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彼が異世界に行ってから十年経ちました

作者: 津雲
掲載日:2022/12/13

 



 私には、忘れそうな思い出がある。




 少しばかり季節を早どりしてしまった蝉の鳴き声が、寂しく境内にこだましているのが聞こえた。

 まだ七月の上旬だと言うのにとても暑くて、そういえばさっき見たテレビで今日は十年に一度であろう暑さです!とか言ってた。どうせ八月くらいになれば、どっかのワインみたくどんどん更新されていくから不毛なのに。


 こんな暑さの中、一生慣れることないであろう就活用のスーツを着て、面接をしたその足で私はなぜか近所にある神社に来ていた。


 なぜか、と思ってしまうのは自分でも最早理由がよく分からないからだ。内定祈願のためでは決してない。

 ただ毎年この日になるとどれだけ忙しい日であっても、ここに足を運んでしまうのだ。

 去年は確か気になる人とのデートだったが、当日に神社に行かなければいけない使命感にかられドタキャンしてしまった。その後なんとなく気まずくなってしまったのは言うまでもない。


「まーた今年も来たんだ、熱心だねぇ君も」


 一際強い風が吹いたと思ったら、目の前にはもうかれこれ十年の付き合いになるであろう少年がにんまりと笑っていた。


「こんな何もない古びた神社に毎年来るなんてさぁ。管理も杜撰でさ、ほら、あそこら辺の雑草とか見るに耐えない」


 小さな指を境内の脇の方に向けて、やれやれとため息をひとつ。

 視線をやると確かに一日中むしっても無くならないほどの雑草が生えている。


「それは私に草むしりでもしろって言いたいの?」

「まさか。参拝客に向かってそんなこと言うわけないじゃない。ここに来る理由がどんなに不純なものでも、わたしのお客様だからね」

「さすが自称カミサマですね、心が広い」


 心にも思ってないことを言うと、神様はその内心をもお見通しなのかクスリと笑うだけだ。

 初めて出会ったときは神様だなんてウソだろ、精々神社に入り浸っている大分痛い少年の戯言だろうと決め込んでいたが。

 実際に少年はどれだけ時間が過ぎようとも少年の姿だった。それはまるで幽霊のように。いや幽霊は見たことないから知らないけど。


 ぶっちゃけいつ見ても同じ姿の少年は不気味に思えるが、この自称カミサマとしか話せない話題があるので我慢している。


「ふうん、わたしのことはよく覚えてるようで何より」

「心を読むな」

「ごめんごめん。いやぁうれしくてね、わたしの姿って見える人間少ないからさ。相手を喜ばせたくてついつい読んじゃうんだよね」


 ついついで心を読まれる身にもなってくれ、と口からでかかったが、話がどんどん逸れていってしまいそうなのでやめておくことにした。


「それで今年の君はなにが知りたいんだい? ……いや何を覚えてるって聞いた方がいいかな」


 神様は軽い調子で言うが、私はその言葉によってやっぱり自分が何かを忘れていっているという事実に気付かされる。


 モヤモヤしていた、ここに来るまでずっと。

 謎の使命感が。何を犠牲にしてもこの日にはここに来なければいけない。じゃなきゃ本当に大切なものを失う気がして。


「正直なところ、ここに来なきゃいけないっていうことしか覚えてない。胡散臭い神様に会わなきゃってことしか」

「あーもうそこまできてるんだ、へえ。それじゃあ君がここに来るのは今年が最後かもしれないね」

「そ、それは嫌。忘れたくない」

「もう忘れてるのに忘れたくないんだ、変なの。というより元々忘れることなんて何ひとつないはずなのにね」


 まるで忘れるという言葉で遊んでいるように訳が分からないことを言う。怪訝な顔をした私に神様は微笑むだけだ。


「ここには存在しない者を尊ぶっていうのはね、そういうこと。いつか忘れる日が来る。君はね、たまたま彼がいなくなった瞬間ここにいたから覚えてただけ。でも元より存在しなかった者を覚えている、っていうのはおかしな話だ。時が流れるにつれその歪みは修正されていく」


 この話君にするの実は四回目、と世間話でもしているかのように笑う。

 存在しない者、忘れる、彼、修正……と神様の言葉を区切って単語で並べてみるものの、何の心当たりもなくどれもピンと来なかった。


 えっとつまり、私は存在しない彼? を尊ぶため? に毎年この日にここにきているってことなのか?

