#7-2 神言と畏能
地下室トレーニングルーム。
和馬に「付いてこい」とだけ言われ、先程の地下室の部屋から何部屋か隣の部屋に移動させられた。いや、広過ぎでしょ。本当ここどうなってんの? 怖いよ。ロゼさん絶対本業喫茶店じゃないでしょ。
「先ずは戦闘訓練だ。殺す気で掛かってこいよ? じゃなきゃ死ぬぞ、夏比」
そういった和馬は欠伸をしながらズボンのポケットへ手を忍ばせる。
「舐めやがって……こちとら知り合いの塾で一応なりに武術は習ってんだよ!」
一泡吹かせてやる。そう意気込んみ、深呼吸をして、息を整える。
教えて貰ったのは型も技もない不思議な格闘術だったが、対応力に優れた物で合気道に近いものらしい。
思考を落ち着かせ、身体の中の空気の循環を全身で感じ取る。
よし、行ける。
一気に間合いを詰めて拳で突く。
初撃は躱された。すかさずに次の一手へ繋ぐ。
次。
二。
衝。
継。
襲。
終。
全ての攻撃を躱された。
全く当たらず、まるで自分が明後日の方向にわざと空振らせているように感じる。
直ぐさま次の攻撃へ移ろうと脚を踏み込もうとした時、和馬が口を開く。
「畏能について説明する。説明途中だろうが関係無く掛かってきていいぞ。説明を始めたらこちらからも手を出すからな」
言うが早いか和馬は話を聞こうと手を緩めた俺の胸めがけて足を蹴り上げた。それをギリギリの所で躱して、そのまま少し間合いを取る為に数歩下がる。
「この世界には"畏物"と呼ばれる生命体が存在するのは知って居るな?」
その名前を聞いて相槌を打つ。
畏物。それはラスゲに置いて、他ゲームでのダンジョンに出るモンスターといった位置づけである。
姿形は様々で石ころの様なものから人型まで多種多様な種類が発見され、生物学で言うところの5界説の新たな3番目のドメインという設定らしい。正直説明されても何言ってんのかよくわからなかった記憶しかない。
畏物は最大の特徴として心臓や脳、臓器または細胞を必要としない代わりに"噐"と呼ばれる鉱石の様な特殊な器官を有しており、個体によっては頭や体の半分が無くなっても動き続ける者もいる。
だが、噐自体を破壊もしくは身体から完全に引き剥がしてしまえば生命活動は停止する。確か、最新のバージョンで噐を鍛冶屋のおっちゃんに渡すと貰える公式でも原理未解明とされているコア武器って呼ばれてる武器に加工技術たらなんたらが追加されていた様な気がする。
明らかに睡眠不足の顔で興奮気味に話している友達の姿と共に、自分が知っている畏物の情報を思い出す。
「まぁ、大体は? けど、俺が知ってるのはあくまでゲームでの知識だぞ」
俺の言葉に対して、和馬は話を思い出そうとしているのか、少し目を瞑って考える素振りを見せた後に俺の情報へ補足をする。
その考えてる間も攻撃を避けるの何なんですか? 1発くらい当たれよ、ちくしゅう。
「なら、噐を素材にした『噐灰』の説明からだな。噐はその特殊な力から、ここ100年前後で研究や加工技術の開発が実用化段階まで進められた比較的新しい技術だ。ただの有害生物と認識されていた畏物も、ここ近年は重要視される様になって来た。噐灰最大の利点は、神言さえ使えない様な人間ですら、きちんと加工技術が施されている物でさえあれば、大きな力を手に入れられる所だ。欠点としては時間と金がかり、コストがかさむ所だ。どの様な噐の性質なのか。噐のレートは幾つなのか。どんな加工を施すのか。調べるにも加工するにも時間も金もかかる。だから噐灰はかなり貴重で高価な物と言う位置づけだ」
和馬君説明ご苦労。では、質問させて頂こう。頭の中で和馬の説明を往復しながら、話を振る。
「レートったら相場だろ? 畏物や噐にランク付けなんかされてんのかよ」
和馬は頷く。
「まぁ、そうだな。畏物にもランクがある。そのランクが高ければ高いほど危険度や個体の平均的な強さが変わる」
そう言いながら和馬は何やら手を胸の下辺りまで上げて、指をくにゃくにゃと機敏に動かし始める。その間もきちんと俺の攻撃をよけ次は反撃までし始めた。初心者にもっと手加減してほしいものだ。
「テキストにしてチャットに送っておいてやったぞ」
そこまで言われてチャット機能がある事を思い出す。
「メニュー。メッセージ、オン」
