第96話 いやもうこれ、達人ってレベルじゃねーぞ!
南雲さんとの仕合には(一応は)勝利した私だったが、どさくさにまぎれていつの間にか刀を取り上げられてしまっていたのだった。
刀を確保した大門さんは、私の実力はともかく人格の方は信用していないようで、南雲さんの説得もむなしく、刀を返してくれるつもりはなさそうだった。
南雲さんでも説得するのが不可能なのだとしたら……さて、どうするか。
——まあ、こうなればあとは頼れるのはあの御方だけだよねぇ。
さて、まずはとにかく二人の口論に口を挟まないとね。
私は意を決すると、発言するために口を開く。誰かに向けてというより、この場の皆に向けて、喋る。
「……あの、決着もついたことですので、皆さんには今すぐにでも体育館に向かう準備をして欲しいのですが」
「——なっ、アンタ……俺はまだアンタを信用したわけじゃないぞ。これを渡すのは……」
「ああ、それを預けていたら信用してくれるというのなら、別に私はそれでも構いませんけどね」
「えっ、な、本当か……?」
「それで安心するというなら、別に、それでもいいんですけど……。ですが、私も救助を請け負う以上、あなた達の安全に万全を期するつもりなんです。ですから……やはりその刀を使わない手はありませんね」
「なあっ……?」
「まあ、私がその刀を使うことはないかも知れませんけどね。……なにせ戦力としてはこれ以上ないくらいの実力者が、私の他にもここにはいるわけですから」
「それはっ……?」
そう言って大門さんは、ハッとした表情で何かに気がついたようだった。
そうそう、いるでしょ、もう一人。確かに今までは影薄かったけど。
「なるほど……!」
「気がつきましたか」
「そうか……つまり、南雲にこの刀を使ってもらえばいいわけだ」
「……えっ?」
「ん……?」
「南雲さん……ですか?」
「そうだ、南雲に使ってもらうなら安心だ。実力的にも人格的にも、問題ない」
「……おい、大門部長、何を言っている……? なぜ私が刀を使うなんてことに……」
「……南雲さんって、刀も扱えるんですか?」
「いや、私は……」
「使えるだろう。そうだよな、南雲部長。前に確か、そんなことを話していたのを聞いた覚えがあるぞ。実家の道場では薙刀以外にも色々やっていたんだろう? 刀の……居合道か? とにかく、真剣にも触れたことがあるとか言っていた筈だ」
「それは……確かに、真剣を扱った経験はあるが、実戦で扱うとなると、さすがにそんな腕前などは——」
へえ、南雲さん、実家は道場なんですか。道理であれだけ強いワケだ……ってそうじゃなくて。
……ってか南雲さんって、マジで刀も使えるの? ヤベェな。……い、いや、だとしても、南雲さんに使わせるつもりはないぞ……!
「……そもそも、その刀で私に奴らを殺させるつもりか? 大門部長、君は奴らを殺すのには反対では無かったのか……?」
「む……そ、それは……そうだが。み、峰打ちとかで、なんとか無力化したりとかは……?」
「そんな使い方をするくらいなら、慣れない刀を使うよりも、競技用でも薙刀を使った方がまだマシだろう。刀を使う意味がない」
「……ならもう、お前が薙刀を使って戦えばいいというわけか……?」
「いや、私一人では不可能だと言っただろう。だから彼女の助力が必要で、その刀は彼女の武器として使ってもらうべきだと言っている」
「その彼女自体が信用できないと言っているんだ! 彼女に持たせるくらいなら、使わないでもお前に持っておいてもらった方がマシだ」
「使わない刀を持たせてどうする……それに、それでは彼女の使う武器が無くなるではないか」
「竹刀を使ってもらえばいいだろう。あれだけ扱えるなら問題ない筈だ。彼女の実力自体は、俺も認めている」
「どの武器を使うかは彼女が決めることだ……! 我々の都合で彼女の戦力を落とすわけにはいかない。彼女自身の安全のためでもあるし、それがひいては我々の安全にも繋がるのだから、尚更だ」
「彼女自身が脅威にならないと、なぜ言い切れる……!?」
「……脅威になるなら既になっている筈だ。大体、私たちを襲ったりして、それが彼女にとってなんの意味があるというのだ?」
「さあな……だがこんな事態になって、すぐさま真剣なぞ持ち出している相手だ。俺はあまり真っ当な考えをする人物とは思わないがな。そんな人物なら真っ当ではない理由があってもおかしくは無いだろう。その理由がどんなものかなど、俺に分かるはずもない」
