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06.ささやかな願いすら叶わない

 小さな集落を全滅させ、炭の山を築く。繰り返せば気づくはずだ。勇者が、先代魔王ナベルスを滅ぼしたから、魔族が報復に出ているのだと。


 勇者は特別な職業で肩書きだ。この話は父から聞いた。名乗ることを許されるのは、当代一人だけ。神の神託を受け、神殿で認める儀式がある。不思議なことに勇者になると、その能力が底上げされ強くなるようだ。


 父は忌々しそうに呟いた。


「人族についた神は情けを知らん」


 あの言葉がずっと耳に残っている。魔族は己の領地や種族を守るために戦うが、他所へ侵略することはなかった。人族の領地を襲撃するのは、そこが本来、魔族の領地だからだ。


 人族は寿命が短い。故に代替わりするたび、間違った情報が残され伝わった。世界は人族と魔族の両方に、公平に与えられている。半分は魔族に権利があるが、人数は少ない。人族はその領地を奪った。


 テリトリーを荒らされれば、魔族は警告する。それを一方的な侵略と決めつけ、話も聞かずに襲ってきた。何度か繰り返される間に、人族は数世代も入れ替わる。わずか百年程度で、代々暮らしてきた土地と言い張るのだ。


 魔族にとって、百年は子どもが成人する程度の期間だった。当事者も生きており、当時の記憶も残っている。この違いにより、人族は勝手に魔族を敵対視して攻撃するようになった。人族が信仰する神は、それを良しとしたのだ。


 我ら魔族が信じる魔神は、何度も仲裁を試みた。その度に勇者が選抜され、魔王を攻撃する。どちらが勝つかは時の運だが、ガブリエルは必勝の手を考えていた。先代魔王は騙し討ちにあった。ならば、こちらから同じ手を使って勇者を潰しても、問題はない。


「そろそろ東側に移動しようぜ、潰す村がなくなった」


 人族が住む集落は、ほとんど消えた。僅か数人が暮らす場所は残っているが、放置して構わないだろう。北から攻め上がる魔族は、各種族から選抜された戦士で構成されている。ぐるりと見回し、ガブリエルは声を張り上げた。


「東に回る前に、休暇を与える。次の新月に同じ場所に集まってくれ」


 わっと歓声が上がった。帰る場所のある魔族の数人は、すでに移動を始めている。家族との再会を楽しみにする者を見送り、黒竜は山の中腹に空いた穴に潜り込んだ。


 東側には海がある。別の種族が合流し、海からも攻撃を加える予定だった。休みを取らせるなら、今しかない。魔族の士気を保つためにも、戦い続けるより有効な策に思えた。これもナベルス様に教わったことだ。


 くるりと丸まり、目を閉じた。動くのをやめた途端、胸が苦しくなる。思い出すのは、過去の悲しい光景だ。それに混じって、幸せだった頃の記憶も蘇った。


 オレ、頑張っているよ。ナベルス様に褒めてほしい。いい子だって頭を撫でて、お父さん。じわりと涙が浮かび、慌てて瞬きで誤魔化す。零したら記憶が失われるような、冷たい恐怖があった。泣いたら終わり、心が挫けてしまう。


 ぐるると喉を鳴らし、尻尾で壁を叩いた。出入り口を崩して封鎖し、暗くなった穴で束の間の休息を取る。目を閉じて眠ったガブリエルを、優しい手が撫でた。はっと顔を上げ、周囲を見回す。誰もいない、当たり前なのに悲しかった。


 早く勇者を殺したい。あいつが仲間から裏切られ、勇者の地位を剥奪されるところを見たい。二つの相反する感情を抱え、魔族最強となった子竜はうつ伏せた。


 人族なんて全て滅べばいい。味方をする神も殺してしまおう。そうしたら、オレの願いが一つくらい叶うかもしれない。魔王ナベルス様に……会いたいな。

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[良い点] 巣穴に小人も入ったきゅ。 [一言] よしよし( *´д)/(´д`、)
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