プロローグ第二
もう一人の主役の登場です。
外の喧騒など無縁なほどにその空間は静まり返っていた。
周りには直接光を取り入れる仕組みは存在していない。
円卓が据えられた部屋には、間接光しかなく、壁の下、中段、上方に弱い光がボンヤリと周辺を照らしていた。
決して、暗闇の中にあるわけではないが、この会議室兼執務室の中に初めて踏み込んだものは深い闇の圧迫感を感じざるを得ないだろう。
その中に全身を黄金色に彩られた装束に包んみ、ウェーブしまくった長い銀髪の少女のシルエットが浮かび上がっている。
全くと言っていいほどに微動だにもしないためにただの人形ではないかと錯覚する程に静寂を保っている。
そこにノックの音が響く。
「入りなさい。」
冷たい声が静まり返った部屋に響き渡る。
薄らとした光を放って、扉が静かに開かれる。
「座りなさい。」
声の主の前にあった椅子が薄らと光って静かに座れるような空間を空ける。
扉の向こうから小さな影と大きな影が部屋の中に吸い込まれて来る。
用意された席の前に立ったのは、児童というくらいの大きさの人間であった。
先の尖った山高帽を被り、堂々とした態度で椅子に腰掛け…、られないで滑っていた。
そう、この部屋の円卓は脚が長い。
普通の人ならば、テーブル面のテッペンくらいは見えるかもしれないが、かの人のように小さいものには巨人の食卓に登るようなものであろう。
モタモタ、ジタバタしていることを見かねた後から入って来た大柄な人物にさも当たり前のようにひょいと持ち上げられると、暫し駄々を捏ね、少しジタバタと手足を動かしていたが、最後はクレーンで吊るされた景品の如く、無事に椅子にセッティングされる。
「今日来てもらったのは…。」
取り立てて、繕うことなど何もないように巻毛の人物は話し始める。
何事もなかったかのように山高帽を被った児童のような少女は、澄ました顔でその声の主を見つめる。
これからお気に入りの料理を食べる子供のような仕草にすら見える。
微かに後ろの大柄の人物がため息を吐く。
「ある者と接触し、この王都まで連れて来てもらいたい。」
「えっちゃん、誰に会うのじゃろうかのぉ?」
その可愛い声や容姿とは違い、オッさんのように曰う。
「これ、まあっちゃん、もおぅ、今は執務中だに…ですよ。」
先程のクールさがウソのようにゆるゆるにツッコむ巻き毛の少女。
「妾たちしかおらんのだからのぉ、堅苦しい所作は不要,不要!要らんじゃろうて!」
まあっちゃんこと、マチルダはそのトレードマークである山高帽をとって、放り投げるように隣の椅子に掛ける。
くるくると帽子は隣の椅子の突き出たポールの上で数回回って止まる。
一方、えっちゃんこと、エーリアもふやけた笑みを浮かべる。
「それよりもトランプでもやるかのぉ?」
ポケットを漁っているようだ。
「会議だに…、会議ですよ。」
出来るだけ平静を演じようとエーリアはニヤける顔を元に戻そうといつもよりも強めに言い放った。
「それとも、えっちゃんも大好きな騎士と姫ごっこでもやるかのぉ。」
全く気にも留めないようにニヤニヤしながらマチルダが呟く。
それに対して、耳まで真っ赤になるが、すぐに冷静な対応で切り返す。
「好きでも、今は大事な事があります。」
「ノリが大幅に欠乏中じゃのぉ〜。」
マチルダがスッと右手を目の高さまで上げると、テーブルの真ん中にセッティングされているお菓子が薄く黄緑に光る。
目の前に置かれたお菓子の山から目当てのお菓子を絶妙なコントロールで浮遊させる。
浮遊したお菓子は躊躇う様子もなく速やかにマチルダの右手に収まった。
「仕方ないだに…わねぇ。」
ごほんと咳払いをして、頬を赤らめるとエーリアが続ける。
「緊張感がないわ。」
お菓子に躊躇いもなく食い付くマチルダに仕事モードに戻っていてもエーリアも二人きりの時にしか見せない柔和な表情を浮かべる。
二人は何時もの幼馴染みに戻る。
マチルダもエーリアも魔法大国ヴィンスランドのエリートである。
魔法力では、マチルダ!