 だめだ、全然理解が追いつかない。


「たまたまってことは、私以外にも人はいたんじゃないの? ほら神社の仕組みってよく知らないけど、働いてる人とかいるんじゃないの?」

「え、そこ聞くんだ。とりあえず核心にはいかないで心の準備でもしたいのかな。質問の答えはイエスだね。あーこれ禁句だったかな、ええと、はいだね」


 ふざけているのか、と思ったけどここは神社なのでそういったことには厳しいのかもしれない。


「でもさ考えてみてよ。その日その時間その場所に彼の知り合いがいる、っていう確率をさー普通に考えて低いでしょ。だからビックリしたんだよ、世界が書きかわったなぁって思ったら呑気に彼の短冊を眺めてる君がいて」

「短冊? 短冊って、願い事を書く?」

「そう。ほら門くぐって境内に入ってすぐのところに笹の葉飾ってるの見たでしょ、あそこ」


 そういえばあったかもしれない。

 とにかく急いで行かなきゃって思ってたから全然周りを見ていなかった。


 改めて神様の言う通りに自分が入ってきたところを見てみると、そこには笹の葉が何本か飾ってあった。色とりどりの短冊が風でヒラヒラと揺れているのが遠目でも分かる。


 へぇ、こんな廃れた神社でもけっこう色んな人が来て願い事を書いていくんだなぁと失礼なことを一瞬でも考えてしまう。

 そんな心を読まれたくたくて、私は少し疑問に思ったことを問うてみる。


「でも元からいないならその短冊も存在しないんじゃないの?」

「目の付け所がいいね。その通り、だけどさっきも言ったけどここは特別だから。基本神が管轄してる場所には反映されないんだよね、他の神がやったことは弾くから、無意味な争いを避けるためにね」

「な、なるほど」


 非現実的な話をされてそう返すしかなかった、そもそも最初からずっと非現実的だし話にもついていけてなかったけど。


 要するに結界みたいなの張って、他の神様のやってること無視してるんでしょ? これぞ文字通り触らぬ神に祟りなし、というやつか。


「君って変なところで呑気だよね。その神はわたしたちのことでなくて、怨霊とかのことを言うんだよ」


 失礼しちゃうなぁ、と神様は憤慨しているがその言葉の意味としてはたぶん間違ってはいないと思う。

 何となくだが、こういった軽い感じのやり取りを飽きもせず毎年やっていた気がするような、しないような。今までしてきた神様との話を思い返そうとしたが、思い返すほどの記憶がないことにまた気付いてしまう。

 私の中の神様の記憶は少年の姿をしていて変わらなくてやたらしゃべるちょっと胡散臭い奴、くらいのものしかない。


 それはきっと彼のせいなのだろう。

 察するに神様とする話は彼についてのことがほとんどだろうから覚えていないとすれば辻褄が合わなくもない。


 そしてナチュラルに心を読まれたけどこれはスルーしておこう。


「っとまあ、こぼれ話はこれくらいにして、核心に入ろうか」

「いきなりだね」

「そうでもないよ。わたしは最初からその話をするために君に会ったのだから。まあ簡単なことさ。……さっきもいった通り君は十年前消えた彼の話をわたしとしたくてここに来ている」


 さっきも言った通り、というのは彼のことを尊ぶために……の部分に相応するのだろう。私はとりあえず茶々を挟まず最後まで神様の言うことを聞くことにした。


「彼は当時の君にとってはとても大切な人であったのだろうな。彼が消えた次の日、焦燥し切った顔でここにきて短冊に願いを書いたんだよ」




 ☆




 退屈な日々。

 たまに他の神たちが何かやらかした気配はするものの、わたしには関わることができない。


 数百年ほど前は、熱心な参拝客が多くいて楽しかったが、現在は信仰心が薄れてしまったのか目に見えるほどそれは減ってしまった。

 その中でもわたしが視える者は特に少なく、ここ数十年は見かけない。


 その日は、他の神がとある人間の存在をここではない別のところに移転したと視て、念のためその影響が出ていないか境内の見回りをしていた。何せそのやらかしをした場所がここから幾分か近いもので。

