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ベルゼベベブの復活

 大地にもその轟を止めることなど叶うはずなかった。


 大地に生えている緑と言う緑は一斉に枯れ果て、山脈の壁が厚皮を剥ぐが如く崩れ落ちる。


 なす術などなかった。


 最早、人の手に負えるものではない。


 天災と紛う事なく世界は轟いた。


 人智を超えたものに対抗し得るはずもない。


 この世界に在ってはならない、触れてはならないものを呼び起こそうとしている。


 全てを諦めるしか選択肢が無い程の超越神的存在。


 神も悪魔も局面を見間違えれば、実際は同じ存在である。


 唸りを上げ、大地は震える。


 恐怖以外の何もそこに存在しないのだと警告するかの如く激しく泣き叫ぶ。


 剥がれていく山脈から見え始める漆黒の陰影。


「こりゃまた、とんでもねえのが、封印されてやがったな。」


 満身創痍のマ・カロンがヨロヨロと病室から出てくる。


まだ取り替えたボディに馴染めていない。


「お目覚めでふぅ。」


 ジョルジュの甲高い声が更に甲高く叫ぶ。


「蝿の王、虫最大の怨霊であーる。」


 今は立つのがやっとのマ・カロンの後ろから筋肉の鎧に身を包んだ八頭身のメダちゃんが叫ぶ。


メダちゃんの真面目な顔を見ることができるだけの異常事態がそこには在った。


一同が更に恐怖の色に包まれる。


「神魔戦争を伝える書には、不敗と腐食の王にして、あらゆる神の理が通じない化け物だと記されておるあの…。」


「蝿の王、ベルゼベブブでござるか!」


 カシミアも絶望の声を上げる。


「過去の聖戦の魔王サタンの切札、多くのセラフを封じ込め、かの大天使ミカエル殿ですら、再起不能にした化け物なのであーる。」


 沈黙が轟を消し去る程の絶望感が渦巻く。


「わたし、私は、な、な、なんて取り返しのつかない事を…。」


 ランチェは包帯で全身の殆どを巻かれた状態でマ・カロンの後ろから姿を現した。


 しかし、繰り返される揺れには耐えられなくなり、力なくその場に座り込んでしまう。


「其方はヤツらの犠牲者じゃ。 


 選択肢などはなかったのじゃからのぉ。」


 慌てたようにマチルダが彼女の側に走り寄る。


 憂いに満ちた目でランチェがマチルダをじっと見つめた。


「美少女は最高じゃのぉ。」


「心の声が溢れ出るまでには元気になられたれふぅねぇ。」


 美しい顔立ち好きのマチルダのだらしない表情に呆れ気味なジョルジュが呟く。


「しかし…、復活したあの厄介なもんをまた封印するにはどうしたものかのぉ?」 


 マチルダもすっと真顔になり、マ・カロンの方に振り返るが、もう既にそこにはもう姿はなかった。


 完全復活を遂げようとする姿を見定めるために外に出ていたマ・カロンは、崩壊する山脈から覗く不気味で巨大な生命体に釘付けになっている。


 マ・カロンは同時に受け続けるプレッシャーによって意識が薄れていく自分と闘っていた。


 捌ききれないほどの負の波動を垂れ流しながら、慥かにマ・カロンの意識は限界を迎えつつあった。 


 歪む視界。


 音も振動も途絶えていく。


 制御不能な無意識が駆け上っていく。 


 白く意識を塗り潰しながら…。


「来たね。」


 紙飛行機を飛ばしている男が声をかけてきた。


「来たねって、また、あんなのを隠してやがったのかよ!」


 男は答えるでもなく、ただ無心に、微笑むこともなく、紙飛行機を飛ばし続けている。


「秩序が混沌に負けてはならないって、誰が言い出したんだろうね。」


「はあ?」


 振り返るでもなく、男は淡々と呟く。


「だって、勝つとか、負けるとか、所謂、価値観でしょ。」


「なんだ、そりゃ、アンタが中途半端に仕掛けた封印で迷惑してるって話をしてんだけどな、こっちはよ。」


 マ・カロンのイライラはどんどんと増していくのだが、男は気にした様子もない。


「共通のルールがあれば、勝ち負けって分かる事でしょう。


 ルール無用なら、勝ち負けは価値観でしかないでしょうって言う話だね。」


 抑揚がない言葉にマ・カロンの言葉が掠れていく。


「勝ったと言えば、勝ったし、負けたと言えば、負けたんでしょうね。


 とは言え、誰が決めるんでしょうね?


 聴衆ですか?


 話を聞いた者?


