焦り
刻は遡る。
猛スピードで草原を走るレッサーバードにしがみ付くのがやっとのミーナは、揺れに身を任せたままで右手に持った破壊石を見つめていた。
こんなもののために、アタシは何をしてしまったんだ。
壮絶な毎日を二人で乗り越えたじゃない?
でも、アタシは観察者。
観察目標への裏切りがその任務だった。
初めは計算して、距離を保って、じっくりとチャンスを狙っていたのに。
マグマの海に落ちかけたランチェを助けた時から完璧だった計算が狂い始め、距離が縮まり、どうでも良くなっていった。
報告はしなければ逆にまずい事にもなる。
気取られてもいけないのだ。
任務などと言うことにもう気にもかけていないのに……。
毎日が楽しかった。
すべてが新しい体験ばかりだった。
知っている事でも、体験すると違った感覚を味わうものだと理解した。
このまま、アクアガーディアに着かなければいいとも思っていた。
蛹化さまにさえ会わなければ、何も起こらないよと思い始めていた。
実際には儚い妄想でしかない。
所詮アタシは彼らの暗器でしかない。
ランチェ、ごめん、ごめんね。
アタシのせいだ。
アタシの裏切りのせいで、バケモノに変えられてしまうなんて……。
だけど破滅の魔眼なんて本当に知らなかったんだよ。
ネコ師匠が教えてくれた悪意の魔具。
聖剣擬きの力を消し去る力があり、その上にバケモノを生み出すための切り札。
そんな事、知らなかった。
アタシは無知だった。
だから、裏切られて、消されそうになったんだね。
そう、すべて、アタシの責任なんだ。
ごめんね、だからさ、ランチェ、アタシがあなたをきっと元に戻してあげる。
どんなことをしてもさ。
ピピって、レッサーバードが警告するように鳴いている。
見えて来た。
ネコ師匠が槍で刺された。
急いで……。
釣り上げた魚を確かめるように持ち上げる。
ランチェ、もうダメなの?
あと少し、もう少し、あゝ神様、力を貸して、ください。
無理かもしれないけれども……、暗器の力、もう一度だけ使わせてもらいます。
「黒霧!」
身体中に黒い霧が纏わりつく。
ネコ師匠の前に瞬間移動する。
「ダメ!」
ネコ師匠、動けないの?
アタシが助けるんだ、二人とも絶対に助けるんだ!
「ランチェ、思い出して、アタシだよ、ミーナだよ。」
声よ、どうか届いて!
「だからさ、恨んで傷つけるのは、ミーナだけにしなよ。」
アタシに助けさせて、ランチェ。
「み、ミーナ、あああああああああ。」
魔神の顔に亀裂が走る。
再生していたボディが内側から裂け、怪しげな色の液体を噴き上げる。
「どうして…。」
絞り出したような声だった。
軽く後ろを振り返える。
ネコ師匠、気を取り戻したのね。
ランチェは白目を剥いて震えている。
「ネコ師匠、ごめんね、アタシ…、やっぱりランチェを助けたいんだよ。」
もう無理矢理でも笑顔を絞り出して、泣き声かもしれないけど、アタシ、アタシ、ネコ師匠も好き、大好きだったよ。
ほら、元気だって、前と同じで元気になったって、思ってくれるかな?
「胸の……、コアだ。破滅の魔眼を……、取り除けば、きっと……。」
ネコ師匠が苦しそうに教えてくれた。
ネコ師匠もランチェも苦しめている。
破滅の魔眼さえなくなればいいんだ。
なら、やる事は決まっている。
アタシにしかできない。
「ランチェ、助けるからね……、アタシ、どんな事をしても……、命に変えてでも!」
破壊石を握りしめる。
「ネコ師匠、ごめん、約束守れなかったね。」
目を閉じて深く息を吸い込み、暫く溜める。
目を見開き、アタシは決意する。
「うわあああああ!」
叫んで、奇跡の黒霧の影響で動けなくなっている魔神、その胸にある破滅の魔眼に握りしめた破壊石を振り下ろす。そう、乱暴に殴りつける。
「ランチェ、またね。」
寂しげな笑みを浮かべるミーナ。
一瞬の静けさが辺りを包む。
しかし、次の瞬間、破壊石がカッと光を放った。




