数年のちに
熱帯地帯を越え、山脈に入ったのはもう何年前だったかさえ思い出す事が出来ない。
神々の嫌がらせもここまで来ると、恨み言も思い付かなくなる。
多くの世界が創り変えられることなく、無理矢理併合させられたため、不合理な大地が誕生したのがそもそもの原因である。
この地域の西に広がる大山脈は山脈を幾重に重ねた越えるに越えられない場所である。
さらにその西には灼熱の大地が広がっている。
流砂の海に囲まれた地域と赤々と燃え流れるマグマの海に囲まれた地域が共存し、其々には特有の生物も生きている。
彼女達が、どのようにその大地を越えたかは短く語ることはできないので、ここでは割愛することになるが、壮絶なものであった。
「ランチェ、あそこに洞穴あるよ。」
吹雪の中、視覚能力に長けた少女が後方を振り返って叫んだ。
聴力と嗅覚に優れたランチェと呼ばれた少女が洞穴の方に駆け出す。
その常人離れした加速で洞穴に入り込んでいく。
まさに一筋の矢の軌道が飲み込まれていくようだった。
暫しの沈黙の後、鬣のついた獅子のようなモンスターの顔が、洞窟の前に投げ出された。
「よっしゃ、寝床と食料ゲット!」
外で待っていた少女はるんるんと鼻歌を歌いながら、乙女走りで洞穴の中に消えて行った。
「ミーナ、皮膚は硬いけど、多分肉は柔らかいよ。」
子供のようにランチェは喜んでいる。
食べられるモンスターを見分ける能力もステータスとして持つことが出来たのは、彼女達にとっては幸運であった。
「私の力は加減の方法が上手くいかないから、洞穴だと危険でしかない。」
ミーナと呼ばれた少女は腰の袋から薪を取り出すと、指をパチンと鳴らし、火を起こした。
「火力はあるんやけどね。」
ランチェはモンスターの解体の準備をしていた。
解体するのもランチェの方が得意で、もっぱらミーナは暗器を使うため、瞬間的な爆発力はあるものの、未熟なせいもあるのだが、あらゆる事に加減が苦手であった。
「モンスター相手に加減が出来たら苦労はしないわよ。」
背負っていた荷物を下ろすと、焚き火に手を伸ばしていた。
この山脈には数多の種類の魔物がテリトリーを守りながら住みついている。
環境も考慮すれば、普通の商人や旅人には越える勇気も起こりはしないだろう。
魔物との共存を果たした国もあるそうだが、人畜無害な魔物は先ずいない。
動物と魔物の差は人それぞれ認識の違いはあるにしても、人に全く恐れを抱かない点は共通の概念ではないだろうか?
あらゆる可能性を考慮すれば、自ずと一番魔に魅入られ易いのだろう。
だが、人間そのものだとも言えるやもしれない。
少なくとも、二人の少女達が魔物を臆することなく何年もかけて、この山脈を越えようとしている事実は果ての目的が常軌を逸脱しているからに他ならなかった。
「もらった地図だと、晴れていた時に目の前に見えていた山脈が最後みたい。」
ランチェはそう言いながら器用に肉を輪切りにして、簡易の肉焼き機に突き刺した。
その肉焼き機を肉ごと受け取ると、ミーナは火の真上に肉焼き機を設置した。
クルクルとゆっくり肉を回しながら焼き始めた。
するとすぐに香ばしい美味しそうな匂いが立ち込め始める。
「だとしたら、今の吹雪が止んだら、速攻で山越えだね。」
ミーナは肉汁が滴り落ち、香ばしい香りが更に広がるたびに表情を柔和させていく。
「美味しい魔物ともお別れね。」
呆れた顔でミーナの横顔を見つめている。
慣れたとは言え、素っ飛んだ発言をするミーナには驚かされるばかりだ。
でも、思い返せば、辛い日々を乗り越えて来れたのも彼女のその明るさと無鉄砲さのおかげであったことも確かである。
只管ただ逃げ続ける旅。
でも、そんな日々ともお別れが出来るかもしれない。
噂のアクアガーディアにある伝説の秘宝、その力を得さえすれば、必ずや手に入るであろう自由と言う甘美な幸せに酔いしれるのならば……。
その後、ミーナはどうするのだろう?
私たちの関係性は現状すべて同じ目的を目指す同行者だ。
自由を得た瞬間、その関係性はどうなるのか?
「消えて無くなるのかな?」
ランチェは肉を輪切りに切る手に力を込め、消え入る声で呟いた。
パチパチと弾ける肉汁の焼け消える音が全ての音をかき消している。
仮初の関係とは言え、僅かでも共有できるこの感覚をこぼさないようにランチェは全身に神経を行き渡らせていた。
今肉の焼ける香ばしい香りを吸い込むことが二人の共有の大切な時間であった。
鼻をくすぐるその香りが永遠にさえ思えるように。




