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享年24歳

 神原のいた自動販売機が設置してある場所から悲鳴の発せられた場所はすぐ近くに感じられた。

 

 まず目を向けたのは車がギリギリ一台通れるくらいの道路を挟んだ先にあるそこそこ大きい公園だ。

 振り返るだけで確認できる。

 人影は無い。

 

 それならば、と公園を全速力で横断して反対側の道路に飛び出し、そのまま右に急カーブするように足を動かす。

 急な右折に足が滑って転びそうになったが無理やり立て直して頭に浮かんだ場所に走る。


 たった今通った公園よりも小さな神社。

 何年か前に修繕した時、建材を近年の風化しにくい物に変えたらしく、パッと見は新しく見えるが、神原が生まれる前からある〈古い神社〉だ。

 

 目の前の道路を照らしている街灯のおこぼれで真っ暗にはならないからか、明かりが灯っているのを見たことが無い。

 

 そこがハズレだったら夜中だろうが近所迷惑だろうが関係なしに大声で呼びかけるしかない、と次の行動を定め、目当ての神社が確認できた瞬間だった。


 「なぁっにぃやってんだぁぁぁあぁぁ!!」

 

 神原は大声で叫んで、手に持っていた飲みかけのペットボトルを目標に向かって、ぶん投げた。

 

 神社の入り口には黒いパーカーにフードを被って刃物(キャンプ用のナイフか?包丁っぽくはない)を持った男と左腕を抑えて尻餅をついている女性が鳥居を挟む形で対峙している。


 ペットボトルは刃物男の頭を狙ったつもりだったのだが、ボンっと、対して派手な音もたてずに鳥居に当たった。

 

 「っ!?」

 

 すでに状況は限界。


(クソっ、どうせなら勤めてた時にしてくれよ!!)


 警備員の一番の武器は、腰に佩いている警棒や仲間との連携に使われる無線機などではない。

 一番の武器は、一目で警備を生業にしている人間だとわかる〈制服〉だ。


 そういう集団に属している人間とわかるだけで、抑止力としての機能がある。

 実際は武道の達人とかではないのに、相手は勝手にそう印象づけて見てくれる。


 しかし、神原は今Tシャツ短パンで、警棒どころか無線機の一つも持っていない。

 

 刃物男の意識は走り寄って来る神原に向いたが、逃げるそぶりは無い。

 

「ちぃっ!」逃げろやっ!

 舌打ちだけ口から洩れた。


 どちらに対しても、である。

 神原としては尻餅をついている女性は今の内に距離を取って欲しかったし、刃物男は誰かが来た時点で立ち去ってくれるのが理想だった。


 しかし、女性は放心状態で、刃物男は一瞬女性を見たが、すでにトップスピードで走る神原からは逃げきれないと思ったのか、それともパニックでも起こしているのか、刃物を神原に向ける。


 ・・・ペットボトルを投げたのは失敗だったかもしれない、と神原は歯噛みする。

 実際は逃げてくれたら追いかけたりする気はないのだが、刃物男には何が何でも自分を捕まえようとしている必要以上に好戦的な人間に見えているかもしれない。

 

 こうなれば、衝突はほぼ確定だった。


 神原とて、伊達に一年、警備を生業にしていたわけではない。

 不審者の対応をする機会もあった。

 そういった危険人物に対するマニュアルも講習で習ったはずの記憶もまだ風化していない。


 しかし、やはり初動が上手くなかった。

 現場に急行しなければ話にならないとはいえ、だ。

 こちらが刃物に向かって全力で向かっていく状況は望ましいとは言えない。


 Tシャツの薄さに不安を感じる、少し前まで憎しみすら抱いていたはずの制服が恋しい。

 刃物は震えながらも、神原にしっかり向いている。


 そのまま刃物に突っ込むわけには行かないので、刃物男の間合い(勘)ギリギリで反復横跳びのイメージで横に飛び、刃物を交わして女性の前に位置取る。

 右足首に無理な負荷がかかって痛む。


 体のすれすれを殺意のこもった刃が通った形なので、かなり背筋がヒヤッとしたが、それよりも本気の危険が、人間が、手を伸ばせば届く距離にあるというリアリティが全身を緊張させる。

 

 だが位置取りは成功した。

 神原が女性の盾になれる位置だ。

 

 「おい!逃げろ!警察呼べ!!」


 わざと刃物男にも聞こえる位でかい声で言いつつ、刃物男を注視してなければいけないので女性の方を見れないことに内心苛立つ。

 

 「っ!?は、はい!」


 返事をしてくれた。

 背後で立ち上がって走り出す音がした。


 正直、これでなんとかなったと思った。


 刃物男からすれば、その手に神原という壁を破る道具があるとしても壁を壊そうとしている間に目当ての女性には逃げられてしまうだろうから。


 目当ての女性がいなくなれば、きびすを返して走り去るだろうと。

 

 別にあの女性を殺すのが目的だとは言っていないのに。


 ギっっ、と、腹がビキっ、ビキとそんな感じの擬音で急激に熱くなっていくような痛みが心臓の鼓動に乗って体に響く。

 

 (この、野郎!?フェイントかけやがった!!!)


 神原の予想に反して刃物男は逃げるどころか向かってきた。

 刃物男は、逃げた女性を追うそぶり、つまり神原の左側に一歩踏み込むフリをして、半歩にとどめ、神原はその動きを追うようにしてまんまと一歩移動し、刃物男は横移動せずにまっすぐぶつかるように神原の腹を刺した。


 釣られた!

 気が緩んだ!