 全くこんなそばでしなくてもいいだろうと思ったものの、他の神から受ける影響によって大した問題は起きたことはないので、ほぼいつも暇潰しでしているような散歩だった。


「神様……神様……」


 見覚えのある少女が笹の葉を見つめていた。

 彼女は確か昨日もここに来て、慣れない手つきで参拝をしていた子。

 あの手つきで全然信仰心はなく、何か行事等がないときはここには来ないなと思っていたが。

 どんな心境の変化なのか。そういえば世界がほんの少し歪んだとき、彼女はここにいて変化を免れた身であったか。


 何か関係あるとは思えないが、昨日彼女がわたしの姿が視えないのは確認済みなので躊躇なくそのすぐ後ろまで寄って様子を伺う。


 熱心に見ていたのは笹の葉につけられた黄色の短冊と緑の短冊のふたつのようで、そこに書いてある文字を見たわたしは思わずそれを呟いてしまう。


「忘れたくない」


 そう書かれた黄色の短冊がカサカサと音をたてて靡いている。

 予想とは反しばりばりに関係あったようだ。


「っ!? 誰っ?」


 振り返ったので、焦燥し切って青白い表情をした彼女がよく見えた、年齢は13.4あたりか。かわいそうに、お化けでもみるような目でわたしを見ている。


「あーわたしが見えるんだ」

「え、は、え……男の子?」


 これは困ったことになった。どうやら彼女にはわたしが男の子に見えているらしい。神の姿というのは様々で、わたしの場合はその人間にとっての神様像がそのままわたしの姿になる。

 なので彼女は潜在的に神とは少年の姿をしていると思っているらしい。

 というのはどうでもよく、彼女がわたしのことを視えるようになった理由を考える、まあ考えるまでもなく分かったが。


「君すっごく焦っているね、どうしたの?」


 彼女はひどく怯えているようだったので、少年らしくにっこりと笑って、そのように振る舞うことにした。


「え、えっと」

「黄色の短冊のすぐ隣にある、紫の短冊と何か関係あるのかな……ふーん、“異世界にいけますように”ね」


 彼女の肩が微かに震える。


 この紫色の短冊、よく見ると多少の歪みを感じる。この世に存在してはいけない歪みが。

 彼女はこの歪みに触れ、人ならざる者に近付いてしまった、その証拠にわたしが視えるようになったのだ。

 本来人が触れてはいけないもの、だって元から存在しないのだから。元から存在しないものに触れられる、なんて人らしくないだろう。それこそ神くらいなものだ。


 哀れな少女。

 わたしがぐうたらではなく瞬時に仕事をする神だったのなら、歪みはすぐに消え、せめてわたしの姿は視えないままであっただろうに。

 そう思う反面、久方ぶりのわたしの姿が視える人間に出会えて歓喜もしていた。


 このまま返すなんてことは絶対にしたくない。

 逃がさない。


 ずっと待ってた、わたしの姿が見えて会話できるようなそんな人間を。


「叶えてあげようか」

「え?」

「忘れたくないって君の願い、わたしなら叶えられるよ。……だって神様だからね」

「は?」


 出会ってからほぼ、え、とかは、とか言葉ではない音しか出さない彼女に少し不安を覚えたがそれは杞憂にすぎないことと後に知る。


「他の人は忘れちゃったんでしょ? それどころか最初からいない者として扱うわけだ。君だけがきっと彼を覚えている」

「な、なんで知って……」


 彼女から視える、ここにはいない彼に対する綺麗な感情が。

 淡くて脆い恋心と、深い悲しみと後悔。


 言ってしまえば、これはあまりにも退屈だった日々を過ごしてきたわたしの暇潰しだ。

 だから彼女の記憶があるのをいいことにわたしは真実を言わなかった。


 この世に存在しない者はいつか完全に忘却してしまう。


 彼女の願いは本当はわたしが叶えてあげられるものではない。その願いにはわたし以外の神も関わっているから、あまり信仰されていなく弱いわたしができる範疇外のことだ。

 精々忘却の進行を遅らせるくらいしかできない、歯痒いものよな。永遠に忘れなければ、何十年かは退屈凌ぎになったのに。


「でもさすがにタダ、とは言わないよ。条件があってね、それは毎年今日のこの日、七月七日にここに来ること。約束だよ、だって君は短冊に願いを書いたもんね? また書きに来ないと効力が薄れてしまう」


