共犯
「待って、ミーナ!」
ランチェは懸命に足を引きずりながらも力強く歩むミーナの後ろ姿に向けて叫んだ。
空気が冷たい。
もう随分と夜が深くなってしまった。
ミーナは立ち止まり振り返る。
「あなたはいつもそう……。
もう遅いのよ。」
ミーナの目には涙が浮かんでいる。
「そんな事はない、きっと、そんな事…。」
ランチェも言葉が続かない。
「これは決められた事なの…。」
「聞いたわ…、命が、ミーナの命が…。」
近づくこともできず、ランチェはただ手を伸ばすしかできない。
「そうよ、私の命は自分ではどうすることもできないの……、これが最後なの…、そうすれば…、そうすれば。」
涙が頬を伝う。
「本当に?」
ランチェは何か得体の知れない不安に怯えている。
「自由になれるの?」
ミーナは答えない。
そのことは彼女が一番よく分かっている。
グッと唇を噛む。
「でも、これが、最後なの…、ランチェと一緒にいたいの。だから……。」
その言葉にランチェの金縛りが解ける。
一気に駆け出し、ミーナを抱きしめる。
嗚咽をあげ、泣き始めるランチェ。
それに呼応するようにミーナが泣きじゃくり始める。
「だったら、二人でやろ⁈
二人なら大丈夫…、きっと怖くないわ。」
ふと、脳裏にマ・カロンの心配そうな顔が浮かぶ。
師匠もきっと分かってくれると自分に言い聞かせる。
「私達で乗り越えよう。」
涙に濡れた顔でニコリと笑うと、ミーナが持っていた眼のような模様の赤い宝石のついたペンダントを奪い去ると、首からかけた。
「これで私達は同罪よ。」
ミーナは涙を拭き、心が痛むのを感じながら、ランチェの頬を指でなぞった。
「本当に、いつもバカなんだから……、知らないよ。」
「ええ、最後まで付き合うわ!」
友達でしょうっと言う言葉は微かに唇がそう動いただけで声にはならなかった。
今更、恥ずかしさが込み上げて、照れ臭くなってしまったから、誤魔化すように再び抱きしめた。
「ありがとう。」
ミーナは後ろめたさを感じつつも上手くいくと今更全て信じることにした。
二人は神殿に導かれるように近づいて行く。
神殿を守っている衛兵は黒霧で動けなくしてから、暗器の催眠ガスで眠らせた。
中に入っても警報装置をミーナの技でなんとか逃れることができたのは偶然も重なっての幸運であった。
ランチェの探知のスキルのおかげで目的の部屋の奥に隠し通路があることが判明した。
中には制御システムや装置があり、複雑な結界が張り巡らされていた。
そのため、扉の開閉などの障害となっていた。
「ここは私に任せて!」
暗器の聖剣を使った解除ではままならないのは承知の上でミーナが胸を張る。
ランチェはしっかりと頷いて、宝物庫の扉の前に向かって歩き出した。
扉が開くとすぐに中にある「精霊の笛」を持ち出さなくてはならないのだから。
ランチェが立ち去るのを待って、懐の中にある短刀のようなものを取り出す。
ミーナは短刀を見つめながら山越えに入る前に会った蛹化の言葉を思い起こしていた。
………………………
「良いか、其方のやらねばならないことは分かっているな。」
黒いコートを着込んだ蛹化が傅くミーナを見下ろしている。
「はい、どんなことをしても「精霊の笛」を破壊することでございます。」
ミーナの答えに満足気に左の口角を釣り上げる。
「ああ、何度も事前実験でやってきたことをすれば良い。
それ以外は不要だ。」
ミーナはやっと顔を上げる。
彼女は生まれついてからずっと蛹化のみに仕えるアサシンである。
蛹化の命令は如何なることにおいても実行しなくてはならない。
「例のお方からの贈り物だ、受け取れ。」
そう言うと手に持っていた棒状の物をミーナに向けて放り投げる。
回転しながら宙を舞う棒を膝を立てて危なげなく受け取る。
それは幾何学模様が描かれた短刀であった。
気のせいか、模様は命を持ち、脈動しているように見えた。
「これは?」
「その刀で制御室の魔法陣の真ん中を貫け!
