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聖霊王と契約?

 森の中は嘘のように穏やかで生き生きとしていた。


 澄んだ空気、生命力の溢れる場所。


「何とも、清々しく気持ちいいところでござるな。」


 レッサーバードの背から降りて、その背を撫でながらカシミアが深呼吸をする。


 それに対してマチルダは浮かない顔をしている。


「どうされたマチルダ殿?」


 脳天気な笑顔でレッサーバードの前を歩くマチルダにそう問いかけた。


レッサーバードも依然と警戒を解いていない。


「いや、気のせいなんだろうのぉ?」


「何がでござるか?」


 少し困った顔をして屈むと、マチルダは大地の土を軽く摘んだ。


「魔導の波動を感じるのぉ。


どうも妾の知らない波動のようなのじゃ。」


「て、天下の魔法参謀のマチルダ殿でも分からぬ魔導がござるか?!」


 大袈裟に驚いてみせるカシミアをジト目で見つめるマチルダ。


「お主もその草臥れたフレーズが好きじゃのぉ?」


「ええ、お気に入り、十八番と言うでござる。」


 カッカカカとレッサーバードの背を叩きながら笑う姿に当のレッサーバードは困惑し切った顔をしてマチルダに救いを求めていた。


「しかし、生命の力で溢れるこの森から鑑みても、さぞ良き魔導なので御座ろう!」


 胸を張って大きな歩幅で歩くカシミアに対して、マチルダは先ほど掴んだ土を見ながら立ち止まっていた。 


「どうなされたでござる?」


「奇妙じゃ、如何もこの土は力を失っておるようじゃ。」


「ほーら、って、ええ!そんな、そんなはずござらん。」


 精霊の笛が微かに輝き、不思議で心地よい音色を奏で始める。


 視界の緑を讃えた森がじっくりと揺れ動き始める。


 森の風景がパズルのピースのように一つずつカタカタと外れながら揺れ動いている。 


 初めからそんな空間は存在していなかった。


「大それた幻術…と、言うことじゃのぉ。」


 世界は一新する。


 幻術を生み出す結界が崩れ、精霊の笛の力により脆くも現実の呪われた森を出現させた。


「キーキキキ、待ち兼ねたぞ、精霊の笛の庇護者よ。」


 暗い赤紫の闇に薄らと光る結界に取り付いた異形者が姿を現した。


「く、蜘蛛。」


 細く長く伸びたマダラ模様の巨大な蜘蛛がマチルダとカシミアを見下ろしていた。


 マチルダは顔面を蒼白とさせて身震いしながら、その悍しい姿を前に立ち尽くしている。


「やはり、蜘蛛が関わっていたでござるか。」


 結界の崩壊の後、戦闘モードに入っていたカシミアは動じていなかった。 


「キキキ、強がりか?」


 蜘蛛は威嚇の音を身体全体から響かせる。


 カシミアは比較的落ち着いたように立ち込める暗雲を見上げる。


「伝承には、精霊の森は雲に裏切られ、闇に飲み込まれるとあり申した。


 つまりは泉の精と名乗っていたものは大きな岩にて封印されたとござったが、大岩が取り除かれたとは語られておらなんだと。」


「裏切ったのは雲ではなくて、蜘蛛ではないかと考えておったのじゃ。」


 マチルダは背中を敵に向けて、ドヤ顔で同意する。


 視界に入らなければ、今のところ大丈夫だと思っているようだ。


「キキキ、滅してやろう。」


 と同時に問答無用と打ち下ろされる巨大な二本の前脚。


 手に持つ覇斬のバトルアックスでその攻撃を何とか弾き返すカシミア。