 毎日とか毎週と言いたいところだったが、さすがにそこまですると他の神たちに、人間にはもっと公平に接しろとご通達がくるので、一年に一度とした。それくらいなら見逃してくれるだろう。


「それ、本当?」

「本当だよ」


 無邪気そうな顔をして微笑むと、その偽物の笑みに彼女は少しだけ安心したのか、泣きそうな顔でゆっくりと頷くのだった。


 退屈な日々とはしばらくおさらばできそうだ。


「あ、ついでにその彼のこと教えてよ。毎年七月七日は、彼のことを思い出してわたしと語り合う日にしよう」


 わたしはほくそ笑む。

 彼女は何年、楽しませてくれるのかな。



 ☆




 神様は簡単にこの十年間の話を教えてくれて、彼はここにはいないけど、別のところで生きているだろうと締め括った。

 ちなみに去年も同じような説明をしたらしい。


 私の記憶の忘却はじわじわと進み、

 七年前には彼との細かなエピソードを、

 五年前には彼の姿を、

 二年前には彼の名前を、

 一年前にはここにくる目的を、

 そして今年は彼の存在そのものが、私の中で消えてしまったようだ。


 残っているのは七月七日にここに来なければという仄かな想いだけだ。


「いずれその約束も忘れる、そしてわたしのことも忘れていく」

「ははは……、神様のことも忘れちゃうんだ。人間の記憶ってあてにならないんだなぁ」


 神様の言っていることをすんなり受け入れられたのは、きっと去年までの私がそうだったから。名残だけが私の中にある状態。


 何も思い出せないけど、この神様は嘘を言っているようには思えない。


「だからきっと君がここに来るのはこれで最後なんだよ。来年は全てを忘れてる。元からないはずの記憶はなくし、晴れて君は普通の人間に戻れる。おめでとう。君は元々神の存在を信じていないようだったし、わたしは君の中で存在しない者になってわたしのことが視えなくなる」

「それが感傷に浸ってる女の子に言うセリフなの? 追い討ちかけすぎじゃない?」

「君一般的にもう女の子って年齢じゃないでしょ、わたしからすれば女の子と言ってもいいくらいだけど」

「心はいつまでも女の子なんですぅー」


 薄暗い空間の中苦笑いする神様、暗さのせいか輪郭がぼんやりとして、少しだけ神々しいような気がしなくもない。

 そういえば蝉の声がしなくなったと思ったら、もう夜になってたんだ。


「あーあ、暗くなっちゃったか。もうそろそろお別れだね」


 神様が当たり前のように心を読んで返答する、最早文句を言うのは諦めている。


「確かにもうそろそろ帰らなきゃだけど。あ、そうだ。私って毎年短冊に忘れたくない〜って書いてたんだよね。今年も書いていこうかな」

「効果は期待できないけどいいんじゃない? 書くだけなら自由だし」


 私は急いで笹の葉の前まで行き、近くに置いてあった長テーブルに置かれた短冊とマジックを手に取る。

 短冊の色は十年前を倣って黄色にした。


 神様は少し経ってから私の隣に来て、マジックで紡がれていく無機質な文字たちを黙って眺めている。

 十年前よりは、ずっと大人っぽい字だ。

 神様はきっと十年間私の変わり続ける文字を見てきたんだろうな。


「よし、書けた」


 謎の達成感に包まれた私は、すかさず笹の葉に短冊をくくりつける。できるだけ高いところにつけたのは、そっちの方が何となく星に近くて願い事が叶いそうな気がしたからだ。

 おかしな話だ、神様はすぐ隣にいるのに。


「じゃあ私帰るね」


 先程からずっと黙っている神様に笑いかける、一方神様は不躾なことにこちらを見ずに、笹の葉をボーっと見ていた。

 少しだけ寂しい感情がありつつも、明日からも予定がぎっしり詰まっており、卒論だのバイトだの忙しいので留まっているわけにはいかない。


 少年の姿をした神様を背に、私は門を潜り、階段を降りていこうとしたーー時。





「ねえ」


 冷え冷えとした声が背中に突き刺さった。

 と同時にこの世のものとは思えないほどの悪寒が体に走る。


「ごめんね。やっぱり君のこと、返したくないな」






 “神様のことを、忘れたくない”