 そう思った時にはもう遅かった。


 「ヒヒっ!ヒヒヒっ!!やった!やってやっあたぜぇ!!ヒーロー気取りが!邪魔しやがってよぉ!俺だってやれるんだ!自分で決めたことくらい、やりとげられるんだよぉおお!!!」


 (殺せりゃだれでも良かったのかよ。)


 刃物男はハイになって笑っているが、神原はそれどころじゃなかった。

 すでに、優位は逆転している。


 幸い腹にナイフは刺さったままだったが、この野郎、手を離す時にしっかり捻じろうとしやがった、おかげであまりの激痛に動けない。

 

 アドレナリンでも出ているのか、渾身の力を足に込めてなんとかぶっ倒れることこそ防いだが、体を九の字にして患部にも触れず、右手で左手首を握りつぶす勢いで握って痛みを紛らわそうと必死だった。


 うめき声か、叫び声か、自分のだした声がわからなかった。

 

 腹から血がTシャツに滲み、地面に垂れる。


 奥歯も砕くくらいの気持ちで食いしばって、言葉らしい言葉も発せない。


 足も震えて、その震えの一振一振が痛みに変換される。


 「ヒ?なんだよ、まだ倒れねぇのきゃよ!」


 漫画やドラマみたいに刺したらすぐ倒れると思っていたのだろうか?

 

 (た、おれっ・・・たら・・・!死ぬ・・・)


 ナイフを刺したら捩じることで、傷口を広げ、出血を増やす。

 ネットか、漫画か、どこで予習したのか知らないが刃物での殺し方を、この男は予習していた。

 腹から無理に抜かずに離れたのは、刺せた時点で抵抗などできないと理解しているからか。


 そして、まだ息があるとしても問題はもうなくなった。

 止めにもう一度突き刺す必要すらない。

 その腹に刺さった凶器を抜いて回収するだけで、出血は取り返しがつかなくなる。

 

 (ち、っ・・・く、しょう、がぁ・・・!)


 なんとか立っているだけの、顔も上げられない神原を見て、己の勝ちを確信したハイテンション男はゆっくりと近づいて来る。


 何もしなければ、転がされて、腹の物を抜かれて死ぬ。

 何かしても、死ぬ公算の方が高い。

 自分の命はもう完全に〈運しだい〉だと思った。


 なら、


 み・ち・づ・れ・だ


 そう決めて、神原の目には明確に〈光〉が宿った。


 その〈光〉は、どす黒い。

 

 (このクソ野郎が笑い転げる未来だけは意地でも潰す!!!)


 敵対する男から見ても一目で理解できたほどに、〈覚悟の決まった目〉だった。


 ハイテンション男の靴が視界に入った瞬間、顔をグゥゥンっと上げて目を合わす。


 「ヒっ!・・・ぇ」

 

 自分がこれから殺す相手の面を見る。

 

 男はそれだけで、身動きがとれなくなった。


 そして、神原 真はもう止まらない。


 自分の腹に刺さったナイフを鞘から抜刀するように抜き放ち、相手の腹目掛けて突き刺す!!!


 てめえもぉ、死ねぇ!!!!


 確実な殺意のこもった一振りだった。


 クラっときた。



 音なんか聞こえなかったが、

 


 その瞬間、自分の腹から抑えられていた血液が一気に溢れた。



 〈命〉の零れる音だった。



 肉を刺した手ごたえはある、



 殺意の一刀は確かに刺さった。


 

 

 「ひぃぃい!!うわぁあぁぁっ~~っ~~~ぁぁ!!」




 クソ野郎が、右足の太ももを抑えてのた打ち回る。



 

 

 ・・・っちぃ、外した、血が抜けて力も抜けちまった。



 倒れた自分から地面に血が落ちていくのがわかる。刺せたナイフも抜けなかったか・・・。





 ・・・、もう殺すことはできない。





 こいつは生き残るかもしれない、俺よりは・・・。






 なら、せめて






 「お・・・、」


 「ひっぃ!」





 「・・・ぼ、・・・ぉえた・・・かぁ・・・な・・・」


 お・ぼ・え・た・か・ら・な


 






 「せっ・・・っづ・・・、たい、に、」


 ぜ・っ・た・い・に







 こ・ろ・す



 


 は、最後まで言わなかった。

 その方がそれっぽいと思うし、倒れて動かない、ほとんど死体から発せられた怨嗟の声は確かにクソ野郎の耳の奥深くに届いたようだったし。


 せいぜい苦しみやがれ。

 

 言葉を途中で止めた代わりに湧いてくれた時間でいろんなことを思い出して、


 (まったく、あんたが病死なんて雑な死に方したから、俺が刺されて死ぬハメになったんじゃねえだろうな・・・。)


 最近まで世話になっていた先輩に悪態をついたりして、


 カラっ


 猫の鈴みたいな、音を最期に神原 真は真っ暗を見た。


 享年24歳


 

 にゃぁ~。


 猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 刃物男→ハイテンション男→クソ野郎、と、どんどん呼び名が変わっていく刃物男くん(18)受験ノイローゼ気味で息抜きをしようとしたところをタイミング悪く親に見られ、「お前は自分で決めたこともできないダメ人間だ」と言われて爆発。「殺してやる!」となりましたが、親には返り討ちにされ、外に飛びだして、目についた自分でも殺せそうな人間に襲いかかりました。


 刃物男くんは、この後登場するかわからないので(文字数的な都合で)背景的なものを(忘れないように)書いておこうと思います。


 とりあえず、次に進めるくらいまではかいたぞぉ。(なお序章部分)

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