「キキキ、その震える手でよく受け止めた。」 


 蜘蛛の攻撃は止まる事はなく、激化する。


 右の一撃を跳ね上げ、左の一撃を斬り下ろす。


 明らかにいつもの力が発揮されていない。


 バトルアックスのドラゴンも沈黙を続ける。


 徐々に蜘蛛の攻撃は的確にカシミアを追い込んでいく。


 次第に劣勢に追い込まれていくカシミア。 


「さあ、私を開放するのです。」 


 マチルダの頭に突然声が響く。


「あひ、だ、誰?」


 胸元の精霊の笛が七色に輝き始める。


 マチルダは訝しげに精霊の笛を掴み、躊躇いがちに吹こうとする。


「キキキ、そうは行かないよ!」


 左右の前脚の同時攻撃でバトルアックスごとカシミアを後方に払い飛ばす。


 そのまま、マチルダに向けても攻撃を加えていく。


 まだ吹かれてもいない笛の光量が強まる。


マチルダは咄嗟に精霊の笛を突き出していた。


 虹色のスパークを弾けさせながら、笛はいとも軽く蜘蛛の重い攻撃を受け止めた。


 受け止めたところから空間に亀裂が走る。


そのまま一気に笛に広がっていった。


「あ、ああ…。」


 マチルダの悲鳴にも似た声が響く。


「キキキ、これで終わりさ。」


 亀裂から放射状の光が溢れ出し、弾けるように笛は砕け散った。


 キラキラと光の破片が宙に舞う。


 マチルダはその光景を絶望の目で見つめていた。 


「ま、魔法さえ使えれば…。」


 つい口から出た言葉。


 守る力を持たない今のマチルダの本音。


 絶望を受け入れかけた瞬間、宙に舞った七色の光は取り巻くようにマチルダを包み込む。


「な、何が起こった。」


 蜘蛛は驚愕の声を上げつつもその光に向けて猛攻を加える。


 しかし、悉く攻撃は弾き返される。


 虚しい程にその光は全てを隔絶していた。 


 その近接攻撃を繰り返す光の外とは違い、その内側では全く異なる世界が広がっていた。


 そう、マチルダはただっ広い闇に支配された空間の中にいた。


「ここは何処?」


 マチルダを取り囲んでいた壊れた破片は、光の粒となり、マチルダの目の前で、人の形に姿を変えていった。


 サラッとした身体、黄金比を絵に描いたような顔の輪郭、煌めくような長い桃色の髪、彫りの深い顔立ち、薄いドレスを身にまとう女性がグラビアモデルのような仕草で妖艶に佇んでいた。


「我は聖霊の王、オベローナ。」 


 我の強い神様じゃのぉという目で見つめているマチルダ。


「聖霊の王って、本来伝承には出てこないがのぉ?」


 破壊的な一撃でオベローナが一瞬でぐらつく。


「そ、そんな…、我は目立つのが嫌いだからであってな、ぁ。」


 タラタラと汗をかいている。


「こんな感じでは、私は神だと言って出て来てもぜーんぜん信じてもらえんかも知れんのぉ。」


 憐むような目でうなずくマチルダ。 


「いやいや、もっと威厳があろうに?」


 グサっと言葉が身体を貫いていた。


 沈黙する。


 困惑した顔をしている聖霊の王。


 メンタル弱すぎるぞ、聖霊の王。


 急に不自然なほどフレキシブルに振る舞い始める。


「え、威厳ないかしら?」


「ないのぉ。」


 ハッキリと言うマチルダに衝撃を受けてはいるものの取り繕うように焦り、言葉を足す。


「え、出方間違えてないよね?」


「段取りが過ぎると思うのじゃが…。」


「だ、段取りー。」


 マチルダの一刀両断に台本を取り出す聖霊の王。


「代々続く出現方法!


