夢か、辛い記憶か?
全てが炎の中にあった。
激しい業火が見慣れた故郷の風景を絶望へと変えていた。
逃げ惑うものたちの群れは、あの黒き魔神により血祭りとなっていく。
対抗する力もなく、力に酔いしれる黒き魔神により一方的に蹂躙される。
逃げ惑う人々は泣き叫び、または命乞いをしている。
しかし、殺戮は止むことはない。
口から吐き出される暗黒の炎、玩具のように人々を引きちぎり、噛み砕き、吐き捨てる。
それは全てが力の証明でもあり、更なる力の高揚へとつながるのだから…。
止めてくれ!
止まれ!
叫んでも嘆いても力を欲し、力に飲み込まれたものはその制御装置もすでにないに等しい。
老婆が半分に無惨に千切れた娘の遺体を抱き締めながら泣いている。
だから、駄目だ。
叫びは空を切る。
虚しく焦土と化す世界に響くことはない。
恐怖が体を駆け抜ける。
左手の赤黒く染まった武器に力を込める。
どうすればいいか?
力なんて不要だ。
何故、こんな力を…?
魔神は右の拳でこの地の中心にある世界樹を殴り、崩壊させようとしている。
既に精霊は消え失せていた。
止めてくれ!
殺してくれ!
初めて神の御名を呟く。
しかし、解放された魔神の力は最早充分に神をも凌駕する。
暗黒のスパークを放つ炎が大地から噴き出される。
絶望なる世界の崩壊の軋みが業火のうねりに混ざり合う。
恐怖と戦慄の中、目覚める。
この世界にネコのぬいぐるみとして誕生して以来、
定期的に見る悪夢、生々しく骨身に染みる脆くも儚い夢、もしくは辛い記憶。
「神の小言の方がマシだ。」
手が僅かに震えている。
「時間でふぅよ、さあ、出発するでふぅ!」
帽子かけに掛けられたカエルのペンダントが起床ラッパのような口になって叫ぶ。
廃村の子供部屋を寝床にしていた二人は、次の指令を受けていた。
気が向くとか向かないとか関係がない。
天界からの司令に従うしかないのだ。
起き上がり、心の中で呟く。
「オイラは罪人だからな。」
心に繋げられた不可視の鎖がジャラリと重く鈍い音を立てたように聞こえた。
あるがままを受け入れ生きるしかないネコのぬいぐるみは勢いよくベッドから飛び降つ。