気まぐれシルフ
その光景が如何に悲惨であろうとも魔法参謀マチルダは見つめるしかなかった。
ただ何も出来ない事に打ち震えているだけ。
ほんの僅かな間でも、彼を救い出せた奇跡など最早存在などしないかのように絶望が目の前に展開している。
いや、立て続けに起こる奇異に感情など既に崩壊している。
いくら絶望が脳内を,身体中を支配していても、自分の不甲斐なさへの怒りが唯一マチルダの心が屈することに踏みとどまらせていた。
何が魔法参謀なのだと…。
彼女の今まで誇りとしていた魔法は全てこの空間では存在することすら許されはしない事は分かり切っていた。
ここは理から外れた世界。
理を着実になぞる魔法は及ばない。
今のマチルダにはそもそも魔法がどうして使えていたのかすら分からなくなっている。
自分から魔法を奪ると何も残らない。
力が欲しい。
せめてマ・カロンを救い出すくらいの……。
師従関係があるとしてはいても、直接自分の手で助けることは叶わない。
「妾はやはり無力…。」
無意識に震える手で襟のラインをなぞった瞬間、指先に触れた感覚にハッとなる。
左襟につけていたあの七色の花飾り。
これはエーリアが私にくれたもの…、精霊の御加護があると言う…、ひょっとして…。
彼女の母親が言っていた口癖、友を信じ、感謝し、生きとし生けるものを尊び、敬いつつ、そして……、そして、願わくば精霊のご加護があらん事を!
マチルダはさっと七色に輝く花飾りを外すと、母に教えられた精霊に捧げるため唄の旋律を詠唱し始める。
「清き水よ、澄み切った空よ、古よりの盟約に従い、刻を越えても輝きを放つ聖なる神霊の水面に写る自らの姿に誓いて、今まさに精霊のご加護があらん事を!」
両手のブレスレッドが鈍い光を放ち、詠唱に共鳴を始める。
しかし、何も発動しない。
精霊の御加護があると言うなら、精霊魔法は使えるのではないのか?
間違ってる?これではないの……、他にマチルダが知る精霊に関するもの……、気まぐれシルフへのお願い……、あれは母あ様が語ってくれた童話…。
今はこの世から消え去ったルーン文字で描かれた物語の一説を心の中で唱える。
気まぐれシルフが語られた物語。
「御風にあるは母なる息吹
大地を山河を縫ふ御霊の羅針
移り気に御霊の赴くまま
心を繋ぐ風の調べ
永久の世を結ぶ叡智を渡る
古の御風の導き。」
ブラウンの髪の毛は言葉を唱える度に次第に金色へと変色していく。
精霊の王がシルフに語っているように言葉にも力がこもっていく。
辺りを取り巻く粒子や光が徐々に花飾りへ収束していく。
花飾りが次第に形を整え、開き切ってはいなかった薔薇が美しく咲き誇っていく。
金色の髪に変わったマチルダは少し成長して全くの別人のように大人びた肉体で遠くにいるマ・カロンに手を伸ばしていた。
薔薇はマチルダの掌から浮かび上がり、次第に宙を泳ぎ、薄っすらと光を帯びたままに、ゆっくりと回り始める。
「精霊よ、彼を、マ・カロンを救って!」
と更なる言霊を乗せる。
カッと目を開き、失われた力を唱える。
「アーウォラート(英雄帰還)!」
左目には星が舞うように描かれた流星紋が浮かび上がっていた。
薔薇は七色に光を激しく放つ。
思いを乗せ、真っしぐらに飛んでいく。
虹色の光は暗黒色を放つスパークの中に飲み込まれる。
その刹那、ビシッ、空間に亀裂が走る。
スパークから七色の光が溢れ始める。
溢れた光を浴び、魔神が握り締めていた尻尾は粉々となり空閑に散り去る。
決壊の勢いで、マ・カロンは吹き飛ばされた後に大地に叩きつけられたように見えた。
七色の光は優しくマ・カロンを飲み込む。
地面につく寸前で静止していた。
盾となり、その場で光り続けている。