 線引きをする者、ジャッジする者、全てに結論を出す者…、何も存在しない。


 争いが起こり、多大な被害を出して、終わっただけだったんですよね。」


「お得意の正義はどうした?」


 マ・カロンの問いに今までよりもしっかりと紙飛行機を持ち、飛びゆく姿を描くように何度も投げる真似をする。


 意を決したように美しいフォームから、紙飛行機は飛び立っていった。


「正義、ははは、得意なわけないよ。」


 やっと愉快そうに笑ってみせた。


「確かに秩序と理が物事を指し示すものだとは考えてましたよ。


 迷う者ばかりでしたからね。


 いったい救いを求める羊達をどのように導くのでしょうね?」


 マ・カロンも苦笑を浮かべた。


「単純化された理のおかげで、秩序が保たれて、システムが繁栄を極めていく。


 それじゃ、正義とはシステムの中で生まれた副産物ってことか?」


 紙飛行機を弄ぶ者はマ・カロンのその問いに肩をすくめる。


「正義を理論にしたがったのは、大天使メダリオン辺りのグループでしたね。


 システムが繁栄を極めていくなら、正直、何でもよかった、そんなところでしょうね。」


 愉快そうに男は笑う。


「アイツを倒す方法は?」


 最近の自信作なんだよと紙飛行機を投げ、その軌道を目で追っている。


「おい、アイツを倒す方法はないのか?」


 苛立って、マ・カロンは1歩足を踏み出す。


「まあ、落ち着いて、落ち着いて。」


 サッと左手を突き出して、今にも駆け出してきそうなマ・カロンを制した。


「あれはサタンの大発明だった訳です。


 どうやって作ったかは教えてはくれませんでしたけれどね。


 ホント、ケチなんですよ。


 神の理が効かない生き物、そんなものどうする事が出来るのか?」


 紙飛行機はゆっくりと上昇気流に乗り飛んで行く。


「先の戦いでも、数多の英雄が、神と呼ばれるモノ達が全滅に追い込まれましたね。


 我々の軍勢に付いた多くの世界のもの達が果敢に挑みましたが、その進行を止めることすら出来なかった訳です。」


 愛おしそうに安定して飛ぶ紙飛行機を見つめながら、男は続ける。


「ホントに、神と呼ばれるものたちですら手に負えない生物をコントロールする事なんて、果たして本当に出来るのでしょうかね?」 


 風が吹いたのか、自慢の紙飛行機は急にクルクルと旋回し、白い華の海に飲み込まれていく。


 ああという声を出して、男は前のめりになる。


「コントロールも出来ないものを最終兵器で出してきたという事か!?」


 勝ち誇るようなサムアップで答える。


「神の敵は悪魔なんて言うのは、人が作った縄張り意識みたいなものです。


 神に対抗できるものは、即ち…。」


「神ってことか!」


 マ・カロンは愕然とした顔をしていた。


「ピンポーン!大正解。」


 スッと声が緊張感を帯びる。


「神が後先考えないで、神が手に負えないものを作り出した。


 だからと言って、みんな諦めたわけではなく、藁にでも縋るんですね。


 理外のものとして期待された「神殺し」ならばと、9本の「神殺し」が集められましたが、数が足りなかったんですかね、扱い切れなかったのでしょうか、理外の物としての役割を果たさなかった訳です。」


 残念そうに顔を振る。


「要するに「神殺し」も神が統べることができないものだったってことか?」


 マ・カロンの言葉に笑い出す。


「滑稽だよね、神なんて威張ってるのに、自分達の手の内から出ることも出来なかった。」


「だが、封印は出来た。


 何故だ?」


 マ・カロンの言葉に笑い声が途絶えた。


「世界に散ったかけら、やっと一つ目が見つかったばかりだからね。」


「神の力ではないと言うことか?」


 不審な顔で見つめている。


「正解さ、我らの力ではない。


 犠牲となったのは神の理外の器。


 封印の12体は、百八世界から完全に切り離したはずだった。


 これで全て大丈夫なはずだった。


 この封印を揺るがす何かが起きているんだ。」


 男は手に残った紙飛行機をじっと見つめていた。


「オイラが聖剣を探す目的はそれか?」


「さあ、どうかな?」


 気まぐれに最後の紙飛行機を空に放った。


「そろそろ時間のようだね。」


 その姿を見ることもなく、立ち上がった。


 男は背を向けて、手をかざして、歩き出す。


 マ・カロンは声を出すことはおろか、歩くことさえ、近づくことさえ出来ない。


「あ、封印はもう諦めた方がいいよ。


 今から13本の「神殺し」をかき集めるなんて、無理だろうしね。


 『巧遅は拙速に如かず』という事。


 幸運を祈るよ。


 今のボクにはそれしか言えないね。」


 白い世界に飲み込まれて行く。


 マ・カロンは何故かこれはオイラたちの戦いなんだと悟った。


 認めたくはなかったのではないか?


 方法論はきっとある、いや、分かっているんだ…、思い出せないだけだ。


 その思考に囚われた途端に引き戻されるような印象と共に白い世界が現実へと変わる。


「大丈夫か、マ・カロン殿。」


 カシミアが倒れそうなマ・カロンを支えていた。


「ああ、神にもちょうど見捨てられてきたところだ。」


 キョトンとするカシミアにマ・カロンはニヤッと笑った。


「ランチェ、戦えるか?」


 急に声をかけられたランチェは、跪いた姿勢から顔を上げた。


「た、たた、戦えます。」


 起き上がろうとするが、一瞬ふらつき、マチルダに支えられてなんとか自らを保った。


「上等だ!」


 体に巻かれた包帯を掴むと、一気に外す。


「もう封印できそうもない。」


 みんな呆然とマ・カロンを見つめる。


「だから、…だからこそ…。」


 マ・カロンは手に持った包帯を投げ捨てた。


「あのバケモノはオイラたちの力で倒す。」

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