 ふ、間違ってないわ。」


 台本を見直して、胸元にしまう。


「代々とな…、こんなのは物語でいっぱいあるじゃろ?」


 うっと胸を抑えてもがく。


「ヒロインが危機に陥るのを待ってから、光を放って、出現とはのぉ…、これではただの段取りじゃ。」


 ぐはっと血でも吐きそうな勢いでのけ反る。 


「神様は兎角段取りが好きじゃの。」


「ごふぅ。」


 解き放たれた言葉に傷つき、ドサッと両膝をつく聖霊の王。


「それに見た目は女性じゃから、ここは王女か、女神かではないのはどうしてじゃ?」


「し、仕方ないでしょ、しょ、初代から女性が聖霊の王なんだから。」


「神とも違うのかのぉ?」


 マチルダは知りたいことを尋ねるのみで、聖霊の王の言うことなど簡単に受け流す。


「あー、我は七代目の聖霊の王なの!


 ねえ、分かる?名前が聖霊の王、七代目オベローナなの!」


「老舗の店みたいなもんかのぉ…。」


 眉間に皺を寄せる。


「選択の自由がないのも大変じゃのぉ。」


 しきりに頷き感心するマチルダ。


「感心の仕方が違うようですが、ここは時間が惜しいので、手短に説明すると…。」


「妾に扱える術式を教えてくれるのじゃろ。」


 オベローナは明らかに不満げな顔でマチルダを睨んでいる。


「先に言う人、きらーい。」


 ついには剥れてしまった。


「あ、申し訳なかった…、神様にもマニュアルがあるのかと思ったら、ツッコミたいという衝動を抑えられんかった。」


 ポリポリと頭を掻きながらマチルダは反省の言葉を口にする。


少しは機嫌を直した聖霊の王、七代目オベローナが続ける。


「で、聖霊の力を其方が望むなら、与えでやっても良いぞよ。」


 暫く考えるマチルダ。


 期待に胸を膨らませ沈黙する聖霊の王、七代目オベローナ。


 しかし、沈黙が長過ぎた。


「あ、あの、要らないの?」


 耐えられなくなったオベローナは頭にクエッションを付けまくって尋ねる。


「うーむ、魔法の類じゃろ?」


「魔法…、違う、違う。」


 軽く否定する。


「ほう、神の理に沿ったものではないと?」


 オベローナはびっくりしたような顔をして懐中のアンチョコを取り出す。


「それ、重要なのねー?


 えっと、仕様、仕様と…。」


 アンチョコと言っても巻物は調べにくいようであたふたしている。


「えっと、あった、あった…、困った継承者に対する対応……、その13、聖霊の王は、かつては神の理に、協会に参加していたけど、今ではその力の根源は理の外に置かれる…、みたいね。」