言葉で指示を出すと勝手に目の前にウィンドウが現れて指示通りにウィンドウを操作してくれる。本当に音声認識式だ! ラスゲもVRが追加されたらこうなるんかな。などと思いながら開かれたテキスト画面には、『D-1.D-2.D-3/
C-1.C-2.C-3.C-4/
B-1.B-2.B-3.B-4.B-5/
A-1.A-2.A-3.A-4.A-5.A-6/
S-1.S-2.S-3.S-4.S-5.S-6.S-7/
SS/
SSS』と書かれた文字が映し出される。
「えーっと、なになに? でぃーまいなすいち?? でぃーまっふっぐっっ」
読んでいる途中に和馬の蹴りが横腹に直撃する。
「てめぇ……。馬鹿にしてんのか? あ? マイナスな訳ねぇだろ……。後、気を抜いてるお前が悪い」
クリーンヒットした横腹を摩り痛がっていると和馬に小馬鹿にされてしまう。容赦なさ過ぎでしょ……読んでる時位手加減して……。
「このD〜SSSが強さや危険度の大きさを簡単に表した表だ。SSSに近くなる程強くなるイメージでいい。レートは言わば大まかに括り分けされているだけでレート内でも力の強さが個体によって違う。それをはっきりさせる為にレート内にも更にランク分けが存在し、レートの横の数値が高いほどレート内の序列が上がって行く」
和馬は加減する気が無いのか、蹴りを受けてよろけている最中も攻撃を仕掛けてくる。
「うっつ! 危ね。……で? 具体的にDレートとかはどれ位の強さなんだよ」
必死に和馬の攻撃を避けながらも質問を投げかける。
「これ位、避けれて当たり前だ。手を抜いてやっている内に早くこの動きになれておけ」
今の今まで手を抜いて貰っている感覚は一切ない。文句を垂れようとした時、和馬が話を再開させる。
「Dレートは殆ど被害は無いものから大型の動物、近接武器を持った一般人程度。CレートならDレートを制圧できるものから訓練を受けた一般兵士程度。BレートになるとCレートを複数人制圧でき、且つ街1個団体を壊滅させることが出来るレベルになる。ここから上のレートになると段違いに強くなって行く。Aレートになると1国家の武装した軍隊を全滅させる程度。Sレートまで行けばAレートとBレート複数人を1度に制圧し国1つを丸々壊滅に追い込める様になり、SSレートを超えるとS-5を2人程度を制圧できるようになる。SSSレートに関しては未知数。力が強力過ぎで他と比べられない程度だな。」
和馬は攻撃しながら器用にテキストを指で刺しながら説明してくれる。
休憩する暇無く説明を聞きながらの攻防。ほんの数分しか経っていないのに体がバテてくる。
「はぁ……はぁ……で……? その畏物と噐灰ってのがどう畏能に関わってくるんだよ」
そもそも畏能の説明してくれるんじゃないの?
和馬はその問いかけでやっと動きを止め、何処からか取り出したペットボトルを投げ渡してくる。それを受け取り地べたにへたり込み、消耗した分のエネルギーを補給しようとペットボトルの中の液体を一気に喉に押し込む。
「さっきまでの勢いはどうした? まぁ、いい。やっと本題だ。畏能に関しては畏物、噐、というものが重要になる。先ず畏能の修得は今まで説明してきた3つの能力で1番簡単だろう」
そう言いながら和馬も1口ペットボトルに口を着ける。
和馬が飲み終わるのを見守る形になり、改めて彼の容姿をじっくり眺める。俺よりは身長が少し低いだろうが、子供っぽさは無く、逆に俺よりも大人っぽい印象で、引き締まり鍛えられた綺麗な身体つきの印象は今も変わらない。初めてあった時と違う所と言えば前ほどの、威圧感を感じなくなったことぐらいだろう。
和馬は中身が少しだけ減ったペットボトルのキャップを軽く締め、自分の横へ、さもゴミ箱があるかの様に捨てた。重力によって自由落下したペットボトルが、視界の隅から消えようとするのを目で追うと、ペットボトルが白い何かに開いた穴へ落ちて、消える。
ペットボトルの通り道にはピッタリな大きさの口を開いた白い何か、いや、白いてるてる坊主が居た。
ペットボトルを飲み込み、口を閉じたてるてる坊主と目が合う。
目が合うと同時にてるてる坊主は首に括られた紐を引きずりなが短い脚を必死に使い、ぎこちない足取りで和馬の背後へ隠れようとする。
気になって上半身を動かし、和馬の背後を覗くがそこにはもう何もなくなって居た。
え? え?? えぇ? どこ? どこに消えたの? あんなスッって出てサッって消えるの?? ファッ!
