竜の住む森
魔の森を抜けて、瘴気の谷の境界線までバッカルガムの将軍率いる軍は到達していた。
どんな仕組みか未だに解明されていない。
とは言え、魔の森と瘴気の谷を仕切る岩場のおかげで谷の悍ましい瘴気が外に溢れ出ることはなかった。
鍛えられていない捕虜や犯罪者を軍と共にこんな場所でも卒なく連行できたのは輸送大ムカデと言う存在あってのことであり、偉大な貢献と言えよう。
瘴気に強い性質の輸送大ムカデのおかげでこの谷までロスなく進めたのだ。
「皆のもの、将軍閣下からのお言葉である。
尊び拝聴せよ!」
将軍の腰巾着の黒眼の大臣の威圧的な言葉に場は一気に凍りつく。
将軍は巨大な機械仕掛けの象の形状を模した機動要塞の上から睥睨する。
ついにこの時が来たのだ。
「諸君、この忌まわしき地に再び訪れ、我と我同胞の積年の恨みを晴らす機会を得た。
これは最後の聖戦である。
り
最後に勝利を掴み取るのは我らバッカルガムの民である。」
大地が割れんばかりの地響きを起こす歓声が湧き上がる。
心は一つという事。
サッと将軍が大鉈を持ったままの左手を天に振り翳す。
その威厳に地響きが一瞬にして止む。
空気が緊張感でピリピリと張りつめている。
高々と突き上げられた大鉈は鈍い光を放っている。
その禍々しい力強さに目撃した誰もが魅了されていた。
グッと更に力が込められた途端、大鉈は振り下ろされた。
恐ろしい程の気の塊が一瞬にして解き放たれ、目の前を覆っていた瘴気を消し去った。
その出来事はゾクゾクと兵の心を震わせ、その結果で彼らの高揚を一気に頂点に導いた。
誰もが勝利を確信した瞬間だ。
「いざ、進軍‼︎」
再び振り上げられた大鉈が進軍する行方を指し示すと、再び地響きが起こり、進軍が開始された。
その音を、声を大ムカデの背中の牢獄により聞くこととなった被害者にとっては、耳にする一つ一つの事がただただ恐怖でしかなかった。
当然、今から始まる事が自分達にとって決して幸あるものとは考えられないからである。
それでも騒ぎ立てても逃げ出す事ができない諦めが彼らの中に充満し過ぎていて、啜り泣きすらする者もいなかった。
受け容れられない絶望と付き合う事ができるものなどいない。
何が起きても抗えるだろうかと、不安で身を焼かれるばかりである。
いや、受け入れ難い恐怖はもう思考すら放棄させていたに違いない。
「やはり餌と言う事なんのじゃろうのぉ。」
不愉快そうに魔法参謀マチルダは呟く。
何時もの杖だけは出したものの、依然として、村長の娘ルックのゴスロリファッションに身を包んでいた。
気休めにしかならないことは承知の上で、杖にすら縋らざるを得ない。
ただ、普段は着られないちょっとオシャレな服を着ていることには満足感はあるようだ。
有り体に言えば、現実逃避の一種である。
「多分、よく文献にもあるヤバい竜に生け贄を与えるのを実演するのでふぅ。」
考え深げにジョルジュは呟く。
「身も蓋もない話じゃのぉ。」
眉間にしわを寄せても、その幼い顔には迫力など宿るはずもなかった。
「竜が邪悪だと言う証拠もござらん。
案外引き篭もりの竜かもしれんでござる。
この可憐な武闘派乙女が断言するでござるぞ!」
ガハハハと笑いながら、未だ鳥のモモ肉の燻製を美味そうに食べているカシミアがはち切れんばかりのメイド服に身を包んだままの状態で言う。
「それはないでふぅ!」
「それはないのぉ!」
と同時に否定されて直後は僅かに硬直したが、本質的には竜に対しては前向きなので、あまり気にしていない。
「そんなもんでござるか?」
口笛でも吹きそうな気楽さを見せながら、全くとぼけた自称「武闘派乙女」。
竜に関しては究極と言っていいほどの楽天家である。
揺れが僅かながら大きく、ゆっくりとなる。
慎重に進んでいるのが否が応でも分かる。
もう安全なところではない証拠である。
再び少しずつ辺りは薄暗くなっていく。
寒々しく、不快な感覚も伝わってくる。
「既に尋常ならざる者がおる気配じゃのぉ。」
魔力の宿った宝珠の散りばめられた杖を手に魔法参謀マチルダは身構える。
「魔法が使えなくとも…。」
心なしか肩が震えている。
ジョルジュも既に使えそうな神具を天界の倉庫と直結させて幾つか取り出していた。
それをマチルダが三つ、カシミアが二つ持っている。
ジョルジュのその不正アクセスでの取り出しも最高六つが限界で、戻さない限り次を取り出すことは叶わなかった。
「邪悪な力でふぅ…、でも、何かがおかしいでふぅ?」
ジョルジュにしては、煮え切らない表現にマチルダも訝しげに外に目をやる。
紫色の怪しげな霧が外に湧き出し始めている。
このままでは牢獄の中に入り込んでくるのも時間の問題であろう。
「何がおかしいのじゃ?」
さり気なくジョルジュに目線を戻しても、意識は散漫となり、チラチラとやはり外にも注意が向いていく。
「未完成といふぅか?