 アンチョコのページを読み込む。


「おお、それ頂いた!のじゃ。」


 ゴスロリの魔法参謀は飛び上がるようにして挙手をしている。


「あ、毎度あり!」


 大喜びの聖霊の王の瞳には妖しげな光が揺らめいた。


 二人がふふふと不敵な笑みを浮かべ合う奇妙な時間が暫くその場を席巻した。


「キキキ、お前の仲間は逃げ失せたようだな。」


 マダラ模様の巨大な女郎蜘蛛は、気味の悪い複眼をキラキラさせながらそう言った。


 いくら殴ったところで傷一つつけられない光る門を諦めて、矛先をカシミアに変更したようだ。


「マチルダ殿の安全が確保できたのなら、某の任は果たせたと言うもの!多分…。」


 得物を手で探るが、求めるものの感覚は手には伝わってこない。


 いつの間に手放したのか、バトルアックスはかなり離れた岩に刺さっている。


 糸の弾丸を真面に受けてしまった足に全く力が入らない。


「仕方あるまい、キキキ、お前で手を打つしかあるまい。」


 牙がメリメリと音を立てて伸び始める。


 身体も先ほどよりも強固に、更に大きくなっていく。


「喰らう、キキキ!」


 鋭く尖った牙がカシミアを噛み砕こうとした刹那、蒼き影が二人の間に割り込む。


 ガシャっと言う牙同士がぶつかる鈍い音が響く。


 蒼き閃光はレッサーバードの猛特攻。


 いや、先程までのレッサーバードとは違い、青白い光を称え、一回りは大きくなり精悍な顔立ちの聖鳥へと変貌を遂げていた。


 マチルダに及んだ力の余波の影響とカシミアを助けると言う決心が眠っていた本来の力を発現させた結果であった。


 カシミアはその背に何とかしがみ付く。


「助かり申した!」


 ピッピーと渋い声で聖鳥アルバトロンは鳴いてそれに応える。


 だからと言って状況は好転していない。


 女郎蜘蛛の結界から脱出するには、ヤツを滅するより他に方法はない。


「あの岩の側まで、バトルアックスを!」


 攻撃を畳みかけてくる女郎蜘蛛の前脚を躱しながら、聖鳥アルバトロンは確実に岩に刺さっているバトルアックスに近づく。


「そうはさせんぞ、キキキ!」


 その行動は既に女郎蜘蛛に読まれていて、おいおいとは接近することは許さない。


 逃げる事、攻撃する事の連鎖は抜け出せない膠着状態を生み出す。


 この停滞間に先に苛立ちを募らせたのは女郎蜘蛛の方であった。


 複眼は苛立ちの色に溢れ、赤々と光り、ガチガチと顎が噛みしだかれる。


 足の先から怪しげな魔法陣を出現させると、攻撃の手を激しくしていく。


 爪が地面に当たると爆発が起こすかのように大地が炸裂して刳れる。


 破裂しながら大地を穴だらけにしていく。


 足場を奪われてドンドンと逃げ場を失っていくばかりである。


破壊力をコントロールできないらしく、バトルアックスが刺さる岩も同じ攻撃により一緒に粉砕してしまう。


 何とか落ちているバトルアックスを掴み、バランスをやっと保ち着地した。


その刹那尻尾から吐き出された粘液に絡めとられる。


 ドサっと聖鳥アルバトロンごと絡めとられ、深い窪みに叩きつけられたカシミアと聖鳥アルバトロンが同時に苦悶の声を上げた。


「キキキ、これで終わりさ!」


 息を切らし、女郎蜘蛛は吐き捨てる。


 バトルアックスに竜の力が皆目宿らない。


「この身体に少しでも触れれば、麻痺を起こし、毒で次第に動けなくなる。」


 ギョロギョロと複眼が動く。


「ジ、エンドだ!」


 バキバキと口が裂けるかの如く大きく開かれる。

「ああ、マチルダ…殿…。」


 ドガンと言うけたたましい音と共に空間が弾け飛ぶ。


 爆音の箇所に振り返ると、チャイナドレスに身を包んだような長身の女性が光の門を蹴り上げ出現していた。


 そのままの勢いをかりて、空中に舞い、きりもみ空転をしながら理想的な美しさでかかと落としを女郎蜘蛛の後頭部に決め、頭蓋骨を破壊する。


 メキメキと何が砕ける音がして、複眼が辺りに飛び散った。


「あ、貴方は?」


 茫然自失と言った表情のカシミアが蜘蛛の糸で簀巻きになった状態で呟く。


 完全に頭部をかかと落としで砕いた右足をそっと下ろす。


 振り向くと、髪をかき上げながら、何となく照れ臭そうにしている。


「え〜っと、女神。」 


 ピンク色の二本尻尾の猫が肩から飛び降りてから叫ぶ。


「め、女神、格闘系の女神?


