抜けない剣
俺は旅人。あてもなく土地から土地へと移り渡り、自分の居場所を探して旅をしている。今日はある噂を聞いてある町へ向かっていた。というのも、岩を切る事が出来る剣があると言うものだ。
冒険者として半人前の俺には危険な魔物を相手には戦えない。しかし危険な魔物さえいない安全な場所に既に俺の居場所はない。弱い俺には強い武器がいる。
その町は数十年前にはぐれゴーレムに襲われた。岩石でできた体はあらゆる武器の攻撃を通さず被害は大きく誰もが死を覚悟したが、泊まっていた旅人が町にある誰にも抜けない剣を引き抜くとまるでトマトでもスライスするかの様に切り刻んでしまったらしい。
何でもかつて人間がここへ移り住むより遥か昔に妖精の鍛治師が業物を作ってここへ残したらしい。作った妖精は自らの死期を悟ると剣の悪用を恐れて自分以外の誰かぎ抜かない様に台座に封印した。
その封印には数少ない欠点があり、作った妖精と波長の力を持つ者には抜く事ができてしまうのだ。その者こそその伝説に登場する旅人だったらしい。
その者は町を救った英雄として称えられた。剣は次なる英雄のために台座に戻され、町民しか抜いてはいけないと言う規律もなくなった。それ以降は様々な人々が我こそはと剣を引き抜きに訪れるらしい。まあ、チャレンジ料はいるのだが…。
その噂を別の町の宿屋で聞いた。近くだったのでこうしてチャレンジにやって来たと言う訳だ。
町の前にはその時に斬ったと言われる、動かないゴーレムが置かれていた。ゴーレムそのものにはまだ会った事はないが、もし偽物だったなら特に実際に使役したりする魔術師たちが黙っていない。近くにいる魔術師たちがしげしげと眺めながら何も言おうとしないあたり偽物ではないようだ。
俺は宿屋に向かうと主人と早速と話をした。チャレンジ料は宿代に含まれている。お金を払い、例の剣がある部屋に向かった。それなりに値は張るが思ったより良心的な価格だった。何せ剣は抜けたらそのままくれるらしい。こんな安い宿代で、その辺の武器屋に並んでる様な高価で粗悪な剣よりずっと強い武器を入手できるかもしれないのだ。
主人は鍵を渡して俺を部屋に入れると人懐っこい笑顔を浮かべる。
「それではごゆっくり。明日の朝まで頑張ってみてください」
「ありがとうございます」
「剣は抜かれて初めて真の力を発揮するものです。台座に刺さった状態ではなまくらです。よく質問があるので念のため先にお伝えしておきます」
「はあ…分かりました」
チャレンジのためには宿泊しなきゃいけないが、かわりに1回だけなどとケチな事を言わず泊まる日数だけチャンレンジできる。変な小道具を持ち込んだりしない様に手荷物チェックはされた。元より小細工をする気はないが。
それから俺は荷物を置くと早速と剣の柄を握る。
「岩をもスライスできる切れ味の剣か…。あれば今後の旅に役立つだろうな」
俺はそう独り言をつぶやきながら思い切り引き抜いた。
「……ッ!?」
抜けた。望まない形で伝説の剣が抜けた。と言うのも、刀身が折れてしまったのだ。
いや…あまり手応えは感じなかった。元から折れていた?
「ま、まあ…折れていても伝説の剣か」
俺は持って来ていた瓶を取り出した。棚の上に置いて呼吸を整え剣を横に振るう。しかし瓶はゴンッと鈍い音を立てて床に落ちるのみで斬れなかった。
「は…話と違うじゃないか!」
俺は苦情の1つでも言いに行こうと考えた。これはいくらなんでも酷い。しかししばらくしてふと考える。これがもし刀身が折れてしまったために力を発揮できなくなってしまっただけだったとしたら?