そんな事を考えながらキョロキョロして居ると和馬に声を掛けられる。
「おい。いつまでコブラ踊り見たいな事してんだよ。誰も笛を吹いちゃいねぇよ」
いやぁ、それがですね、あなたの後ろに今……わかった、わかりました、だからそんな睨まないで。
適当な場所にペットボトルを転がしてから立ち上がる。
「で? 畏能が何だって?」
腰を落とし身構えてから話の続きを和馬へ振る。
「あぁ、そうだな、畏能を使えるのはこの世界で2種類の生命体のみ。1つは畏物。もう1つが尸人だ。どちらも共通して、体内に噐を所有している。才能は器の中身を用いて使用する能力だが、畏能は噐の中身を用いる。畏物には心臓や内臓を必要としない他の生物とは変わった生き物だ。そのためか器も存在しない。そしてその代わりとして噐が存在する」
成る程。畏物の噐は俺らの器、いわば魂みたいのが具現化したものって事か。
「畏物なら誰でも畏能を使えるのか?」
その質問と同時に繰り出した拳が、和馬の髪を掠める。
今まで触れる事すら出来なかった和馬に、当たるまではいかなくとも掠めた。そう喜ぶのもつかの間和馬に顎を蹴り上げられる。
「いや、畏物で畏能を使える個体はそう居ないだろう。Bレート以上が噐から漏れだす血死霧と呼ばれる霧状の粒子……いわば噐の中身を多少操る程度だ。畏能として扱える様になるとAレート以上の個体だけだろう。まぁ、居るには居るって話だな」
蹴り上げられて仰け反った身体を強引に落とし、転がる。そのまま体制を立て直して、追撃をしようと迫る和馬へ牽制の水面蹴りを披露するもジャンプして避けられてしまう。
「チィッ!! 当たれよ!」
嘆くと、高く跳ねた和馬の脚が顔に迫り来る。
「よく避けたな。だが、顎に1発貰う時点でマイナス1点。……畏物というよりも尸人の特有能力という認識で問題ないだろう。尸人は畏物とは違い、すべての個体が畏能を保有している。他の生物や畏物とは違い器と噐両方が存在する生物……というより、後天的に生体が変わった人間だな。そして1番大事な畏能の習得だが、尸人になった瞬間に習得し、その能力や規模は尸人になった際の負の感情に大きく影響するらしい。負の感情が深ければ深い程能力は強大になるとされていれる」
話を聞きながら和馬へ蹴りを入れようと足を上げる。
「噐を宿した人間……。それ、本当に人間なのか……?」
「さぁな」
今まで避けていた和馬がいきなり俺の蹴り上げた足を掴み、そのまま肩を押しのけた。強い衝撃に体制を崩し、そのまま転げると、浮遊感の後に後頭部へ衝撃が走り、反射的に「ダッッ!!」と声が漏れる。
上半身は地面に着き、下半身は和馬に足を掴まれているため、宙ぶらりんな状態で、器械体操の背倒立の様な姿勢になる。
「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……やべ……もう無理! 限界!」
会話をしながら動き続け、近頃、体育の時間以外の運動をしていなかったせいか肩で息をする。1度止まると疲労という疲労が身体に圧力をかけて動ける気がしない。
息切れをして倒れている俺に溜息を吐いた和馬が何かに気づき声を掛けてくる。
「まぁ、こんなものか。丁度いい、ほら見てみろ、お前の相棒が来たみたいだぞ」
そう言われて、和馬の視線の先、扉の方へ顔を向ける。
開いた扉の先に1人の美青年が立っていた。
「はぁあいっお待たせ。なっちゃんにぴったりの子探してきちゃいました」