強い意思がない感じでふぅ?」
ジョルジュ自身も全く理解出来ないように目を閉じる。
そうして、溜息のような不思議な音色を奏でる。
「未完成?
何が…、どう言う意味かのぉ?
未完成の邪悪な竜と言うことかのぉ?」
マチルダの疑問にカシミアはいつもの明るさで振り返る。
「そうだ、某の武器もそろそろ出してくれんか、ジョルジュ。」
あまりにも能天気な口ぶりに少しキョトンとした顔のジョルジュが慌てる。
いつもの卒の無さが消え、不用意にカパッと口を開いた。
勢いがつき過ぎて出す予定もない余計な武器もガラガラと口から流れ出す。
「あ、ストックの武器の10分の1くらいが出でしまったでふぅ。」
失敗でふぅと、ごまかし笑いを浮かべる。
口から出た武器は小山を作り、牢獄の半分はそれで埋め尽くされていた。
「ちょっと出た量ではなかろうのぉ。」
身軽なマチルダはカシミアの肩の上に乗り、災難に巻き込まれるのを回避していた。
偶然に通りかかったら、肩に担いだ人形で腹話術でもしているように見えるかもしれない。
もしくは呪いの人形の独り言。
「自分のを探すでふぅ。」
ジョルジュに即されて、カシミアは目移りする程の量の武器を確認していた。
持ち上げて気に入れば、左に移し、気に入らないなら、ジョルジュの目の前に差し出しさえすれば、光になって吸収されていく。
暫くその単純作業を繰り返していた時にふとカシミアの手が止まる。
その手に持っている武器は歪な形をしたバトルアックスであった。
片刄は普通のバトルアックスの形状である。
もう片刄はバスターソードのような剣を思わせる形状の刃になっていた。
その美しい流線形のフォルムがあからさまに平仮名の「ゆ」を連想させる。
「あ、こんな所にあったでふぅか?
整理してた棚が倒れてから、分からなくなってたでふぅ。」
嬉しそうに目がピカピカ光っている。
「美しい…。」
もう完全に一目惚れして夢心地で爆走中のカシミア
「これはれっきとした…、アレ?
思い出さないでふぅ…。
でも、このアックスに切れないものがないと言われる「破斬のバトルアックス」でふぅ。」
ちょっと間があって続ける。
「確かに妖刀ではなく、持ち主を自分で選ぶタイプだったはずでふぅ。」
言っているジョルジュもハッキリとは思い出せないのか首を傾げ、断定出来ないようだ。
「持ち主を選ぶとな?」
「そうでふぅね、確か…。
マニュアルには、こう書いてるでふぅ。
えーっと、まず剣が美しくて仕方なくなり…。
刃先を見つめ始め、数回振り始め…。」
カシミアは無言で立ち上がり、刃先を食い入るように見つめている。
バトルアックスをすっと突き出し、身構える事なく数回振ってみる。
「あ、その後、バトルアックスの竜の紋章にはめ込まれた宝石がキラリと光り…。」
バトルアックスの両刃の真ん中に真円の窪みがあり、その中に今にも襲いかかってきそうな龍が彫り込まれている。
その竜の目にはめ込まれている赤い宝石が怪しく輝く。
その後、宝石はエメラルドグリーンに変色する。
「宝石の色が変わるでふぅ。
……、すると額に持ち主を認定する模様が…。」
視線が虚ろだが、瞳がガッと見開かれる。
額がぼんやりと光り、竜を象った模様が浮かび上がる。
そうして、バトルアックスからキラリラリンと心弾むようなメロディが流れた。
「浮かび上がり、承認終了だ、そうでふぅ。」
一挙手一投足を見つめていた二つの目線がゆっくりと交差する。
「認証されたみたいじゃのぉ。」
「残念でふぅが、そ、そうでふぅね。」
そして、再びカシミアの顔を見つめる。
先程の無表情から愛玩動物に溺れた恍惚の表情に変わっているのを見てしまった。
そして、その光景を見たものは恐怖した。




