#3 ゲーム開始
main game in
first memory 2
『ゲーム開始』
幕が上がるように開けた世界に待っていたのは、一面に広がった石畳とどこまでも続く青空だった。
探索してみたところ、思った通り、ある程度進むと空間が切断されたようになにかに阻まれる。
四方同じように見えない壁にぶつかることから、大体500×500メートルほどの平方四角形で、やはり懐かしい場所だということがわかった。
見知った石畳の配列。
見覚えのある空の模様。
違うのは、この世界に。
この空間に。
匂いがあるということ。
感触があるということ。
…………。
いやいやいや、ないない。そんなそんな、馴染みある風景のはずが……。
「あったわ」
目を瞑ってからよーく考え直してみても、開けた目の先にあるものは何も変わらなかった。
けど、この世界がまさか現実な訳が……うんやっぱない、ありえない。
あの合成音声が言っていた世界ってのが、ラスゲーの世界だったなんて……どうなってんだ? 先行アクセスに選ばれた……? けど昨日の公式配信でそんな事一切触れてなかった。それにLP表示もEP表示もない。
武装なんて初期装備どころか学校帰りのシワクチャの制服のまんまだし、武器もない。
追加アイテムがあるとすれば、この腰につけられた2本の鍵ぐらいだ。これに関しては見覚えすらないぞ。
「これでどうしろって言うんだよ。メニュー画面もねぇ……」
個人サーバーから出るワープゲートも無いときた。
……この鍵の鍵穴でも探せってのか? このだだっ広い平面を?
腰に付けられた、何に使うかわからない鍵を手に取り、一向に使い道がわからないまま時間だけが過ぎていく。
□■□■
ラスゲの個人サーバーによく似た場所に来てから20分が経過しようとしていた。
やっぱりここって、個人サーバーの初期値の状態だよな……?
ラスゲー内でプレイヤー個人に与えられる箱庭要素の空間。その初期値は500×500メートルの正方形の石畳。
ゲーム開始直後、プレイヤーはココに一旦転送されて、キャラメイクと最初の役職を決める。そして広大なラスゲーの世界へと旅立つのだが……チュートリアル終了後にでるワープゲートがどこにもない。
持ち合わせたラスゲーの知識を総動員しても答えは見つからず、頭の中で基礎知識がぐるぐると回り始める。
「明らかにこの鍵がヒントだよなぁ〜むむむ」
手に持っている鍵を注意深く観察してみると、鍵の頭部に英数字混同の文字列があるところ以外は、どこにでも有りそうな普通の鍵だ。現代的なそれと全く同じ。銀色の鉄丸出しのそれだ。
この文字列を見てふと、昔見た攻略サイトの掲示板に突如現れた謎の書き込みを思い出した。なんだったか、たしか……"LAST GAMEのマップ構成にはマップ毎に英数字の座標が設定されていて、チャット欄のDMダイレクトメッセージ機能を開き、宛先を書かずに対象の文字列を送信すると該当するワールドに転送される"と言う都市伝説だった。……はず。
最終的に情報元もわからなければ、英数字の座標も発見されず、DMに至っては宛名を選択してから文字入力ができる仕様のせいで、誰も検証できずにいた。なのに、やけにそのサイトでは大々的な記事になったりしていて、軽く炎上したんだっけか。
結局あれはなんだったのか。
どうして今、そんなことを思い出してしまったのか。
……。いやまさかね。いやいや、そんなはずは……。
「…………物は試し。か……」
やることもないので、その裏技とやらを実践してみることにする。いざ試そうとすると、なかなか緊張するな……。
生唾を飲み、鍵に書かれた英数字を読み上げた。
瞬きをすると、硬く平らな石畳ではなく、グニャグニャと柔らかい、草の生い茂った土を踏んでいた。
「おお……本当に変わった」
目の前に映るのは木、木、木。どうやら森に転送したらしい。
で、ドコ? ここ
□■□■
転送された場所自体は森だったが、人混み特有の賑やかな声に誘われ、その方向に足を進めると大きな街に出た。
街の中心には巨大な建造物が建てられ、それを囲むように白い煉瓦造りの建物が軒を連ねている。
広い大通りには、まばらに人が行き交い、その通行人に、様々な商品を並べた市場の店主達が声をかけている。
あのそびえ立つ一際目立った大きな建物……この道……やはりゲーム開始直後、1番初めに行けるようになる市街地にそっくり……いや、まんまだ。おいおい本当、どうなってんだよ……。もう、これでタイトルが長っかたら完全に今流行のラノベなんですけど? やばい。そろそろ、可愛いお姫様に出会えるんじゃね? 逆玉の輿的な……え、なにここ最高かよ。
□■□■
先程のるんるんの気分とは逆転してかなり不味い状況かもしれないことが判明した。
確かに人通りはあるにはあるが、都会の駅周辺と比べるとそれほど多くもなく、休日の商店街程だろうか、道に構えている露店が、何店か片付けを始めているのを見ると日中はもっと賑わっているのだろう。
何か情報がないものかと市街地を歩き回ってみたものの、途中で財布や携帯などの貴重品がないことに気づき、そそくさと引き返す。おいおい……なんで冒険者みたいな厳つい格好の奴が1人も居ないんだよ。それに通行人の方々はなんでこんな人間味溢れちゃってんの? 俺の知ってるNPCは市場のオヤジに、値切り交渉なんてしねえぞ。
行き帰りに屋台の様子を伺ったが、どうも金のない人間が話しかけて対応してくれる雰囲気ではなさそうなので、聞き取りは辞めた。
それよりも、ここはどこのサーバーなんだ? 日本語の他に、ちらほらと聴き慣れ得ない言語も聞こえるけど……。てか、なんで違う言語同士で会話成り立ってんだよ。怖いわ。
やはり、ここは金策や経験値集めの為に森で魔物狩りのターンなんじゃないか?