 ヴァルキリ殿か何か?」


 ピンクの猫はギンと眼光が強くなる。


「ヴァルキリ、あんな盾や剣を振るう野蛮な行いは、海賊やバイキングと同じ、本当無理だわ。」


 女神がグイと拳をカシミアに突きつける。


「全ては己自身が武器なのだ!」


「あの、ひょっとすると、マチルダ殿か?」


 特に根拠はないが、長年支えてきた勘がそんな風に感じさせた。


「わ、妾、いえ、わたくし、私はめ、女神!」


 シャキーン、キラーンとポーズを必死に決めて、アピールをしようとしている。


「やはり、マチルダ殿でござるな。」


 疑問や疑念が確信に変わる時というものは、実に呆気ないものである。


「マ、マチルダとは、はてはて、妾はシュクナ、そう、さう女神シュクナですのじゃ!」


「なんか、キャラがブレブレでござるなぁ。」


 確かに一度長身のナイスバディの女性になりたいと言ってたでござったなあと回想する。


まるで変なものを直視しないように顔を明後日の方向に向けた聖鳥アルバトロンと共に簀巻きになったまま、カシミアは複雑な思いの荒波の中に放り出されていた。


 いつの間にか蜘蛛は消え去っていた。


 次第に張り巡らされた結界も浄化していく。


「女神キック!」とか「女神パーンチ!」とか言い出さなかっただけでも今回はマシだと思う事にしようと言う意気に達した頃には、カシミアの周辺は穏やかな雰囲気と変貌を遂げ、拘束していた糸も消え失せていた。


 果たして、光の中に飲まれて消えた後、何があったかは分からない。


少なくとも魔法に代わる何かを手に入れたのは確かであろう。


一目瞭然であり、物凄く気に入っただろう事も確信できた。


 それがとても傍迷惑で恥ずかしくなるようなものであっても、今は喜ぶしかないと、いつまでも簀巻きのままの自分のことを忘れ、カシミアは納得したようにコクコクと頷くのであった。