もしそうだったら折ってしまったのは俺の責任と言う事にならないだろうか。伝説の剣が力を発揮する機会を永遠になくしてしまった。この剣は町の救世主を選出するのみならず、こうして集客のためにも使われている。壊れてしまったとあってはまずいのではないか。
しばらく考えた。この宿屋、素泊まりのみにしたって料金は割高な方だ。しかしぼったくりと言うほどでもない(多分)。わざわざ宿屋の主人と揉めたりするのはとても面倒で、弁償しなければならないとなるとそれも嫌だ。引き抜いていいと言われたから引き抜いたら折れただけなのにどうして弁償しなければならないのか。
うん、俺は悪くない。こんな事で壊れる伝説の剣が悪い。
そう考えると俺は折れた部分が綺麗に会うように台座に剣を戻した。これでいい。運がなかったと思って諦めよう。
「今日はさっさと寝て明日はさっさとこの宿を出よう。その方がいい」
そうして俺は眠りについた。
…しばらくして俺の意識が確かに眠りに落ちた頃、歌声が聞こえて来た。それはとても心が安らぐ声だった。起きてしまったが、また眠くなって来る。いいな。せっかくだしこのまま寝てしまおう。
そう考えていたがその歌声はやがて俺の耳の傍まで寄って来た。
「ううん…流石に少しうるさいな」
目を瞑ったまま歌声のする方を手で探る。すると何かに触れた。
「う、うわあっ!触るのは駄目だって!」
そんな声がした。この部屋に自分以外の存在がいる。俺は思わず驚いて跳ね起きた。見るとそこにとても小さな小人がいた。髪が長く蝶の様な羽根が生えていて愛らしい外見の何かだ。知ってる知識の範囲で言えば妖精とかその類。
妖精は俺が寝てたベッドの枕のそばにいた。
この部屋に入る前に武器は預けてある。呪文は使えない。どうしたものか。俺は妖精から目を離さない様にしながらじりじりと後ろに下がる。あの折れた剣ならないよりマシだろう。
「妖精が何でこの部屋にいる」
「何でって…私はほら剣の妖精だから」
剣の妖精…?
そうだ…思い出した。伝説の剣には妖精が憑いているんだった。はぐれゴーレムと戦った話でも妖精がサポートしていたと聞いた。何でも人間に友好的な妖精で、剣の資格者を待つために眠っていたとか。
この子が言うには自分がそうらしい。
「もう剣は抜いてみた?」
「あ、ああ。でも駄目だったよ」
「君も資格者じゃなかったかぁ~」
「そう…みたいだな」
ここは適当に話を済ませる事にした。妖精はふわっと飛翔すると俺の周りを飛ぶ。空中で寛ぐ様に体を横にして俺を眺める。
「ふうん…。でも私は君の事が気に入ったカモ」
「?」
妖精が剣の方へ飛んだ。そして柄を抱きしめる。
「あのね、この剣が資格者を選ぶみたいに妖精も剣の持ち主を選べるんだ。私は君の事が気に入った」
「は、はあ?どこが」
まずい。あの剣を抜かれてはまずい。
「フィーリング…かなぁ。一目惚れって奴?間違いない、君こそこの剣の所有者に相応しいよ」
そう言って妖精は剣の柄に抱き着いたまま一気に飛び上がった。やってしまった。ついに剣が折れてる現状が露呈した。妖精は目を皿の様に見開いて剣をその場に捨てて驚く。
「お、お、折れてるぅ!??」
非常に慌てた様子で剣や台座の穴を確認したりする。それから顔を真っ青にしてこちらを向いた。
「ち、違うよ!私はただちょっと力を入れただけで…」
俺はハッとした。そうだ、この妖精はこの剣が既に折れてた事実を知らない。ならばこの妖精が折ってしまった事にすればいい。そうだ、そしたら俺は責任を免れる。ここはさりげなく擁護しよう。
できるだけ優し気な表情で不安がる妖精をなだめる。
「保存環境があまりよくなかったのかもしれない。それに、ここに来る人々だってどんな手段でこの剣を引き抜こうとしたのか分からない。折れたのは君だけのせいじゃないよ」
さりげなく折れたのを妖精に責任転嫁しておいた。彼女はオロオロしながら剣の周りを飛ぶ。やがて剣の上に止まると青ざめた表情のままこちらを向いた。
「そう言えば君…この部屋に来てから殆どこの剣を触ってないな…?この部屋に泊まる以上、この剣が目的のはずなのに」
「な、何を言い出すんだ」
「この剣に憑いてた私には分かる、誰がどんなチャレンジで剣を引き抜こうとしたのかを!君は部屋に入った時にただ一度だけ触れた!」
こいつ…!妖精は俺を指差し、犯人を追い詰めた探偵の様な鋭い眼光を俺に向ける。
「この剣は…私が抜いた時点では折れていたッ!」
「うぐォォっ!」