きっと、鍵が2本ある理由はこの街へ行くための鍵と、個人サーバーに帰るための鍵だろうから、いざとなればそれで緊急脱出できるとして、心許ないのは装備か……。
でも、俺にはラスゲーで培った知識や、道場と喧嘩で育てた自慢の身体がある。
「ゲームが始まりましたよと……!」
心の奥底で燃えるゲーマーの闘争心と、これから待ち受ける冒険の匂いに身体を震わせて、先程の森へ向かうことを決意した。
□■□■
初めここへきた方へ戻ると街の外れに森が現れて、その中へと進んだはいいものの、モンスターの1匹も居ない。
今は森の中の開けた草むらの中にいる。普通こういうのって、低級モンスターがわんさか居て、初心者の狩場になってるんじゃないの??
そして、ガッカリしたことはもう1つ。モンスターは1匹も現れなかったが、人間はわんさか連れたみたいだった。
「誰だか知らないけど、街からずっと俺を追ってきてたよね? なんの用?」
うひょー! 1度は言ってみたかったんだよね!このセリフ!
余裕ぶっこいて心の底からテンションぶち上げて見たものの、状況は良くない。出てくるのはきっとプレイヤーキラーの類い。丸腰でレベル1の俺じゃあ歯が立たない可能性があるならだ。それをわかった上でこっちは人気の少ないところまでコイツらの同行を許してんだ。
逆にコイツらをKOして、金銭を巻き上げてやる……!
「なんだ……分かってたのかよ……ボウズゥ……」
物陰から姿を表したのは明らかに臭そうないかにもな盗賊姿の巨大な男と、絵に書いたような小物感溢れる手下3人の4人組だった。
4対1……かなり状況は不利か……だが、武器は今の所確認できない。
そっと体の重心を整え、戦闘態勢に入ると、下っ端の1人が突っ込んでくる。
大振りの拳をいなして、こちらのグーパンを相手の顔面に叩き込む。そのままよろけそうになった隙をついて襟首を掴み引き寄せると、溝落ちに特大の一撃をお見舞いしてやった。
行ける……! 今のところ身体能力にバフは無かったが、この程度なら、余裕で相手できる……!
ほかの下っ端2人も見ているだけなはずはなく、こちらに向かって走ってくる。
左右から挟み込むように迫る下っ端の手に小さなナイフが握られているのが見える。やっぱり持ってますよね〜。
通常、刃物を持った相手がいる場合、逃げ一択なのだが、今回は違う。コイツらなんか様子が変だ……。
先程のした下っ端もそうだが、避けやすい単調で直線的な攻撃しかしてこない。
なんでコイツらこんなに焦ってんだ……?
下っ端2人組の攻撃を躱している中、視界の端から大柄の男が消えているのに気が付く。その時にはもう遅い。
横から強い衝撃と共に吐き気と目眩が同時に襲ってくる。
「ふぐぅっ!」
口から声なのか空気なのか分からないものが溢れ出したと思ったら、唐突の浮遊感。そのまま立て続けに全身が強く強打され、そのまま転がる。
クッソ……ミスった……ナイフに集中し過ぎちまった……。
「悪ぃな……ボウズ、俺らには時間がねぇ……今回は金品渡せば見逃してやるから、さっさと出しな」
あーはいはい。そういうことね。コイツらもお決まりのセリフだ。俺の所持金は0だし、持ってたとしてもこんな奴らに渡すつもりもない。
それにしても背中が痛てぇし、上手く空気が吸えない。LPを消費しすぎてんのか……?
まぁ、どちらにしろ、答えは決まってる。
「悪ぃな。お前らにやれるもんはなんもねぇよ」
呼吸を精一杯整え、苦し紛れに強がってみると、大柄の盗賊が、眉をひそめて息を吐く。
「はぁー。そうか、なら……」
盗賊が何かを言おうとしたその時、木々の隙間から何かが赤い手を伸ばす。
音を立てて枝が折れる音に盗賊たちが振り返る。
「?!」
その赤い手は木の枝の隙間を掻き分けて本体の顔をあらわにした。
な……なんだコイツ……!