「……今は平時とは違う。すでに状況そのものが真っ当ではない。彼女が真剣を持ち出した判断が間違っているかどうかは、外の状況もよく知らない我々には判断できないところだ。だから、真剣を使うことが真っ当ではないとは言い切れない。状況はそれほど差し迫っているのかもしれない。……彼女の服を見れば分かるだろう。殺して切り抜ける以外に道がなかったのではないか……?」
「ぬ……」
そう唸って私の方を見る大門さん……確かに、私がどう見ても真っ当ではないのは確かなんだけど、状況についても、あなた達が思っているよりよっぽど真っ当ではないんですよ。
だって服のこれは、別にゾンビの血じゃないしね。火を吹く巨大なトラの血だからね。まさか、そんなことが彼らに分かるはずもないのだけど。
そう考えたら、やっぱ刀を預けるのは有り得ないな。ゾンビならともかく、怪獣相手に丸腰など論外だもの。
てゆうかそろそろ、会話に割り込まないと。放っておいても堂々巡りするだけな感じだし、そもそもなんか勘違いされてるよね。私が言った実力者ってのは南雲さんのことじゃないのだし。
まあ、南雲さんのことは実力者だと思ってるよ、それも相当な。でも私が言ってるのは、そんなレベルの実力じゃないんだよ。
というわけで、ちょうど会話も途切れたし、私に注目も集まっているし、ここで白黒つけとくか。
「——何やら勘違いをされているようですが……私が言った実力者というのは南雲さんのことではありません。もちろん南雲さんが実力者であることは間違いありませんよ? それは私も実際に戦って実感させていただきましたのでね」
「……では誰のことを言っているんだ? 南雲のことではないなら……? アンタ自身のことでもないんだよな……?」
「お忘れですか? 先にも言ったと思いますがね……彼女のことですよ」
そう言って私が指し示したのは、我らが聖女マナハスである。
「あっ……こっちの人……」
「……そういえば、確かに貴方は言っていたな、カガミさん。彼女は自分より腕が立つと」
「ええ。ですからもうね、色々と言い争う必要など無いんですよ。彼女がいればなんの問題もありませんからね」
「どういうことだ……? こう言ってはなんだが、どうもそちらの人は、あまり強そうには見えないが。いや、まあ、それはアンタもそうなんだけどな。——カガミさん、だったか。アンタもそっちの彼女も、どちらも普通の、女子だし。それも、見た目はとても可愛い……あ、いや——だ、だから、戦いなんて出来そうもない、ということでっ……。いや、というか、そっちの人が手に持ってるのは、そもそも何なんだ……武器、なのか……?」
「見た目で真の強さは測れませんよ。そんな事を言うなら、南雲さんだって見た目はただの美人さんではないですか。だけどこれが中身は鬼のような強さを秘めているなど、誰が想像できますか」
と、南雲さんも引き合いに出してみたところ……アレ、なんか南雲さんからよく分からないプレッシャーが発せられているように感じるのだが、なぜだ? 褒めただけなのに……?
すると、当の南雲さんが私に……気持ち低くなっているような声で問いかけてくる。
「……それは、お褒めの言葉として受け取ったらいいのだろうか」
「え、ええ、そのつもりだったんですけどね」
「そうか、それならいい」
そう言って、南雲さんからのプレッシャーはおさまった。……ふう、よかった。
……つーか、怖ぇーんだが。そのつもりじゃなかったら私、どうなってたんだよ……。
私は気を取り直して、マナハスを指して言葉を続ける。
「——で、ですから、つまりですね……彼女はこう見えて、めちゃめちゃ強いということです。……そう、彼女がその気になれば、この場にいる全員を地に伏すことなど造作もないことですからね。もちろん、私や南雲さんを含めてもね」
「——まさかっ!? 南雲やアンタも含めてだとっ? どれほどの達人だというんだっ……?」
「確かに、南雲さんは達人といえるレベルですがね……。彼女はそんなレベルを超えているんですよ。達人を遥かに超えるレベル——言うなれば、“仙人”、とでも言うべきレベルのね……」
「せん、にん……?!」
「その刀にしたってそうですよ。彼女がその気になれば、取り戻すことも容易い。——そうですね、一つ、見せてあげましょうか。彼女の実力の一端をね……!」
「……な、な……?!」
そう言うと私は、マナハスの方を見て頷いて見せる。
さあ、聖女さま、やっておしまいなさいな!
