第97話 なるほど、通りで……な肩書き
南雲さんたちを連れて武道場を出発した我々は、体育館まで無事に辿り着いていた。
道中はゾンビに襲われることもなく、なんの問題もなかった。まあ、すでにゾンビはほとんど駆除されていたからね。
体育館の中に入ったのはいいけど、どうせ私とマナハスはまたすぐに外に出るつもりだ。
まあ、少しくらいは休憩してもいいけど。あまり休み過ぎたら絶対もう動きたくなくなるだろうから、ほどほどで切り上げるとしよう。
そんな風に考えて、私とマナハスは体育館の隅で座り込んで休憩していた。
他にもその場には、藤川さんと越前さん(と、マユリちゃん)も来ていた。二人も外の様子が気になるようで、私たちが戻ったのを見るや、こちらにやってきたのだ。
なので私は休憩の傍ら、二人にこれまでの出来事を話していった。
二人が特に気にしていたのは、例の特殊ゾンビの叫び声についてだった。
あれだけの大音量だったので当然、あの叫びはこの体育館にも聞こえていたみたいで、突然あんな大きな音がしたので、その時の体育館内は一時的に軽いパニック状態になっていたのだという。
その際には、会長さんを筆頭に越前さんたちもパニックを収めるのに手を貸したらしい。お陰でなんとか、騒ぎは大きくならずに済んだようだ。
しかし、完全に平静を取り戻したというわけでもないようで、いまだにピリピリとした空気が残っていた。——その辺は、この体育館に入った時から、なんとなく私も感じていたところだ。
だから会長さんとかは、いまだに忙しなく動き回っているみたいなんだよね。なので出迎えは中野くんだけだった。
その中野くんも、私たちがこの場に戻ってからは、会長さんの手伝いをするために入り口を離れて今はそちらにいる。
ふむ、では、そろそろその中野くんを呼び戻すとするかな。
休憩もそれなりにできたし、報告話にも一段落ついたので、私はもう出発することにした。
本音を言えばもっと休みたいし、なんなら、メンバーも揃ってるから報告に続いてトラ戦の話とかやってもよかったんだけど……まずは探索が先だろうということで、この場では断念した。
私はその場より立ち上がると、マナハスを連れだって中野くんの元へ向かう。
そして中野くんを捕まえると、次は体育館の入り口へと移動する。
そのまま外へ出ようとしていた私たちに、その時、横から声がかけられた。——見れば、声をかけてきたのは南雲さんだった。
「カガミさん、改めて礼を言わせてほしい。——本当にありがとう。私たちを助けに来てくれたこと、誠に、感謝する」
そう言って南雲さんは、深々と頭を下げた。
「あ、いえ……頭を上げてください、南雲さん。私たちは出来ることをしたまでですから」
「……そうか」
そう言って南雲さんは頭を上げた。
それから私たちを見て、
「お二人は、これからまた外へ向かうつもりなのか……?」
と、尋ねてきた。
「そうですね。南雲さんたちの他にも、校舎の中には生存者がまだまだ居るみたいですので。全員を救出するつもりです」
「そうなのか……つくづく、お二人には頭が下がるよ。くれぐれも気をつけて——と、普通なら言うべきところだが……お二人の実力を鑑みれば、必要のない言葉だったかな……?」
「いえいえ、聖女様はともかく、私なんてまだまだですから」
「……ふっ、そうか。だとすると、貴方に負けた私からの忠告など、それこそ、釈迦に説法だったかな」
「あっ、いや、そういう意味では——」
「えっ、負けた?」
そこで突然、中野くんの声が会話に割り込んできた。
南雲さんは中野くんの方を見て、
「君は……先程、扉を開けてくれた——確か、生徒会の」
「あ、はい、生徒会の中野です。ど、どうも、南雲さん……ご無事なようで、良かったです」
「ああ。君も無事でなによりだな」
「う、うっす……」
「それで……? 君はなにやら、疑問があるようだが」
「あ、いや、そ、それは……」
「気になりますか、中野くん? 南雲さんが私に負けたと言ったのが」
