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空の神 (カラノカミ)  作者: 空気
第1巻
6/18

#5-1 才能

main game in

      first memory 4


『才能』







 湯気はもう昇っていないが、香ばしい香りをまだ部屋に満たす黒い液体。それを包む白い容器を口に運び、残りわずかなほろ苦いそれを口の中に注ぎ込む。

 熱過ぎるよりは少し冷めている方が飲みやすいものだ。


 カウンターの向こう側に佇む美青年は飲み干したのを見送ってからニコリと微笑むと、できあがったばかりのまま時間が止まったように、温かい煙で表面を曇らした瓶を持ち上げる。

 手に持っているティーカップに注いでくれようとしているらしい。


「話を始めていいか?」


 隣に座っていた、知り合ったばかりの知人__和馬(かずま)がそう言いながら手を挙げ、それを制す。

 このままお茶をしていてもよかったのだが、本来の目的がきちんとあるらしい。少し残念。


 青年は残念そうに珈琲の入ったフラスコを置くと、またニコリと微笑んで口を開く。


「そ? じゃあ本題に入ろうかしら。用件は何かしら? 子犬ちゃん。お友達と珈琲を飲みに来たのなら、おねぇさんは大歓迎なんだけど」


「おい……その(うす)(さむ)い冗談と顔を辞めろ。情報と武器の調達に来た」


 笑顔を崩さない青年とは逆に、和馬は口角を少しも変えずに、話を進める。


「へぇ……依頼の件もあるし、今日はどんな子が来るのか楽しみだなぁ……あはは」


 青年は、まだ何かを言おうとしていた和馬(かずま)の言葉を待たずに、自分の手を顔の横で合わせて、唇を釣り上げながら怪しく笑う。その気味の悪い笑顔のままこちらに目を逸らす。


 青年と目が合った瞬間、全身を何かが這い回る様な、異様な寒気に襲われる。


「それでぇ〜? 武器はその子に? 珍しいわね、1匹ワンコじゃなかったの?」


 青年はこちらから目を離すと、和馬(かずま)との会話に戻る。悪寒から解放されて安心したせいか、自然と口から溜息が漏れた。


「ニヨニヨするんじゃねぇよ、気持ち悪い……それにワンコでもねぇ」


 和馬(かずま)はワンコと呼ばれるのが気に食わないのか、その名前で呼ばれる度にこれでもかと言う程に嫌な顔をする。


「いいじゃない、ワンコ。私は好きよ? それにその子のこと、そろそろ紹介してくれてもいいんじゃない?」


 青年はこちらに目配せをしてから、和馬(かずま)にアイコンタクトを送る。


「あぁ、わかってる」


 それだけ言うと和馬(かずま)はこちらに顔を向けて、しかめっ(つら)のまま首だけ動かして自己紹介をしろと促してくる。


「どうも、(みなと) 夏比(なつひ)です。宜しくお願いします」


 素っ気なく、単純明快、自己紹介の究極系とも言える俺の渾身(こんしん)の自己紹介に軽い会釈(えしゃく)を加えたものを披露したのだが、カウンターの向こう側にいる青年は、疑問符を浮かべたまま、何かを待つ様に黙っている。


「……? どうかしましたか?」


 自分が質問されるのを想定していなかったのか、青年は少し時間を置いてから、慌てて返答する。


「あ! いや、名前だけなのかなぁ? ……って思っただけよ?」


 どうやら青年からしたら、俺の自己紹介は不十分だったらしい。なんだ? なんかやらかしたか? 陰キャ発動か? お?


「す、すすいません。自分、自己紹介はいつもこんな感じなんでしゅけど、駄目でしたか……?」


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、どどどどもったぁぁぁぁぁぁ。第一印象おお終わった。もダメダァ、終わりダァ、死ぬんダァ……。


「あら、そうなの? ならいいわ。私の知り合いの愛想の悪い子にもこんな感じで自己紹介された事あるわ〜。懐かしい」


 最近の若い子は皆んなこうなのかしら? と付け加えながらあまり気にしてなさそうに、笑い返してくれる。あーはい。も、俺は愛想悪い判定なんですね。プレイミス・プレミさん通りまーす。通してくださーい。


「私、いい?」


 後悔の連鎖でバタンキューしそうになっていると、青年は自己紹介が待ち遠しいのか、自分の方に柔らかく指を指しながら発言権を申請してくるので、2回ほど頷いて見せる。


「やっちゃ! ども! ローゼ・ヘスリッヒ・ブラウです。一応26ですよー。趣味はカフェ経営とか……色々かな? 因みにぃ、おねえや、同性愛者の類ではございませーん。ふふっ。ヨロシクね〜」


 時々ジェスチャーを交え楽しそうに、要領を得たのか得ていないのかわからない自己紹介をしながら、最後はこちらに軽く手を振るサービスまで行ってくれる。どんだけ自己紹介好きなんだよ、好き過ぎるでしょ。因みに、僕は16でぇーす。さきほどは取っ付き難い自己紹介してすいませーん。


 ローゼさんの印象は、いつでも笑って笑顔を崩さない人で、それが逆に信用できないところでもあると言うところだろうか。後、おねぇじゃないと言うのは信じないからな!