「へぇ、ここが泉の源泉?」


 怪しげな封印がなされた大きな岩が壊された祠の奥に慥かに存在していた。


 やっとの事で自由の身となったカシミアと変身を解かないで女神になり切っているマチルダが目を合わせた。


「我の出番ですな!」


 不適な笑みを浮かべ、カシミアは大岩の隙間から中に入り込んだ。


「うりゃ〜!」


 最後までカシミアが大ばれをしても全く消えなかった魔法陣は何重にも複雑に重ねられていた。


 しかし、回し蹴りだけでマチルダはその魔法陣を破壊してみせた。


 奥に見えてきたのは、無残に破壊された比較的大きな祠であった。


 カシミアが中で踊りまわれるくらいのスペースは有にあった。


「分からんではないが、踊る必要ないの。」


 咎めるような眼で女神シュクナ(マチルダ)が呟く。


 マジックポイントがガシガシと削れていくような不思議な舞を終え、清々しくカシミアは汗を拭う。


そうして清々しいまでの笑顔で振り返った。


「で、どうするでござる?」


 往年のコメディアンのような返しにズッコケる女神シュクナ(マチルダ)。


「と、取り除くしかあるまい…て。」


 ヨロッと立ち上がるマチルダにカシミアはテヘペロって破顔する。


「確かに、妾の女神パンチや女神キックでも簡単に砕け散るとは思えないほどの結界が貼っておるのぉ。」


 腕を組み、大きな岩を見上げる。


 ただならぬ大きさの封印石に頭を抱える二人の前にピンク色のいかにも御伽の国から来たみたいな姿の尻尾が2本ある猫が再び現れた。


 背筋をビーンと伸ばした風格のある立ち振る舞いに普通の猫ではない感を醸し出している。


「マチルダ殿…、いや、えーっと…。」


「シュクナ!女神シュクナ!」


 殺意を込めた真顔で叫んでいる主人にヘラヘラとした顔で照れ笑いを浮かべる。


「では、改めまして、シュクナ…、殿。」


 チラリとマチルダの顔を伺いながら尋ねる。


「ところで意味ありげに再び現れたでこざる、この猫は?」


「多分、多分なのじゃが、前聖霊王かな?」


 困惑した顔で不自然なほど姿勢の良いピンクの猫を見つめ、女神シュクナ(自称)が尋ねる。


「そうだよ、私は聖霊王、オベローナ。」


 すくっと立ち上がり、ピンクの猫が答える。


「猫が喋った。」


 驚愕の顔でピンクの腕を組んで仁王立ちした猫をカシミアは見つめている。 


「驚くとこ、それ?」


 ツンとした感じで話しているのに顔はニタついている。


「ま、まあ、良いわ、ご明察の通り、この結界は多重世界の者たちにより張り巡らされた結界なのよ。」


 ちょっと自慢げに目を細める。


「簡単には壊せないわね。」


 語調がちょっと甲高くなる。


「ああ、この世界が108個の世界から出来ているという伝説ね。」


 シュクナが怪訝な顔つきで岩を見つめる。


「伝説ではないの、本当のことよ。」


 軽くウィンクをする。


「どの世界から来たものがなんの目的でどのような術式で結界を構築したのかも分からないのに、結界を切り離すことなんて無理よ。」


 ピンクの猫は両手を上げてお手上げだと言った行動を取る。 


「神のシステムが暴走した結果かも?」


 女神シャクナ(自称)は多重結界を覗き込んでいる。


「それは結果論かしらん?


 神のシステムは、強制ではなかったし、共通言語みたいなものでしょ。」


「神の理と言うものでござるか?」


 軽く肩を竦めるピンクの猫。


「108もの世界が黙って従うはずないじゃないのよ、当然めちゃするのが出てくるくらいは予想しろっていうの。」


 結界から目線を外し、真顔の女神シュクナ(自称)は、ピンクの猫に振り返った。


「ところで、何故ピンクの猫なんかのぉ?」


「私はこの封印された空間では、何かに擬態しないと存在できないのよ、うふっ。」


 クネっと妖艶に身を捩って見せる。


「ネコ科の生命体か、猛禽類にしか化けられないのよ。」


「か、偏り過ぎ〜!」


 はあ?という顔をして、変なモノでも見るような女神シュクナ(自称)の視線に堪え兼ねて答える。


「企業秘密…、ブラックだから、理由は分からないけどね。」


 胸を張り主張する聖霊王に2人とも目が点になっている。


 女神シュクナ(あくまで自称)はため息混じりに自然に腕を組む。


「不便な聖霊王ね。


 まあ、ネコ又ということで…、了解!」


「ふっ、封じられていたのに、慌てて力を解放した其方のことも心配ではあるからさ、今は自由に動けるこれが最適よ。」


 精霊魔法により、マチルダは女神の姿を長時間維持持続しているが、当然マナの力が切れかかると元の姿に戻るらしい。


 簡単にチャージできる訳ではないので、維持できるギリギリの量のマナを供給している。


 元々持っている桁違いの巨大なマナを円滑に使い、神外の力を操ることが上手くできることに重点を置く努力が必要らしい。


「この複雑な結界を一気に破壊できる力はないの?」


 腕を組んで、複雑に絡み合った術式を見上げる。


「古今東西、全ての垣根を超えられる者がいるらしいけどさぁ。」


 胡座をかき、聖霊王は寛いで座っている。


「其方は恵まれているからさ。」


 話し方も長年の友のようだ。


「連れている聖鳥アルバトロンと言い(チラリとそちらを見る)、てんこ盛りの聖なる力のオンパレードでチートよね。」


 チラッとカシミアを見る。


「ほら、その一番の代表格が竜よ。」


「おお、マ・カロン殿も申してござった。」


 スッとマチルダの方に振り返る。


「それに、其方の目には流星紋がある。」


 確かに変身したマチルダの右の瞳には流星紋が浮かんでいる。


「流星紋とは、精霊の力を得られるということだけではない。」


 ドヤ顔のピンクの猫に反して、???が顔中に浮かんでいる女神(マチルダ)は全く理解できていない。


「流星紋とは、龍性の紋様。


 其方の右眼には磁の流星紋、左眼には潤の流星紋がある(今はないけどさ。)。


 それが其方のマナの力の根源である。」


「チートの大安売りのようね、我らのパーティーは?」


 満更でもない笑みを溢れてさせている。


「魔法が使えなくとも、其方が持っている龍性が消えた訳ではないのよ。」


 パチっと瞬きをした。


「今や、神外に姿を変えてる訳だしさ。」 


ーー竜の力、どうやったらいいのじゃ!