 ☆




 蝉の鳴き声が聞こえる。


「なー知ってる?毎年神社に笹の葉飾られるの」


 少し汚れているランドセルを背負って、近所に住んでいる彼はニヤリと笑った。

 彼は特別勉強や運動ができる、というわけではないが、とても優しい男の子で、あまり周囲と馴染むことのできない私にも親切にしてくれていて私は大好きだ。

 家が近いこともあってたまに一緒に帰ったりもしている。


 彼にとってはただのお友達でも、私にとって彼は紛れもなく好きな人だった。


「へえ、そうなんだ!」

「俺毎年書きに行ってるんだよね」

「マメなんだね」


 そういうところも好きだな。

 ……ってちゃんとあの時に言うべきだった。


 中学に入ってから、彼と話すことはなくなった。同じクラスになったのが嬉しくて、でもみんなの前で話すのがなんだか恥ずかしくて。

 なかなか話しかけられず、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま過ごす毎日だった。


「ね、アイツっていまだに笹の葉に願い事書いてるらしいよ、子どもかよって」

「なにそれ女々しい」


 ある日、クスクスと彼を嘲笑う声が聞こえた。

 今覚えば些細なことだったが、この時期のある種の同調圧力というのは恐ろしいもので、瞬く間に彼を馬鹿にするような発言は雑言に変化していく。


 私はそんな光景を見て、嗜めることもなくただ眺めることしかできなかった。

 悪化していく悪口に、曖昧に笑いながら返すことしか。


 彼の顔つきは日に日に影が濃くなっていき、ついには授業以外のときは人気がない図書室に篭るようになっていく。

 私はストーカーのごとく彼の借りた本をこっそりと見てみると、ファンタジーやらSFやら異世界物などが好みのようでそれらのジャンルのものばかりだった。

 話しかける勇気もないのに、いつか盛り上がれるようにと私も後を追うように本を読んで。あの本の主人公はああだったねと、彼と語り合う楽しい妄想をしたりして。どこまでも呑気で。

 彼の気持ちを考える、という心が私には欠けていた。


 次の年は表立った悪口はなくなったけど、陰口は続いていた。クラスが別になってしまい今まで以上に接点がなくなり、私は彼に話しかける気はもうなくなっていた。

 でも好きだった、本当に。


 夏になって、私は彼が明るく話していた神社にある笹の葉の話を思い出す。

 マメな彼はきっと今年も願い事を書いて笹の葉に吊るしているのだろう、そう思ったらドキドキしてしまって、好奇心をおさえられなくなった。


 七月六日、私は神社へ行く。

 宝探しする小さな子どものように、笹の葉から彼の書いた短冊を探して、そして衝撃を受けた。


 “異世界に行けますように”


 いつもより乱暴だけれど、間違いなく彼の字でそう書いてあった。


 そこで私は自分のしていたことが間違っていたと悟る。

 あの時眺めるんじゃなくてクラスのみんなを嗜めるべきだった、妄想じゃなくて実際に彼に話しかけて語り合うべきだった。

 あの時、あの時。


 明日は絶対に、彼に話しかけよう。

 それで今の彼の好きなものを知って、共有して、それで自分の気持ちを伝えよう。


 彼の存在を確かめるように、短冊に書かれた文字をなぞり、私はそう決意するのだった。





 だけど、そんな日はもう二度と来ない。





 終


残された者の立場にもなってみろって話だったはずなのに、なぜかこうなりました。

本当は七夕に投稿するつもりが、もうクリスマスに近いのはなぜなのか。

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