「ささっ! 自己紹介も済んだとこだし、早速武器から見に行ちゃいますか!」


 ローゼさんは急に思い出したかの様に、手を叩くと、立ち上がる。

 奥入っちゃって〜と言い残し、ローゼさんは店のカウンターの向こうにある『関係者以外の立ち入りはご遠慮いたします。』と目立つ色の看板が掲げられた扉を開けて消えていってしまった。


「おい夏比(なつひ)、俺らも行くぞ」


 そう言った和馬(かずま)は立ち上がろうとする俺の肩を掴み自分の方へ引き寄せる。そのせいで体制が崩れて和馬(かずま)の方に体が傾き、お互いの肩が重なる形になってしまう。

 少し強めに引っぱられた事に、文句を言ってやろうと口を開とうとしたが、和馬(かずま)が先に話始めてしまい、吸った息の息場所を失ってしまう。


「あいつは化け物だ。気を許すなよ? 少しでも気を緩めりゃ、喰われるぞ、心も体もな」


 静かに、他の誰にも聞かれない様に囁いた声は、物凄く重みがあった。まるで実際にその現場に居合わせたかの様に、見たくなかったものを見てしまったかの様に。俺の(たま)が一瞬(ちぢ)こまる。一体どう言う意味で喰われちゃうんだよ……めっちゃ不安なんですけど。


□■□■


 喫茶店地下。


 最初は武器から決めて欲しいと言うローゼさんからの要望で、店の地下までやって来たのだが。


「すっ……すげぇ……」


 地下の何部屋かある内の一室。部屋の広さは20畳程だろうか、地下室にしては中々の広さのこの部屋には銃や刀、それに加えてドラマやアニメでしか見たことのない様な武器は勿論、使い方がわからないような見たことない物まで様々なものが、壁、天井、床に至るまで(あら)ゆる所に飾られている。いや……訂正しよう、床のはただ散らかっているだけでした。そっと足の踏み場作ってるの見えたぞ、ローゼさん!


「そうかしら? こんなのうちの商品のごく一部よ? はい、こっちがリストね」


 ローゼさんは表紙にパンフレットと書かれた1冊の辞書を笑いながら差し出してくる。


「ローゼさん……普段は一体何してる人なんだ……」


 辞書ほど分厚いパンフレットを1〜2枚捲りながら、ふと疑問に思った事を口に出してしまった。何で思ったことがすぐに口に出てしまうんですかね〜。このポンが!


「私〜? 私は何だろうなぁ……うーん。ちょっと変わったカフェ店主かな……あはは。後、そんなに堅苦しくなくてもいいよ〜。もっと軽く読んで! ……あ、ねぇねぇ! 和馬(かずま)きゅん! 私って、普段なんて呼ばれてるかな?」


 ちょっと変わっている位のカフェの店主が、地下にこんな武器庫なんてぜっったいに持ってないから! 怪し過ぎるから!

 そんな俺の心中などお構いなしに、ローゼさんは和馬(かずま)にねぇ〜ねぇ〜と無理に迫ると、嫌がる素振りを見せながらも和馬(かずま)は押し負けたのか、返答する。


「ああ! ウルセェなぁ! 大体、ロゼ、ロゼ姉、ババァぐらいだろ! 俺にそんなこといちいち聞いてくるな!」


 床に散らばった武器を少し手荒に漁る和馬(かずま)に、ローゼさんは肩を掴み、初めて笑顔とはかけ離れた表情を見せる。


「え! ちょっと! 誰よババァとか言ってるの! ねぇぇ!」


「おい夏比(なつひ)、コレとかどうだ?」


 和馬(かずま)はローゼさんを無視しながら、床に転がっていた1丁の拳銃を拾い、マガジンを取り出してみせてくる。


 声をかけられて和馬(かずま)の方へ首を傾けると、すかさずローゼさんが和馬(かずま)に何やらよくわからないツッコミを入れている。案外、この2人は仲がいいんじゃないないかと思う。


「えーっと、じゃあ、まぁ……ロゼさんで、どうでしょう」


 流石にずっと、無表情の和馬(かずま)にあしらわれているローゼさん改め、ロゼさんを見続けているのも忍びないので、会話に割って入る。


「うんうん! おっけー! まだちょっと硬いけど、それでよし! なっちゃんは良い子で宜しい! ふふっ」


 俺が出した提案が気に入ったのか、ロゼさんご機嫌な様子ではしゃいでいる。ところでなっちゃんって人はどこに居るんですか?


「ロゼ……いつまで遊んでるつもりだ。さっさと仕事しろ」


 ロゼさんは和馬(かずま)からの文句を聞くと、さっきまであった爽やかな笑顔の逆、先程の笑顔が嘘の様に感じる位ドス黒い嗤いを顔に貼り付けていた。


「へぇ……私に仕事しろって言うんなら、わかるでしょ? 報酬が先だって。話はそれからよ」


 ロゼさんから紡がれる重く絡みつく様な不気味な声は、耳から全身に廻り、毒の様に体の自由を奪って行く。


 その毒を緩和する様に和馬(かずま)は立ち上がり、いつもの冷たい声でロゼさんの問いに答える。


「解ってる」


 和馬(かずま)は音もなく、意識しなければその動きも目で追えない程に、自然と手を前に出す。


首吊り坊主(パク)


 ボソリと、微かに聞き取れる声で、小さく何かに呼びかける。


 口を閉じた和馬(かずま)の手には、赤い紐が握られていた。

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