道に迷って迷い込む
学校というのは不思議な場所だ。
通っている時は行きたくないだの、早く帰りたいだのと思うことが常であるというのに、長期の休みなどを挟むと特に用事も無いのに、もう少し校舎に留まっても良いかなと思ってしまう。
比較的に怠け者であると自負しているはずの神原 真でさえ、こうして意味もなく教室に残っているのだから、不思議なものだ。
窓際の一番後ろ、という先生から物理的に距離を取りたい生徒からすれば羨望の目で見られるであろう席に座り、教室に一人である。
学校は青春という劇の舞台として相応しい魅力を内包していたんだな、と、そんなことを漫然と考えながら教室にいる神原は窓の外を眺める。
「よっしゃー!、いっくぞぉぉぉ!!」
窓の外で、ジャージの女の子達がドッジボールをしていた。
・・・・・・・・・?
え?ドッジボール?なんで?ねぇよ、そんな部活?
今は放課後で、本来なら校庭は運動部に占拠されているはずの空間のはずである。
そこで、なぜか開催されている、女子ドッジボール大会。
不思議に思って、メンバーをよく見てみると、知っている顔を見つけて納得した。
「あぁ・・・なるほど・・・。」
今まさにボールを投げようと振りかぶっている、声がやたらと大きいショートヘアの女の子。
あの行動力の権化はやりたいと思ったことを実現するために人を巻き込むことをためらわない。
はたから見ると迷惑極まりないのだが、不思議と笑顔でまとまってしまうから困りものだ。
六星 空
このドッジボール大会はあいつのわがままだろう。
・・・・・・。
一瞬、久しぶりに声をかけようかと思ってやめた。
学校から出るために席を立つ。
意味が無いと思ったからだ。
自転車置き場から、自分の自転車を探し出して走り出す。
通学路として使っていたこの道も久しぶりに見る。
懐かしさすら感じながら、向かうのは父と母が待っている我が家ではなく、家の近くにある神社だ。
多分、そこに、この状況の手がかりがある。
今日の日付は〈7月10日〉。
長期休み明けでもなければ、神原が療養明けというわけではない。
神原は7月9日もこの道を通って、あの窓際の席に座っていただろう。
だが、違う。
神原からすれば神原 真が学校に来ている、という状況がもう異常である。
久しぶり、どころではない。
ここはもう卒業したはずの場所だ。
目覚める前の最後の記憶。
明かりが灯っているところを見たことが無いあの神社。
そこには、もしかしたら自分の死体があるかもしれない。
この17歳の頃の神原 真ではなく、本来の24歳の神原 真の死体が。
この状況になった経緯を思い返す。
懐かしんでいる場合ではないかもしれないのだ。
今は本気でシリアスに摩訶不思議な状況なのだと気を引き締めろ。
神原が、学校の机で目を覚ます前。
すなわち、24歳時点での最後の記憶。
夜闇の中を青年、神原は走っていた。
もうすぐ日付も変わるというのに、はっ、はっ、はっ、と規則正しいリズムで呼吸を意識しながら。
高校生の時に比べて少しだけ背が伸び、髪型も校則に引っかからない程度に雑く短くしていた床屋さんおまかせスタイルではなく、ツーブロックとちゃんと名前のある髪型になっている。
ランニング中なのでTシャツ短パンだが、学生という雰囲気は薄い。
そう、神原 真は高校生ではない。
高校どころか大学も卒業している。
神原は目当ての自動販売機を視界に捉えると、ゆっくりと減速して止まり、大きく息を吐く。
スマートフォンの電子決済を使って一番安価なただの水を購入し、飲みながらスマートフォンをいじって求人アプリから送られてきていたメールに目を通しはじめる。
「あぁー・・・、次の仕事どうすっかなあ・・・。」
神原は現在ごりっごりの無職であった。
大学卒業後、適当に決めた警備会社に勤めたはいいものの、法に触れているとしか思えないイカレた勤務体系にそりの合わないクソッたれな先輩達の黄金コンボならぬブラックコンボをくらい、1年程で退職してしまった。
〈社会人経験1年〉
〈20代はもうすぐ半分〉
そのごまかしの効かない事実に猛烈に不安になる。
(いやいや・・・!そうはいっても、まだ20代だし全く働き口が無いってことはないでしょう!うん!そう!きっと大丈夫だって!仕事が無くなった途端に怠けぐせが爆発しちゃって昼夜逆転しちゃってるけど!こうしてランニングで体力落とさない様にはしてるわけだし!)
ランニングを夕方まで寝ていることの免罪符にしようとしている辺りに自分への甘さが滲み出ている。
あのまま務め続けた方が良かったなんてことは絶対にありえないが、緊張感とか危機感とかが切れてしまっているのは事実だった。
はぁ、と今度は疲労を落ち着かせるためではないため息を吐いて、ふと、もう頼れない先輩のことを思い出す。
(本当に突然だったもんなぁ・・・。)
見るからに体力自慢です、といった風情の先輩だった。
皆からは敬意と笑いと頼りがいを込めて、マッチョさんと呼ばれていた。
あのブラック会社にはもったいない人材だったと今でも思うが、この人にはこれ以上なく向いている会社であったのは事実だ。
唯一まともな後輩教育ができたのにちょっと変わり者なマッチョさんはいつもこう言っていた。
「死ぬとしたら、刃物を持った悪党と戦って名誉のある死にざまが良いよなぁ。美女とか子供とか守ってさぁ。」
あんたの腹筋刃物とか刺さるの?
というか刃物が刺さったくらいであなた死ねるの?
そんな会話で笑っていたあまりにもパワフルなマッチョさんは、珍しく取れた休みの日にぶっ倒れて病院に運ばれ、そのまま息を引き取った。
詳しくは聞けなかったが、脳梗塞とかそんな感じの病気だったらしい。
順当に、当たり前のごとく転職を考えていたので、その訃報は神原が退職する直前だった。
(我ながらタイミングの良いことだとは思うが・・・あんまり喜べんなぁ・・・。)
病欠の人間が一人出るだけで、てんてこ舞いになる職場である。
一番人望があって仕事ができた人がいなくなった後のことを考えると、神原はかなりギリギリのタイミングで泥船から脱出した形になる。
職場で唯一辞めると伝えても嫌な顔をせず、エールを送ってくれる様な人だった。
「まぁ、がんばれ!なにごとも気合だ!気合!」
(・・・ちょっと気張るかな。)
もういない、でも確かに背中を押してくれた人のことを思い出して、とりあえず家に帰ったらパソコンで転職エージェントとかを調べてみるかと自分の家に足をむけようとしたところで・・・。
「・・・っ!!!っ~~~~~っ~~~~~!!?」
悲鳴が聞こえた。
何を言ってるかわからなかったが普通じゃないことだけは確かだった。
職業病にでも罹っていたのか。
それとも、直前まで思い出していた人がそういう人だったからか。
「っちぃ!」
神原は舌打ちして走り出していた。
走りながら、あの人なら多分、ここで走りだせたことを褒めてくれただろうと思いながら。
初めまして、読んでくださりありがとうございます。
このお話は、青春を過ぎ去り、人生に迷った男が過去を振り返り何かを見つけようとする物語です。
作者の読書歴や好きな作品はだいぶ偏っているというか、ある時代のど真ん中の場所でずっと続きを眺めているという感じなので、どの作品に影響されているとか、わかりやすいと思います。
完走しような、自分。
ということで、よろしくお願いします。