まずい…非常にまずい。このまま妖精のせいにして切り抜けようとしていたこの状況が逆転してしまった。俺はただの旅人。奴は剣に憑いた妖精。この宿の主人を説得しようにも間違いなく妖精の方を信用するだろう。
何か…何か手はないのか!この状況を覆す手段は…。考えろ、冷静に考えろ。妖精の主張におかしな点はないか。この剣は折ったのは俺じゃない。この妖精と同様に俺が抜いた時点では折れていたに違いないんだ。
俺はそこで気が付いた。
「お前…さっき、剣に憑いてるからチャレンジャーがどんな風に触れたとか抜こうとしたとか分かると言ったな。それは嘘だ!もしそうなら何で既に折れていた事に気付けない!もし俺が折ったのなら、その時点で気付かないのはおかしいッ!」
「あああああっ!!!」
妖精は甲高い声を上げて自分を庇うように顔の前に両腕を持って行く。そうだ…あれは奴のはったりだ。あいつも俺と同じ様に責任転嫁しようとしたんだ。そのための嘘だったんだ。危うく騙される所だった。
よし、このまま嘘を嘘で押し通そう。この過ちはこの妖精のものだった事にしよう。妖精は汗を流して剣の刀身に触れる。
「なんて事…、言われてみればそうだ…」
「とにかく剣を折ったのは俺じゃないと分かって貰えたかな?」
妖精は苦虫を噛み潰した様な表情のまま目をキュッと瞑る。
「もっと厳密に言えば、私達じゃない…。この剣はずっと前から折れてた事になる…」
「…は?」
妖精は事情を話し出した。自分は割とつい最近この剣に憑いたばかりの妖精だと言う事を。妖精達の住む村で、噂好きの妖精達の間で伝説の剣の話の噂が流れた。剣に憑いてるはずの妖精が不在という噂もセットだった。
妖精は急いで噂の剣を探した。他の妖精よりも早く憑依するために。いち妖精が名を上げるのは容易な事じゃない。妖精は沢山いるが各々はか弱い。しかしもし何ら偉業を成す事ができたなら村で称えられ厚遇を受ける。
伝説の剣に憑依さえすればそれだけで伝説の剣の妖精だったと言う事実が加わる。剣そのものが優れているのだ、資格者が剣を振り回して大業を成してくれれば自身は伝説や剣にあやかってちやほやしてもらえる。そう考えたのだ。
しかし資格者一向に現れてくれず、この好機を逃す気にもなれずこの村でとても退屈していたらしい。しびれを切らした末に、剣ではなく自分で選んだ相手に剣の所有者になってもらおうとしたんだそうだ。
「きっと君は信じてくれないだろうけどね…チャレンジャーが各々剣に何をしようとしていたのか知る事が出来たのは事実だよ。さっきの事だって本当だったでしょ?君は一度だけ剣に触れた。でも折れてたのを知ったからそれ以降この剣に触れなかった。そうでしょ?」
この剣には特殊な事情があると見た。まずは詳細を知りたい。今の所はわざわざ嘘をつく理由もないので素直に答える事にした。
「まあ…本当の事を言えばそうだ」
「やっぱり。この剣は私が憑依する前から折れていた。だから折れた事実を感知する事はできなかった」
「もしそうなると他のチャレンジャーはどうなるんだ。抜いたかもしれない人は他にもいるかもしれないんだろ?中には折れたと素直に報告する人だっていてもおかしくないし黙って持ち帰ったかもしれない。何でこの剣は今の今まで無事だったんだ」
「今日までその剣を引き抜いた人はいなかった。それは確かだよ」
俺はこの部屋に入る前に手荷物検査を受けた。手で抜くと言う他のインチキで取り出したりしない様に。何も不思議に思わなかった。しかし、実は決して抜けない様に施されたインチキを暴かれない様にすると言うのは本当の目的だった?
事実、この日までこの剣は抜かれなかった。偶然なのか何なのか俺の番で抜けた。抜けてしまった。だから折れた状態が露呈した。そしてこの剣は真価を発揮する事もなく瓶すら斬れなかった。
『剣は抜かれて初めて真の力を発揮するもの。台座に刺された状態で切れ味を確かめる事はできません。よく質問があるので念のため先にお伝えしておきます』
俺はあの言葉を思い出す。台座から抜く前に切れ味を試そうとした人々がいた…。そして、それぞれ切れない事についてクレームを付けたんだろう。妖精の話を信じるならこの剣は既に折れていた状態で刺されていた。正しく引き抜かれたのだ。引き抜かれた後も真価を発揮する事はなかった。
それが意味する所はつまり…。
「パ…パチモンじゃないか…この剣ッ!」
「え、ええっ!?」
妖精が驚く。俺は試しに妖精の前で瓶をベッドに置いて殴打する。当たり前の様に斬れない。妖精は信じられない様子で目をパチパチとさせる。やがて涙目になりながら俺の目の前に飛んでくる。
