天守閣の罠
「早くしないとやばいな。」
関わっている奴らの得体が知れない上に「神殺し」まで存在しているとなると、厄介以外の他はない。
とても焦っている空気がこの場内に満ちているのも不気味だ。
慎重に天守閣より城内に入る。
やはり人の気配はない。
城下を彷徨っていた影らしきものの気配も今は感じ取れない。
だからと言って当然油断しているわけではなく、察知能力をフルスロットルしていた。
「ヤツらは人じゃねえから、気配で分かるかどうかも不明だしな。」
背中から「孫の手」と言う神の言葉も彫り込まれた奇妙な武器を抜き出し、ギュッと握りしめ後ろ手に構える。
コテコテの忍者ルックは世界観的には適合しているが、どう見ても浮いた存在でもある。
現在装着しているゴーグルは赤外線でも、紫外線でも捉えることができるオーパーツだ。
どんな状況でも闇の中でも形あるものを捉えることができるジョルジュの持ち物だ。
空間の歪みすらそこにはない。
不気味なほど、不自然だ。
仕掛けてくるなら、物理的な障害のある場所であろうと考えていた。
敵はマ・カロンの身の動きを確認したのだから、確実に始末するには閉鎖空間での一斉攻撃しかないはずだと。
マ・カロンは聡い虚無に見つかったのだ。
警戒されて罠を貼られて当然と思いつつも忍び込んでいる。
全くもって何の気配もしない。
これでは罠の中に飛び込むつもりで忍び込んだ甲斐がない。
天守閣は手入れをされている割にあまり活用されていないのか、埃もなく使用された形跡も見受けられないほど綺麗なままである。
この城の主人が使わなくなった…、否、使うものがいなくなったから、使われていないのだろうと、マ・カロンは推測した。
王や殿様が先陣を切って戦う事態があったと考えると、実に物騒な話である。
しかし、この雰囲気から察するに、この城ではそんな悲劇が起こったのだろう。
整然とし過ぎていて、まるで封印でもされているかのような空間の中、踏み出す一歩毎に埃も塵すらも舞うこともない。
少し湿気が籠ってはいて、隙間もないのか全く光が射し込む事すらない。
僅かなカケラも月光を受け入れることもない闇がしんしんと続く。
実に丁寧で綺麗に保存されている。
故人は尊ばれていた証であろう。
慎重に、それでも可及的に速やかにマ・カロンは奥へ進んでいく。
襖を開けると中央には、大きな荒々しい鎧が飾られていた。
和洋折衷な兜はヘラクレスオオカブトのような角が生えた鬼面であった。
黒っぽい筋骨隆々な容姿の鎧に豪華な和風装飾の小手がつけられていた。
前垂れは横綱の化粧回しの如く、覗く足は完全防御のフルカバーの甲冑と変わらなかった。
身体が導かれるように吸い込まれていく。
その刹那、気配を見せなかった何かが通り過ぎたかのようにふと空気が歪んだ。
マ・カロンは魅せられたように更に一二歩中に踏み込んでいた。
灯った鎧の目が赤くユラユラと揺れる。
襖が勢いよく閉ざされる。
空気が淀み、空間がうねりを始める。
閉じ込められた!
「まあ、そう来なくちゃ、な。」
鎧兜が重々しく立ち上がるな否や、右側にディスプレイされていたあった大槍を掴み上げる。
カハァと口のあたりから漏れる薄暗い緑のミストが命を漏れ出しているかの如く妖しく唸り吐き出される。
両手で槍を構えると、マ・カロンに向け、何の躊躇もなく瞬間移動のような速度で突進してくる。
が、「孫の手」にて、軽々と正面から受け止められる。
勢いを止めるのには成功した。
でも、襖の寸前まで押し切られる。
大槍を巻き取るように「孫の手」で絡め取ると、すぐさま槍を薙ぎ躱し、ジャンプ一閃、飛びかかる。
上段の斬り付けは槍じりで跳ね返したが、体勢を崩し數歩後退する。
着地と同時に畳を蹴り前方にダッシュ!
居合抜きのように斜め下から切り出された「孫の手」により鎧の下半身の一部と兜の下半分は粉々に吹き飛ばされた。
それとほぼ同時に瞬間移動のように引き下がりながらも同時に残像を残し鎧は元いた位置に移動した。
そして、完全に停止する。
壊れた兜の下には緑色の怪しげに蠢く靄が流れ出ていた。
「く、傀儡って事だな。」
「孫の手」の肉球セレクトを伸びすぎた爪モードに切り替えて、床に落ちている下半身から溢れ出た怪しげな緑のミストを突き刺した。
感触がない。
液体でもゲル状態でもない。
そうして、マ・カロンも元いた位置にて臨戦体制のまま呟く。
右腕には得体の知れない痺れが残っている。
いつの間にか床に散らかっていた破片は消え失せている。
鎧の破壊されたはずの下半身は元の鎧下で複製されている。
しかし、不完全な再現はジグソーパズルのパーツをはめ込んだように一体化からはかけ離れたものであった。
畳二十畳ほどのこの空間で睨み合う両者には不気味なほどの静寂しかなかった。
先に動いたのはやはり鎧兜。
マ・カロンも姿勢を低くして構える。
槍をドリルのように回転させて会心の突きを狙う。
「孫の手」を伸ばして、糸を紡ぐが如く絡め取るように掬い上げる。
その際に起こる火花で辺りがオレンジ色に染め上げられる。
いなされた槍は天井に当たり、砕けると思った瞬間に虚空へと消えいく。
同時に鎧兜は意識を無くしたかのようにバラバラに崩れ去る。
振り上げた「孫の手」のやり場に苦慮していると、体が波打つようにマ・カロンはバランスを崩す。
いや、それだけではなかった。
畳の上に押し付けられるような圧力を急激にま受けたかと思うとすぐに弾けるように天井に打ち付けられる。
何が起こったのか思い至らない。
重力を操るのか?
あまりの圧力に直ぐには身動きがとれない。
何がどうなっている?
思考が一気に可能性を弾き出す。
上昇している、否、今落下し始めた。
そう気が付いた時にはもう遅かった。
体勢を立て直す余裕などない。
完全に閉鎖された空間は、槍が虚空に消えたことを切っ掛けに部屋ごと一旦上空に持ち上げられ、直様叩きつけるように下へ投げつけられたのだ。
状況を理解したが、手遅れであった。
ものすごい音と共に城の底に叩きつけられ、圧力で押しつぶされた嫌な音が不吉な鐘の音のように都市に響き渡った