魔法理論では、エーリア!
と、名が通っていた。
そのずば抜けた力が二人を若くして、実力と名声をもって、魔法大会議のトップにのし上げていった。
魔法参謀のマチルダと魔法最高議長のエーリアは見かけの幼さとは違い、その能力は突出している。
特に魔法における軍略と戦闘力では、この国ではマチルダに及ぶものはいない。
それでも何百年にも及ぶ内乱の平定後にマチルダが魔法参謀に就任して以来、戦などほとんど行われたことがなかった。
他国の紛争を食い止めるために数回出向き、無事にその任務を遂行している。
エーリアもその辣腕ぶりから、魔法大会議が定着して以降、この王国では全く問題など生じることもなかった。
この国の国会に当たる魔法大会議での二人の活躍は国民に平和と秩序をもたらしていた。
「で、目的は何かのぉ?」
全く地面に届かない足を椅子の間でプラプラと揺らして、ガツガツと口にお菓子を詰め込みマチルダが呟いた。
「それがね…。」
さっと、魔法通信最新号を懐から取り出し、マチルダに差し出した。
魔法通信最新号はフワフワと宙を舞いながら、マチルダの前にゆっくりと着陸する。
エーリアから差し出された魔法通信最新号には、付箋があり、「ここだに♡」と可愛らしい文字で書かれている。
マチルダはその付箋の貼ってあるページを躊躇う様子もなく開く。
見開きにはミラーボールのような衣装に汗だくで踊るカバのマスクを着けたセクシーな魔女が踊っている姿が描かれている。
「あ、カバたんではなく、隣のページだに。」
カバたんというのかと馬鹿な雑念に囚われつつ、隣のページに目を落とす。
「え、マジかのぉ?」
「紛れもなく、マジ…、その通りです!」
二人のやりとりはやはり緊迫感に欠けたお遊戯でしか見えなかった。
「本物だと…、思う?」
しかし、どこか自信なさそうに聞こえた。
「いや、有り得ないと思うのぉ、妾は。」
しかし、心の奥底では、エーリアの持つ恐るべき直感力の事はよくよく知っている。
ただ、心の中にある経験値が疑心暗鬼により揺さぶり上げられている。
「もう、コンタクトは取ってあるわ。」
日向ぼっこのお婆ちゃんのような姿勢からは想像できないほどの柔らかな身のこなしでテヘペロをするエーリア。
頭をガシガシとかいて、あーああああああと声を上げて、マチルダが応える。
しばらくテーブルの上でもがいた挙句、頭がパーンと破裂したようになって、僅かに固まって、プシュッと空気が抜けたように脱力する。
従者も、いつもの事なのだろう、さして反応するわけでもなく、大きな盾を杖代わりにして立ち尽くしている。
「分かったのじゃ、この目でしかと確かめて来いという事じゃな!」
その言葉にエーリアはやんわりと微笑んだ。
「英雄、いえ、彼はきっと救世主になるわ。」
いつもの「世界が歪み始めている。」かとマチルダは諦め顔になる。
「もう、気まぐれシルフには、敵わないのぉ。えーい、明日出発するのじゃ!」
身を反り、天を仰ぐ。
暫しの沈黙が流れる。
シーンという状況音が聞こえてきそうな静けさが支配する。
どこからか鳥の囀りが微かに聞こえてくる。
「で、じゃ、どこに行くのかのぉ?」
そのマチルダの困った顔に、エーリアは只々破顔するのであった。
ここでプロローグは終わり