するとマナハスは、徐に私の方を見返してきて——その顔には完全に「??」と書いてあった。
……ッチ、察しワリーなこの聖女さまは。大体、さっきも私を起こす時に使ってたやろがい。
私はさりげなくマナハスの隣に行って、小声で彼女に告げる。
「……念力、届くやろ?」
「——あ、了解」
りょ、じゃねーんだよ、ったくもう、マジで。……ん、ふふ……。
するとマナハスは一歩前に出ると、徐に左手を持ち上げると大門さんの方に向けた。
向けられた大門さんは、ビクッ、と反応する。
マナハスからは、どことなく異様なオーラが発散されている。右手の杖が振動を発して、ウゥゥン、と静かな唸りをあげていく。
すると突然、大門さんの持っていた刀が振動を始めた——!
と、思った次の瞬間、刀は大門さんの腕の中より勢いよく飛び出して、マナハスの差し出した左手の前まで移動し、その場の空中に静止した。
呆気に取られる観衆の皆様方。みんな取り繕うことも出来ずに、あんぐりと口を開けてこちらを見てくる。
マナハスが左手を翻す。すると、刀は空中を移動して私の元へやって来る。
私はそれを——まるで普段からそうして渡されるのが普通であるかのような、ごく自然な動作で受け取る。
そして私は、そのままスタスタと壁際まで移動していき、床に置いていた上着と刀のベルトを拾って身につけていく。
そうしながらマナハスの隣の位置まで戻りつつ、口からは、
「あまりのんびりしていられないので、すぐに準備をしてもらえますか。終わり次第、体育館に向かいますので。外は暗いですから、ライトの類いを準備するようにして下さいね」
と、次の指示を出していった。
しかし、この場の皆さんはそう言われたところで、皆が皆、呆気に取られた表情のまま突っ立っているだけで、誰も動き始める者はいない。
私は南雲さんの方に視線を向けてみる。
——彼女も驚いてはいたのだろうか? 私は彼女の方を見ていなかったので、どうだったのか分からない。見逃したか……。
今現在の南雲さんは、すでに落ち着いた表情をしている。……やはり、この人は色々と規格外だ。
南雲さんは私の視線に気がつくと、一つ頷きを返してきた。そして、未だに呆然としたままデクの棒になってしまっている人々に、喝を入れるように大きな声で指示を出していく。
「そら、いつまで呆けているつもりだ? 準備をしろと言われたのだから、早く準備に取り掛からないか。——羽生副部長、ここの消灯は君に頼む。皆が灯りを準備するのを確認してから消すようにしてくれ。外は真っ暗だからな。……羽生、どうした、返事は?」
「——あ、は、はいっ! りょ、了解です、南雲部長!」
「大門部長、鍵の管理はいつも通り、任せていいな?」
「な、南雲部長……」
「何だ? 急げと言われただろう。話している暇は無いぞ」
「……わ、分かった」
南雲さんが名指しで声をかけた二人を筆頭に、ようやくみんなは行動し始めた。
しばらくそれを目で追った後、南雲さんは私たちの方を向いて歩み寄ってくる。
「すまないな……私が代表のように振る舞っておきながら、結局は皆をまとめきれず、お手を煩わせてしまった」
「いえいえ、気になさらないでください。別に、南雲さんのせいではないですよ……」
「……そうか。——まあ、そうして出しゃばったお陰で貴方と立ち合うことも出来たし……。それに、面白いものも見られたから、結果的には、怪我の功名といったところかな……」
南雲さんは、面白いものと言いつつ、マナハスの方に視線を向けていた。
どうやら、さすがの南雲さんもマナハスについては気になるようだ。……まあ、気になるのは当たり前か。
だけど、それで今すぐにマナハスについて聞いてくるということもしてこないのは、助かりますし、流石ですね。絶対、気になってるだろうにね。
南雲さんは長話することもなく、すぐに自分も準備をしに向かっていった。
その後、皆さんの準備自体はそうかからずに終わったので、私たちはようやく、全員を連れて体育館へと向かうことが出来たのだった。