ーー急に、龍出てきたよ!


 などと心の中で葛藤する。


ーー確か、こう言った神や妖精はやり方は教えてはくれなかったのじゃ!


ーー何で分かっていて当然なって雰囲気を醸し出すんじゃっ〜。


 と心の中で叫んでいたりする。


「ま、と、当然かのぉ…。」


 うーむと唸ってから考え考え訊ねる。


「磁、それは、え、雷?」


「おやおや、磁とは、磁場のこと、重力やそれによって発生するスパークということよ。」


 そんな事も知らんのかというジト目で見つめられて、ドギマギする女神(マチルダ)


「竜でござるか〜、やはり、この愛は本物!」


 フンスと鼻息も荒い。


「竜好きな拙者にマチルダ殿は最適だったと言う訳でござるな。」


 などとカシミアは感心し切りである。


 聖鳥アルバトロンはちょっとばかり可愛く首を傾けるばかり。


「竜とは、すべてのエレメントを守り、愛されるものであり、神の力の影響を受けぬもの。」


「あらゆる次元を超え、あらゆる力をもってしても意志を貫くもの、又はその依代。」


「まあ、なんちゃうか、神外には最適なものなんよ。」


「だからこそ、この幾多の結界を通り越し、打ち破ることが出ると言うことぉ?」


「そうなんよぉ!」


 軽!


 そんな心のツッコミなど気にせず、マチルダは意識を集中させ始める。


 魔法と同じなら、心に思い描くものを具現化する力であるはずだと。


 突き上げた掌の上に大きな重力の水風船を作るイメージを練り上げる。 


 想像は創造へと移り変わっていく。


 これが解放された妾の力。


「インパクト!」


 持てる力を一気に開放して、封印に向け投げつける。


 結界は空間を歪めながら、神外の力によって高められ、圧縮された重力により物凄い勢いで剥ぎ取られていく。


 ここでも勝負は一瞬であった。


 複雑怪奇に織り込まれていた結界や封印と言った力は、マチルダの本来のあるべき力により剥ぎ取られて、虚空に消滅していった。


 初めて大きな力を発動させた結果、軽い貧血に見舞われ、片膝をつく。


「これで免許皆伝やよ!」


 ピンクのネコは嬉しそうに三匹の猫が巻き付いたような巻物を何処からともなく取り出し、ポイッとマチルダの背中に向けて放り投げた。


 ピリッと体に流れる電流に妖艶な吐息を上げて身をよじる。


と同時に三つに分裂した巻物は逆三角形を描き、猫たちが戯れながら連なるようにマチルダの体に溶け込んでいく。


「これは?」


 色っぽく身をよじるマチルダが荒い息を吐きながら、艶っぽく呟く。


 真剣な顔をして、ピンク色のネコ又はマチルダを見つめ返す。


 空間が静止したような緊張感が流れる。


「マタタビ伝承とか?ハハハ、よう知らんのよ!」


「え、知らんって、なんか分からないのに?


 身体の中に入いちゃったの、え、ええ‼︎」


 ちょっと混乱状態のマチルダがあっという間にピンク色のネコに擦り寄り首根っこを掴み上げる。


「だって、代々伝わるマニュアルにこうしろって、書いてあるから〜。」


「無責任⁈」


 極微小であるが、笑顔になって続ける。


「これで聖なる森も復活ね。


 これで、少しは役に立つじゃろうて。」 


「エロくなられたと言うことでござるな。」


 ボッと顔を赤らめるマチルダに乙女の心が残っていた事にホッとして温かい目で見つめるカシミアであった。

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