顔を出したのは、顔の真ん中に光さえ吸い込むような真っ黒な穴を開けている真っ赤な皮膚の人間。
シルエットは確かに人間のそれだ。だが、異質な肌の色と顔の窪みが俺の知っている生物の全てを否定していた。
明らかに全身が、脳内が、本能が赤信号を点滅させる。やばい。コイツはやばい。何から何までまともじゃない!
ソイツは邪魔な草木を強引に踏みにじり、全身を披露する。
全長180センチほど。何も着衣していない上半身はとても筋肉質でこれまた肌は赤い。下半身は裸足で、履いているボロボロのズボンは盗賊たちのそれと一緒だ。
クッソ……盗賊たちの仲間か……こりゃあ終わったな……こんな筋肉隆々のバケモンどうにかできるわけがねぇや。せっかくだし、リスポーンの感覚でも味わっとくか……?
俺が1人今世を諦めている中、ある違和感の正体に気付く。
「くっそ! ここまで追ってきやがった! この化け物がっ!!」
大柄の盗賊の取り乱した言動で俺の気付きは確信に変わる。
この赤いバケモンはこいつらの味方じゃない……それに追ってきたって。コイツら……このバケモンに追われて逃げてる最中に俺を襲ってたのか! だから、あんなに焦って……。
「ちくしょぉぉぉぉ! 俺は逃げさせてもらいますぜ!! お頭ぁ!」
1人の盗賊が大柄の盗賊に向かって叫ぶと、一目散に走り出す。
「馬鹿野郎! 下手に動く……!」
駆け出した盗賊を咎めようと大柄の盗賊がそちらを向いた瞬間だった。ほんの一瞬で、赤い人間が盗賊の胴体の真ん中を貫いていた。
何が起きた……? あの赤いのが、盗賊めがけて走り出して、そんで……は?
唐突の人の死に頭が追いつかないでいると、別の盗賊が叫び出す。
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どこから出したのか、盗賊はショットガンを赤い化け物に向けて2発連続で発射する。
見事に赤い化け物に命中し赤い化け物の右脇腹と顔面に穴を開けるが、その化け物は倒れることすらない。
化け物はゆっくりと自分の手に埋まった盗賊を引き抜くと、首だけ捻りショットガンを持った盗賊の方を向く。
「くっそ! クッソ! なんで……! なんで……!!」
銃を撃った盗賊は相当焦っているのか、持っていたショットガンを折り、次の弾を込めようとしているのだが、手が震えて中々装填できないでいた。そんな状況で、あの赤い化け物の動きに気付ける訳もなく、とうとう一発の弾も銃に入れることは叶わず首を跳ね飛ばされてしまう。
ようやくLPが回復したのか、呼吸も安定してきて、背中の痛みも引いてきた。
狙われてるのは、盗賊の集団。盗賊達には悪いが、今は逃げ……。
メンタルを落ち着かせ、死体を、悲劇を、惨状を見ないように目を逸らし逃げる機会を伺っていると、服が引っ張られ、体が浮く。
「悪ぃな、ボウズゥ……俺はまだ死にたくねぇんだ。お前が代わりに死んでくれ」
いつの間にか近くに来ていた大柄の盗賊に胸ぐらを掴まれて立たされていた。その臭い口から耳に入る情報の意味を俺は知っている。
赤い怪物の注意が他に行っている間に逃げる。
そんなことを考えていたのは俺だけではなかったらしく、俺は盗賊に蹴り飛ばされて、赤い化け物前に放り込まれる。
俺が蹴り飛ばされて転んだ音に反応したのか、吹っ飛んだ首を見ていた赤いバケモンは首をありえない角度まで捻り、俺の顔を覗き込む。
どこまでも深く、どこまでも吸い込まれるような顔の穴に今にも飲み込まれそうで、呼吸が浅くなる。
「ひゅーっ。ひゅーっ」
無意識に口から漏れる息がうるさい。心臓の音が耳にこだまする。
リスポーンすると分かっていても死の恐怖は拭えないもので、今にもちびってしまいそうだ。
赤い筋肉質の肉が脈打ち、バケモンの腕が上がる。
足が笑って全く言うことを聞かない。
目を瞑り、走馬灯の準備をしよう。
来るなら来い! はやくこい!
……。
…………。
………………。
痛みも何も感じない。
真っ暗闇だ。
死ぬってこういうことか一瞬すぎたのは有難かった。何せ痛いのは嫌だから……。でも、おかしいな……森の匂いも、風の心地良さも感じ……ん? 待てよ? 真っ暗なのは俺が目を瞑っているからか。
じゃあなんだ? まだ俺は死んでない?? えっ逆に怖くて目が開けられないよ? いいの? 俺は殺されないの?
もう確実に10秒は経った。妹のプリンを勝手に食べた懺悔もしたし、まだ高校生なもんだから、走馬灯も2週目に突入してしまった。
あまりの焦らしに耐えきれず、ゆっくりと目を開ける。
そこには、背が高く赤い皮膚の人型化け物ではなく、小柄の小麦色の肌をした無愛想な少年が立っていた。