「えっと、それは、まあ……っていうか、負けたって、どういうことなんすか……?」
「簡単な話だよ。私とカガミさんが実際に仕合をして、そして、私が負けた」
「ま、マジすか……? え、てか、二人が戦ったって……な、なんで?」
「ええっと、それは、ですね——」
そこで私は、仕合をすることになったとりあえずの経緯や、仕合の内容についてを、かいつまんで簡潔に中野くんに説明した。
話を聞いた中野くんは——
「な、なるほど、そんな経緯で……。で、でも、カガミさんって、マジで強かったんですね。——あ、いや、ここに入ってきたあの連中との戦いぶりは見てたんで、相応の実力者だってのは知ってましたけど。でもまさか、あの南雲さんにまで勝ってしまうほどとは……」
「確かに、南雲さんは強かったですよ。正直、私が勝てたのは、まぐれみたいなものでした」
「ご謙遜を……カガミさん。貴方の実力は本物だ」
「南雲さん……」
「で、でもアレっすね、非公式とはいえ、南雲さんに勝ったってことは、カガミさんって、全国レベルの実力者だってことっすよね」
「ん? 全国レベル、ですか?」
「はい。——だって南雲さんは、薙刀の全国覇者ですから。日本一ですよ、日本一。でも、カガミさんはその南雲さんに勝ったわけだから……」
「え、ちょっと待って、全国覇者——? に、日本一ですか……?」
ソフトウェアか? いやいや、違うよな……
「そうですよ。——え、カガミさん、知らなかったんですか? 南雲さんが薙刀日本一でめっちゃ強いってのは、この辺りじゃ知らない人は居ないってくらい、すごい有名な話っすよ。それこそ全国優勝した当時は、地元の新聞の取材受けたりとかしてたし、ウチの学校でもよく広報系の部活のインタビューとか受けてたし。——だから、ここいらで南雲さんのことを知らない人はいないっすよ」
「そ、そうだったんですか……」
「いや、さすがに、それは言い過ぎではないかな。そら、現にカガミさんも知らなかったわけであるし」
「あ、いや、私はこの辺りに住んでいる者ではないので」
「いやー、わりとガチで有名人っすよ、南雲さんは。強いってのはもちろんっすけど、ほら、見た目も凛々しくて美人だから、その点でも目立つというか。そうそう、だからなんかファンクラブとかあるなんて話も、聞いたことあったような気も——」
「……ファンクラブ? いや、私はそんなものの存在は聞いたことがないが」
「あ、いや、これは非公式のアレなんで、確か、えっと、その……」
「……詳しく、聞いてもいいだろうか、その話」
「あ、いや、俺もそんな詳しくないというか……?!」
なにやら中野くんと南雲さんの間で話が盛り上がっているようだったが——私の頭の中ではその会話の内容ではなく、別のことを考えていた。
私とマナハスは、これからまた外に出て生存者を救出しに行く。
おそらく次こそは、ついに校舎の建物の中に足を踏み入れることになる。そしてマップを見る限り、その中にはそこそこの数の生存者たちがまだ残っている。
それはともかく、生存者を助けるにあたって私とマナハスの二人では問題があるということに、私はこれまでの二つの救出から実感していた。
問題とはつまり、私とマナハスの女子二人だけでは、こちらの実力をなかなか信用してもらえないというアレだ。
事実、これまでに助けた二つの団体——その代表者である二人の部長さん達も、そろって私たちの実力に疑問の声を挙げている。
それぞれ、どうにかその場で手段を講じて、なんとか信用を勝ち取り救出を実行することができたが……
これからの救出でも終始そんな調子で進むのかと思うと、いい加減、それも面倒だぞと思うわけだ、私は。
そうは言っても、なにか解決策のアテがあるわけでもないので、諦めるしかないのかと思っていたのだが——今までは。
解決策、閃いたかもしれない、今。
というか、目の前にいる。解決策が。
彼女——南雲さんの協力を得ることができれば、この問題、あっさり解決できちゃうんじゃない……?
