夜の見張り
夜になり、いつもの野営にて、順番で寝ずの番をするのにももう慣れてしまった。
そんなことを考えながら、マ・カロンはパチパチと跳ねる火の粉を火かき用の枝で薪を転がして静める。
探知の能力を発動しても、身近なものへの探知は外しているので、どんな寝相をしていようとマ・カロンは知る必要もない。
知られていると分かるとどんな騒ぎになるか分かったものでもない。
そう、もう孤独な旅ではないのだ。
仲間を連れての旅など、(監視者はいたとしても)今回がこの世に誕生して以来初めてのマ・カロンにとっては、むず痒い瞬間も多々あった。
訳ありの仲間。
神の使徒、大天使率いる天界からの使いとして、本来の自分を取り戻し、天界の刑罰を帳消しにする約束で「神殺し」を探すといった無謀な旅の任を押し付けられて以来、心を開くことなどありはしなかった。
逆らう事ももがく事も争う事も全て諦め、あるがままに生きて来た。
傷つく事も死ぬ事も神の理の通じる限りあり得ないマ・カロンにとっては、命を受け、赴き、聖剣を破壊する事の繰り返しなどは、大したことではなかった。
自分が誰で、何故寝るとほぼ必ず悪夢に苦しめられているのかなど真剣に考えるまでもなかった。
それが当然のように繰り返されていたからこそ疑問ですらなかったのだ。
悪夢か、記憶かも区別をつけられず、混同していたと言うわけでもない。
どこかで力は不要だと自分は心底そう考えていたのだろう。
それ以上に何も持っていない自分に何を問いかけても知り得ないし、天界は全く触れる事もしない放置プレイだ。
神により全解放された力を使って、やっとの事で、魔神などという神外の存在を打ち破った今となっては、打ちのめされるような新たな不安に怯えなくはならない。
「オイラのままで居続けられのかな?」
背中に守るべきものがいる今、弱音を吐く事もできず、毎夜、寝ずの番をしている。
静かな時間に僅かに聞こえる寝息を聞きながら、火の番をしている時が、確かに穏やかでいられた。
「ピ、ピピーッ!」
マ・カロンが韋駄天と呼んでいるレッサーバードが彼の側に近付いて来ていた。
レッサーバードは僅かな間とは言え飼育されていたため、全く火を怖がることがなく、本当に人懐っこい性格をしている。
薪を積み上げた上に座ったまま、マ・カロンは自然とレッサーバードの頬の辺りを手を置き、優しく撫でた。
「寝れないのか?」
「ピッ!」
韋駄天はマ・カロンの側に立ちながら、羽を数回動かした。
「いつもと同じ夜なんだがなぁ、不思議な感じがするよ。」
火を枝で突きながら、マ・カロンは旧友に話しかけるような調子で呟く。
「旅の連れ合いなんて、あのカエルだけだったし、オイラもこんな姿だから、まともな旅なんてした事もなかったんだ。」
火の粉がパチンと跳ねる。
炎に夜の闇が揺れていた。
「どうなるんだろうな、得体の知れないものが力の解放の機会を窺っているんだ。」
テントから寝ぼけ眼のマチルダがフラフラと出て来ると、闇の中に揺れるオレンジの灯りに虫のようにフラフラと惹かれていく。
「オイラはホント何なのだろうな?」
沈黙が緩やかに流れる。
「弱音と言えば、そうなる…、ずっと故郷の街を滅ぼし、炎の海の中で世界樹を叩き折る悪魔のような存在が自分のことだと思っていた。」
マチルダはその言葉で声もかけられないで木立の後ろで立ち止まってしまった。
すぐ側で深刻な表情を浮かべ、ただマ・カロンの後ろ姿を見つめていた。
「いつ、力の暴走を繰り返すのかも分からないそんな夢をほぼ毎日見続けてきた。」
マ・カロンの小さな背中がやけに遠く見える。
「でも、神は故郷の惨劇が父の行いで、オイラのやった事でない事だと、力に向かい合う事を迫り、その解放を迫った。」
マ・カロンの声は僅かに震えて聞こえた。
「あの時は仕方ないって思えたんだが、魔神を粉砕するあの力…、なぁ、魔神を超えた力だよな……、オイラはどうすれば…?」
ペロッとマ・カロンの頬を心配そうに舐めるレッサーバードに強張ったまま顔を上げる。
徐に楽しそうにマ・カロンも頭や顔をバカップルが戯れ合うように撫で回り始める。
マチルダはやはり声もかけられないでそのまま音を立てないようにテントに戻っていった。
カシミアとジョルジュは外の事には全く気にしないようにいびきをかいて爆睡している。
そっと自分の寝袋に潜り込んだが、眠れる気がしなかった。
実のところ、魔法の力を失った自分には新たな力を得たマ・カロンが羨ましくもあった。
しかし、肯定したくない力を得た恐れに気づかなかった己が恥ずかしかった。
力を否定することなど考えた事もなかったとマチルダはため息を吐く。
力の暴走で自分の手で自分の故郷を滅ぼす可能性なんて、考えもしなかった。
動機は知らないが、マ・カロンは父の力の暴走を止めたのだろう。
暴走した肉親…、友人…、果たして止められるのだろうか?
「妾はどうするであろうか?」
ポツリとそう呟き、混濁した意識の中、ぎゅっと目を瞑り寝袋に潜り込んだ。