トイレ前
「知らん、知らんのじゃ!」
依然として日課のトイレ掃除をしているマチルダが叫ぶ。
マ・カロンはトイレの入り口の前で壁にもたれ掛かり、しっかりと腕を組み、その言葉にガッカリしていた。
「聞いたこともないのぉ!」
ピカピカになるのが楽しいのか、嫌々掃除をしている風でもない。
更生したかと、ふとマ・カロンは心の中でつぶやく。
「幾らなんでもあそこにある大図書館の書籍や書類を全部知ってるなんてありゃせん。」
掃除用具を片手に大袈裟なジェスチャー付きで大図書館の大きさと書籍類の蔵書の数を表現しているが、マ・カロンは全く見ていない。
「兎も角、よう分からんのじゃ。」
ハアハアと肩で呼吸を調整するほどに懸命にジェスチャーした後、マチルダはカラカラに乾いた声でそう呟いた。
その大図書館に何かがあるのかと推測しながらも、伝承の可能性も考える。
「ひょっとして、あんたの友達の…。」
「えっちゃんのことかのぉ?」
キョトンとした顔でマチルダが尋ねる。
「えっちゃん?」
そんな名ではなかったぞとマ・カロンが聞き返すと、マチルダは大慌てで説明をする。
「えっちゃん…、長い間友達じゃったからのぉ、エーリア・フォン・グラファムという名じゃった、はははぁ、ドンマイじゃ、妾。」
エーリア、ヴィンスランド王国を統べる大魔導師の名と言っていたなとマ・カロンも思い出していた。あの時、ジョルジュがなんか言ってたが、全く覚えていない。
それほど重要な事だ思いもしなかった。
その大魔導師なら、何かを知っている…⁈
会いたがっていた理由はそれだったのか?
それでは辻褄が合わないのではないか?
会いたがっているなら、何故本人が来なかったのか?
オイラと会うことで事態が変わると予測したのは、何故だ?
今までの事は偶然ではないのか?
大きな意志が働いているというのか?
後ろに何かいるのか、それとも……。
いつの間にか薄気味悪いゲームに勝手に参加させられているってか?
あまりにも漠然とし過ぎている。
精霊の力を有したブローチを持っていたのも偶然でないとしたら…。
おかげで助かったのだから、文句がある訳ではないし、そんな資格もないだろう。
そんな神々の悪戯のような駆け引きよりも国を離れらない別の明確な理由があると考えるのが妥当かもしれない。
マチルダとは全く違う智略家という事だ。
やはりヴィンスランド王国に行くしかないってことだ!
「あらぁん、マチルダさんのうんち待ち?」
品々と魔法医が声をかけてくる。
「あ、ま、そんなもんだ。」
適当に返すマ・カロン。
トイレから猛スピードで掃除用具を握りしめたマチルダが飛び出して来る。
「掃除なのじゃ、そ・う・じ!」
顔は赤鬼のように真っ赤になっている。
「本当にぃ?」
意地悪そうにニタニタする。
「この格好で、う…、うん…、うんちのはずがないのじゃあああああ!」
更に顔を真っ赤にしてカクカクと動きながら反論している。
「なら、連れションなのぉ〜ん!」
この魔法医、マチルダのからかい方をよくわかっているなあとマ・カロンは感心していた。
そうして、このバタバタコメディが終わるのは、魔法医が飽きるまでだなとため息を吐く。