要は、私たちに足りないものを、彼女は持っているわけだ。
圧倒的な武威。地元では知らぬものがいないほどに、高い実力と、それに付随する評判を。
彼女がいてくれれば、これ以上ない説得力になる。
要は、ついて行っても大丈夫、安全だ、と向こうが安心してくれればいい。
そのために、彼女の肩書きを利用できる。
すなわち、“日本一”。
みんな一番という言葉に弱い。特に日本人は、ランキングとか大好きだしね。一番強いんだと言われれば、これ以上の説得力はない。
すでにみんなが彼女の実力を知っているのだから、証明の必要もない。ただ名乗るだけでいい。
いやぁ、なんて簡単なんだ。さすが南雲さんだぜ。
ただ……問題は、その南雲さん自身か。
救助活動について来てくれませんか——と言って、はたして、うんと言ってくれるだろうか。
……分からない。
だけど、彼女の性格を考えたら、意外と——いや、どうかな……。
とにかく、迷ってもしょうがないか。結局、本人に聞いてみないことには、ね。
正直言って、南雲さんに頼み事をするのは緊張する……。
だけど、おそらくはそれが最善なのだ。いちいち生存者相手にゴタゴタと時間をかけて説得をすることを考えたら、ここで南雲さん一人を相手に説得をした方がマシなのは明らかだ。
そうと決まったなら……やるしか、ない……!
私は先程の彼女との仕合の時よりもむしろ緊張しながら、いまだになんか色々と言い合っていた南雲さんと中野くんの間に割って入り、その頼みを口にした。
「——要領を得ないな……結局のところ、それはどういう団体なのだ?」
「いや、だからそれは、俺もよく知らなくて……」
「——あ、あのー、お取り込み中、申し訳ないのですが……な、南雲さん」
「——ん、カガミさん、どうした?」
「あ、いえ、……実は、南雲さんにお願いしたいことが、その、あるんですが……」
「お願い? カガミさんが、私に?」
「え、ええ」
「そうか。——であれば、どのような用件でも、なんなりと申しつけてくれていい。貴方は命の恩人だ。私に出来ることなら、なんだってさせてもらうよ」
「え、なんでも? ——っや、えっと、ほ、本当になんでもいいんですか?」
「ああ。貴方にはそれだけの恩がある」
「で、では……南雲さん、私たちはこれから、外に出て残りの生存者を救出しに行くつもりなんですが……それに、南雲さんも同行してくれませんか」
私がそういうと、その場に驚きが広がった。
南雲さん本人も驚いているが、むしろ中野くんやマナハスの方が驚いている。——というか、マナハスが一番驚いている。
そのマナハスは、何やら言いたそうに私の方を見てきたが、それより先に南雲さんが口を開いた。
「私が、救助活動に同行……。それは……いや、理由を聞いてもいいだろうか」
「は、はい、そうですね——」
私はさっき考えた内容を、南雲さんに伝えた。
話を聞いた南雲さんは——
「……そうか、なるほどな。ふむ……私の肩書きに、実際のところ、どれほどの効果があるかは分からないが。——そういうことなら、私も協力しよう」
「い、いいんですか? ……本当に?」
「ああ。私としても、出来ることなら何かしたいと思っていた。私にも役に立てることがあるのなら、断る理由はないよ」
「ありがとうございます、南雲さん。——なんとなく、あなたならそう言ってくれるような気はしていました」
「ふっ……いや、礼を言うのは私の方だよ、カガミさん。——貴方のおかげで、私はここで、ただひたすらに焦燥を募らせるだけの時間を過ごさずに済むのだから……」
。
。
。
それから私たちは、出発にあたっていくつかの準備を済ませた。
南雲さんにも例の二種類のシールを使ったり、一応の武器としてショップで買った薙刀を渡したり——
それから、暗闇で視界を確保する手段として、ゴーグルとは別に新たに用意した「暗視薬(目薬タイプ)」的なヤツを試してみたり。
これは、武道場に入る前の空き時間に探して見つけておいたのだ。まあ、ゴーグルも落としたらヤバいということが分かったから、他のアレについても探していたのだけど……結果的に助かったよ。
それはなぜって——だって、これがなかったら、あのゴーグルを南雲さんにも渡す羽目になったわけじゃん? いやいや……あんなブツを南雲さんに渡す勇気は私にはないから。
ともかくこれで、もうサイバーゴーグルからは卒業ということだね。まあ別に、残念ではないけど。
そして、準備を終わらせた私たち——慈愛の聖女と評判(になる予定)のマナハスと、日本一の称号を持つ薙刀の有段者である南雲さん、そして、駅前を壊滅させた怪獣の討伐実績のある私(……適当な肩書きが思いつかなかった)の——三人は、残る校舎内の生存者たちの救出に向けて、体育館を出て夜の校内へと繰り出して行ったのであった……。