さすれば、簡単に密約が果たせる。」
不気味な笑みを浮かべる蛹化を見つめながらミーナは頼もしく思っていた。
「はっ、御意に。」
「くれぐれも己の中の破壊石の存在を忘れるな!」
幼少の時、裏切りを阻止するために心臓の横に取り付けられたと言う足枷、破壊石。
ミーナは閣下に迷惑がかかるなら、死も厭わないと考えて来た。
破壊石を取り付けられた全く記憶にない。
優しい蛹化の姿を知っているミーナは規則だから厳しくしているんだと言う言葉を鵜呑みにして無条件に信じ切っていた。
千里眼も持ち合わせている恐ろしいお方だと知っている。
まさに鬼神である。
「さあ、後は今までの通りだ。
必ず赤い宝石、魔眼を渡す際にはランチェに付けさせておくように!」
「御意に。」
サッと蛹化は姿を消した。
魔法なのか、それとも全く違う力なのか分からないが、確かに蛹化は先程までここに居たが既にその存在や気配すら感じない。
ただ空間が静かに揺れていた。
………………………
手の中にある短刀を見つめながら、目の前にある複雑な結界を生み出している魔法陣の塊を視界に入れる。
全て、準備はできている。
静かに短刀を引き抜く。
本来刃がある部分には黒い幾何学模様が蠢いている。
しっかりと短刀を両手で握り直す。
ミーナにもこれがこの世のもので無いことくらいは分かっている。
自分がやろうとしている事が正しいとも思っていない。
「これでランチェと一緒に…、ずっと居られるのだから…。」
深呼吸をして、何度も幼い頃から繰り返し繰り返し行なってきた事前実験の通りに魔法陣の真ん中を両手で握り絞めた短刀でしっかりと確実に突き刺した。
短刀は手応えがない程に深く突き刺さる。
すぐに警護のための罠が反応する。
ミーナの両手は魔法陣から生み出された赤い拘束用の光の鎖により拘束された。
これ自体は予想の範疇でしかなかった。
しかし、ミーナが知らなかったのは…、知らされていなかったのはこの後の事だった。
何かが身体の中を波動として駆け抜けた。
ビリビリと痺れ、一気に身体の力が失われていく。
握った手から短刀へと光が吸い出されていく。
動く事もできない。
あっという間に光は吸い出され、意識が混濁していく。
短刀の先端から黒き幾何学模様が球体を作るように展開していく。
元々の魔法陣が次第に崩れていく…、いや、正確には喰われているのだろう。
薄れていく意識の中、ミーナは過去の断片を思い出していく。
「贄は必ず二箇所に……。」
白衣の後ろ姿が揺れて見える。
「そこは確実に。」
蛹化が傅いているのが不思議だった。
また意識が混濁する。
「………、だから……、聖剣は……持ち込めな…。」
言葉が聞こえる。
「混じり合えない………、消せ………!」
真っ暗だ。
でも、何かが揺れている。
光だろうか?
人なのかな?
本当に人なのかな?
バタっ!
いきなり視界が広がる。
天井が見える。
見たこともない天井を見つめながら、仰向けに倒れたことを知覚する。
頭の後ろが熱い…、血が出てるのかも。
冷静な判断をしているが体が思うように動かない。
顔をゆっくりと出口のある左に曲げる。
弾け飛んだ扉の向こうに誰もいない。
ランチェ、どこ…?
結界は既に幾何学模様に侵食され、暴走を始めていた。
左手を伸ばすが、少し地面から浮いただけで力なく落下する。
「ら、ランチェ…。」
騙されたのだと悟る。
いや、騙されている事は知っていた。
己もランチェのことを騙したではないか?
魔眼がないと「精霊の笛」は触れることもできない。そう聞かされていた。
ランチェでなくてはならない理由が分からない。
何故、私ではないのだ‼︎
嫉妬…、子供染みた感情の歪みなのか?
取り返しのつかない事をしてしまった。
これは望んでいたことではない。
制御装置がスパークを放ち始める。
幾何学模様の怪しい呪いが部屋を満たし始めていた。




