げて、家に帰り、家具の位置とかの違いに懐かしみ、若干、若い顔つきの親に時間を感じ、この頃の自分の行動パターンはどんなだったっけ?と首を捻りながら風呂と夕飯を済ませて自室に入った。
ベッドに寝転び、明日どうするか考える。
神原が思うに試練の最終ラインは〈7月12日〉だ。
つまり、ことが起きるのは2日後。
時間に余裕があるとはいえない。
それも、神原の予想に過ぎないが、過去に神原が関われたのはその日までだったのだからポイントがそこにあるのは間違いない。
加えて、ルールの〈神が気にいる変化かどうか〉ここに不安が残る。
ひとまずは、まだ信じがたいが、あの少女は本物の〈神〉だとするしかない。
(望みを十全に叶えたいなら、ただクリアするだけじゃ多分ダメだ。加点を狙っていかないと望む変化は反映されないかもしれない。)
実際、試練をクリアするだけなら簡単なのだ。
神原が乗り越えられなかったことは、思春期の少年なら誰しもぶつかる、分厚いがささいなそれだ。
だが、高校生の身体に精神が引っ張られている感じがするとはいえ、今の自認は大人のそれ。
ましてや、生死に関わる今の状況ならどうにでもできるだろう。
問題は・・・。
翌日の朝、学校に行くフリをしつつ、家を出て、少女の姿をした神のいる神社に向かう。
神社の入り口で学校に電話を掛けて、病欠で休むことを伝えると、少女からもらった水を一口飲んで、鳥居を潜る。
ズル休みなんて、どっかから親にバレるんじゃないかと、必要以上にビビっていた昔がバカらしい。
「・・・いや、神の前でどうどうとズル休みすんじゃないわよ・・・。」
「大事の前の小事だよ。」
今は学業よりも大事なことがある。
もっと勉強しとけば良かったと後悔しなかった日はないが、今はささいな後悔だ。
鳥居を潜ると、昨日と同じく賽銭箱に腰掛けている少女の姿があった。
背負っていた刀の鞘を杖の様に地面に突き立て、手と顎を乗せて、呆れた顔でこちらを見ている。
ちょっと、評価下がるかな?
いや、しかし、これは必要なことだ。
石畳の端っこを意識して歩き、手水舎で手を洗う。
財布から五円玉を取り出して、少女が腰掛けている賽銭箱にお賽銭を放り込んで、少女に向かって手を合わせて、
「神様、どうか試練の加点をお願い致します。」
「論外だ、ボケ。」
刀の鞘で引っぱたかれた。
スコーンっと良い音と鈍痛が頭に響く。
「痛ってぇ!!ツッコミが痛すぎる!!ほとんど木刀だぞ、それ!!」
「刃物で死んだ奴に配慮して、刀本体を置いてきている神の心遣いに感謝しなさい。」
どうやら、ずっと鞘侍していたのは、そういうことらしい。
「それで?わざわざ学校ズル休みして、神頼みに全てを賭けに来たの?」
バカなの死ぬの?と目で語っていた。
(まぁ、そこまで甘くはないよなぁ・・・。)
神原とて、五円玉で点がもらえるとは思っていない。
実はこの〈試練〉が裏口入学のテストみたいな〈儀式〉的なモノだったりしないかなぁと期待が無かったわけではないが。
「いや、ギャンブルっていうより、遊びのお誘いだな。」
「ん?どういうこと?」
「あんたを楽しませることが加点になるんだろ?ならいっそ協力してもらった方が楽しませられるかなって思ってさ。」
「つまり?」
「見物人として採点するより、2Pでも〈プレイヤー〉として参加しながらの方が面白くないか?」
採点者である神を協力者として抱き込む。
これが神原が昨晩、考えた裏技である。
盤外戦術に近いこの案、実はそこそこ成功率は高めだと神原は見ている。
この〈神隠し〉の動機は昨日の時点でこの少女の〈退屈〉から発生したものだとハッキリしていたからだ。
採点者という立場がある以上、度を超した評価の水増しは期待できないが、そもそも交友を深めないことには〈お気持ち点〉すら狙えないのだから、断られても歩み寄ったという事実は無駄にならないはずだろう。
一応、ドアインザフェイス(先に無理難題を提示して、後に簡単な要求を呑み込みやすく錯覚させる)とか言う小手先の交渉術を混ぜてみたが、どちらかというとアイスブレイク(緊張ほぐし)になってしまった感が否めないのは、やはり付け焼き刃だった。
それでも、滑り出しは悪くないはずだ。
と、神原が予想した通り、
「・・・ふーん、まぁ良いでしょう。下心が見えているのがムカつくけど、提案自体は新しいし、面白い。」
心読まれてます?
「下心があるのは認めるけど、ぶっちゃげ頼れるのがあんたくらいしかいないっていうのも本当なんだよな・・・。」
「というと?」
「端的に言うと、頼れる知り合いがいない。」
「あ・・・、友達いなかったのね・・・。」
「うるせぇよ!?交友関係が偏ってるだけでいるわ!」
社会人になってからビックリする程、交友関係が狭まった神原だが、高校時代の今なら頼りになる旧友は人並みにいる。
しかし、今回は頼れないし、関わって欲しくない。
というのも、まず説明が無理。
信じてもらえるわけがない、そういう遊びだと思われるのがオチ。
必要なら嘘でも何でも言って声をかけるつもりだが、必要以上に過去を変えるようなことはしない方が良いだろう、という考えから登場人物は必要最低限になるように心がけるべきだ。
そして、最も大きな理由として、神原がやろうとしていることが問題だから、というのもある。
「それで?私に何をしてもらいたいの?」
「・・・言葉を選ばずに言う。俺と犯罪の片棒を担いでもらいたい。」
神原 真の踏み出せなかった一歩。
神原 真の後悔。
それらは独立している。
「俺がここでやらなくちゃいけないことは、もうわかってる。〈気持ちを伝えられなかった女の子に気持ちを伝えること〉そして、〈その子の失踪を防ぐこと〉だ。〈人生最大の後悔〉で〈高校時代〉ならこれ以外あり得ない。」
女の子の名前は六星 空。
明るくて、元気な、誰からも好かれるような女の子。
彼女が最後に確認されたのは7月12日の夕方。
彼女が最期に逢いに来た人間の名前は神原 真。
神原 真は六星 空と最後に言葉を交わした人間だ。
そりゃあ、後悔したさ。
六星 空にとって神原 真は最後の防波堤だったかもしれないと。
自分の口からでた何気ない言葉が、彼女を消してしまう決定打になったのではないか?と。
彼女に気持ちを伝えられなかったのは、ヘタレの唐変木がどうしようも無かっただけだ。
それは良い。
良くは無いが飲み込める。
だが、わざわざ逢いに来たってことは、頼ってくれたってことじゃないのか?
好きな女の子が。
神原に何かを期待して、足を運んだんじゃないのか?
それに気づけなかったことは、決して許されない。
どうしようもなく、腹立たしく、度し難い。
六星 空の失踪を防げなかったこと、それが神原 真の人生最大の後悔だ。
もし、この後悔を払拭する方法があるのなら、
神原は自身の命くらいは賭けられる。
神原「楽しいよ!協力して!(特に目的を告げず)」
神の少女「いいよ!(楽しそうだから)」
話が進んできてるのを実感しています。
この感覚を忘れずに行きましょう。
目指せ!完走!