白馬の王子さま?
マチルダが再び目覚めたのは、地上がハッキリと迫った時であった。
「あ、ええええ、ヤバい〜!」
ジタバタしようとしてもガッチリと身体を拘束されていて動けない。
混乱するには十分だった。
「気付かれましたか?」
マチルダを護るように包み込んでいるカシミアがそう呟く。
もの凄い風圧の中、意識を保っていられるだけでも十分に常識を逸脱している。
「間もなく、地上に到着するでござる。」
「あれ、大丈夫、大丈夫なのかのぉ〜!」
まだ混乱が収まる様子はない。
「て、天使…、いえ、護りきれんかもしれませんぞっ…。」
「ま、まさか…。」
じっと目を閉じたまま、カシミアはふざけた目をしてはいるが、危機感で蒼白であった。
「身体硬化の術をこんな形で使ったことがござらん故…、成否が判断できござらん。」
三重に重ね掛けしたところで、減速しないでの雲の上からの降下は体験したこともない。
チラッと視線を地上に向ける。
もう街が見えて来ている。
確実に街中に被害が生じるだろう事は誰でも予想できる。
「ああ、こんな身空で…、白馬の王子様…、ダーリンに可憐な妾を抱いてメロメロにしてもらいたかったのぉ!」
瞳をキラキラさせる。
「心の声が完全に漏れてますぞ!」
マチルダのこんな激白はよくある事だが、時と場合を選べないから、呆れるしかない。
エーリアと共に戦いの中で夢見たのは、平和な世界と翼の生えた白馬に乗った王子様に抱かれる可憐な姫であった。
マチルダも本来ならば、ハイエルフの姫であっておかしくない立場であった。彼女の耳が普通人と変わらないのは、聖霊王の呪いだと聞かされていた。
マナの力を借りて、無限に使える魔法の力は聖霊王の血筋であると言う話を母あ様から教えてもらったことがあった。
ああ、今聖霊王の力があれば…。
街の屋根屋根がドンドンと迫って来ている。
恐怖が過ぎる…、ギュっと目を閉じて、衝撃に備える。
風の精霊、気まぐれシルフよ、妾たちを導いて給え…!
心の中で呟く。
身体が軽くなった気がした。
薄目に七色の光を微かに感じた。
こんな事で死んじゃうんだったら、もっと、もっと…。
身体にかかる衝撃、身体中を駆け巡る痛みに顔が歪む。
バリン、グワン、ギュアンなど複雑な音が反響を繰り返し耳の中に入って来た時に時間の流れがゆっくりと流れ始める。
思い出が…、あれ、カシミアが、カシミアの手が離れていく。
私の目に急に見えたのは、ホコリが立ち込めた室内、あの床に叩きつけられて、妾は…。
立ちこめたホコリの中に立つ人影。
あれは、妾の王子様。
ワイルドにたなびくロン毛の細マッチョ。
これは気まぐれシルフの最後のプレゼントなのね。
その途端にガシッと身体は急停止する。
立ちこめたホコリのせいで何も見えない。
妾は助かったの?
次第に視界は回復していく。
あれ、逆さになってない?
王子様とご対面…。
ゲッ、ブチネコ、それもぬいぐるみでは?
妾の足を握ってる…、す、スカートが…、変態じゃのぉ、変態のネコ〜!
「きゃ、わあああああああー。」
必死になって剥き出しになっているスカートを両手で掴んで持ち上げる。
今の状態をどうにかして、良くなることを求めて踠くが、スカートの事情は改善しないままであるし、悪化する一方である。
ジタバタした挙句、母あ様秘伝の必殺のかかと落としを叩き込む。
その瞬間、妾の中に何かが駆け抜けた。
焼け爛れた肉の匂い、渦巻く炎、泣き叫ぶ声など残虐なイメージが一瞬駆け抜けていった。
凍り付きそうな視線を感じる。
しかし、それを凌駕するほどの激痛が足に走った。柔らかそうな表面とは違い、アダマンタイト製の球体を蹴ったみたいな衝撃を感じ取っていた。
「うご、がぐぅ…!」
くぐもった声を発し、悶絶するほどの激痛を
味わいながら身悶える。
「あ、なんか、ごめん。」
突然に手を離され、重力の赴くままに自由落下を始める。混乱の上に混乱を上書きしながら、マチルダは王子様、本当に助けてと呟いて何もできることもなく床に頬からダイブすることとなるのでありました。