「で、でも…町の入り口のゴーレムは本物だよ?だから私はこの剣に憑依したんだよ?剣は本当の力を引き出せてないだけで…」
「俺はずっと不思議に思ってたんだ。はぐれゴーレムを倒した旅人はどうして伝説の剣をわざわざ台座に戻したのか。俺だったら町民の反対を押し切ってでも持って逃げる。岩をも斬れる剣だ。旅人が善良だったから?俺にはそう思えない」
「それじゃ…旅人は剣を持ち去って、町の人が偽物をここに置いた…?」
俺は首を横に振る。
「…伝説は数十年前なのに、岩をも斬る剣や旅人のお話はそれ以降ない。そんな業物を持って歩いたなら他の場所でも噂になっててもおかしくないんだ。飽くまで推測だが旅人は町を出ていないはず」
「何それ…それじゃ、まるで伝説の旅人がこのインチキを容認してるみたい…。あっ」
そこまで言って妖精も気が付いたらしい。伝説の剣は偽物だった。剣に憑依していると言う妖精は不在などではなくそもそもいるはずがなかった。本物の伝説の剣を持つ人物が、強い武器を求めてやって来た弱者を相手に偽物の剣で釣って金を巻き上げていたのだ。
人為的に抜けない様に細工されてるだけなので、もし俺の様に何らミスで剣が抜けてしまった場合このビジネスは破綻する。絶対に偽物だと知られてはいけない。わざわざ本物の台座に偽物の剣を差し込み、こんなビジネスをやって金儲けし、なおかつバレた場合に秘密を隠さなければならない。それらを行うに最も最適なのは…この宿屋の主人だ。
「本物の剣があるなら本物の妖精もいるはず。何で私が騙されてる事を教えてくれなかったんだろう?他の妖精に横取りされない様にずっとずっとこの部屋にいたのに…」
「…犯人と共謀し意図的に噂を流した妖精がいるはずだ。無謀にも人の住処に入り込み、偽物の剣に憑依する妖精を用意するために」
「ああ…そういえばいたよ。変な格好の流れ者妖精が」
妖精は深くため息をついてうなだれる。電気の妖精も主人と同様加害者側。何らお互いの利益のためにこんな事をしているんだろう。
「こんなパチモンに憑いて数年も資格者を待ち続けて、噂のダシにされて…こんなの散々過ぎる…」
「お互いに美味しい話に踊らされたって事だな。高い授業料を払う事にはなったがいい勉強になった。俺は翌朝には何食わぬ顔でこの宿を出るし、君もそうした方がいい」
「はあ…」
俺はそうして剣を台座に戻すとベッドに戻った。妖精はしばらく偽物の剣の元に座り込んでいた。
翌朝になると俺はさっさとチェックアウトを済ませる。宿屋の主人の人懐っこい笑顔が今は恐ろしく悪意のある笑顔に見える。
支払いをしている時に主人が話しかけて来た。
「剣は抜けましたか?」
「抜けませんでした。俺は資格者じゃないみたいですね」
「そうですか…それは残念です」
俺は支払いを済ませるとそそくさと家を出た。
やがて町も出て広野を歩いてると急に声がした。
「おーい、待ってよ。待ってってば」
昨日の妖精の声だ。振り返ると妖精が自分の身の丈の数倍はある剣を持ちあげて必死に羽ばたいていた。俺に受け取って欲しいらしく俺の前でバタバタと羽ばたいている。俺はそれを受け取った。
柄は質素だが鞘は特殊な意匠がしてあってカッコいい。
「何だこれ。どこから持ってきた」
「宿からだよ。宿屋の主人ってばよっぽど慢心してたんだね。あるいは逆上した客が襲って来た時のために備えてたのかも。彼の部屋に雑に置いてあったよ」
「どうして俺に」
「騙した妖精と宿屋の主人に一杯食わせたかった事と、一目惚れって奴かなぁ。それにこんなの私が持ってても扱えないし」
「前の妖精が憑依してるんじゃなかったのか」
「不在だったよ。主人の事を余程信用してるのか知らないけど遠くにいるみたいだね。おかげで楽に持ち出せたよ」
今はこの剣に代わりに憑依してるらしい。俺は近くの石ころか何かでも試し斬りしようと鞘から刃を抜こうとする。しかし、どれだけ力を入れても抜けない。
首を傾げてると妖精が鞘の部分を引っ張った。すると見事に抜刀される。面倒な事に資格者ではない俺に剣を抜く事はできず、剣に憑依した妖精には抜刀できるらしい。
試しにその辺の石ころを突くように切ってみると、まるで羊羹に爪楊枝でも入れるように斬れる。これは凄い。
「しかしいちいち君に抜いてもらわなきゃならんのがネックだな。抜き身で歩く訳にもいかないし」
「そうかな。私は君の旅に同行する大義名分ができて嬉しいけどね」
「頼りになるな。これからよろしく頼むよ相棒」
「もちろん!頼りにしてよね相棒!」
そうして剣を抜く事は出来ないが扱える俺と、剣を抜く事はできるが扱えない妖精と、2人で1人前の不思議な冒険者が誕生した。